第16話 魔法対策庁の一幕3
千葉県南房総市 海老敷
房総半島南部にはテレビでも有名な観光地「南房総 忍者の里」がある。
里山で忍者修行ができる体験型アトラクションを備え、手裏剣打ちやバーベキュー、季節の果物狩りなどを親子で楽しめる人気の観光地だ。
この忍者の里から北1キロ地点の山頂付近の神社跡で、ガイマの出現が3日前に目撃された。魔法対策庁は、ただちに対ガイマ警備隊を派遣。情報収集に努めた。その結果ガイマの行動タイプは「縄張型」で種別はアネモネタイプの亜種と思われた。
ガイマには大別して、3つの行動パターンに分けられる。「自由型」は、出現すると同時に、目的地に向かいながら攻撃を行うタイプ。「縄張型」は、一定の土地を徘徊し、縄張りに入ってきた生物を襲うもの。「特殊型」は、特殊な条件下で攻撃をおこなうタイプである。
アネモネタイプは、ガイマが出現した最初期から登場する、いわゆる「イソギンチャク型」ガイマのことである。
現在までにアネモネタイプは、3タイプが確認されていた。乗用車ほどの大きさの「ランド・アネモネ」大型トラック程の大きさの「グラース・アネモネ」全長が20~40メートルほどの「グランド・アネモネ」である。
今回発見されたガイマは、全長30メートルの「グランド・アネモネ」に類似した外見を持っていた。ただし、触手の数は、大型2本、通常4本で、グランド・アネモネより少なく、何より特徴的なのは、胴体からドラゴンのような頭が伸びている点にある。
このことから、魔法対策庁は、このガイマを「グランド・アネモネ」タイプの亜種の、未確認ガイマと判断した。未確認といえば「みなとみらい」での合体ガイマを連想させ、魔法庁は慎重な討伐計画を練ることにしたのだった。また、このガイマの名称は「ドラゴンヘッド・アネモネ」と決定され、脅威度はレベル4と認定された。
この「ドラゴンヘッド・アネモネ」は山頂付近を徘徊するだけであり、害は無いように思えるが、縄張型は、一定期間で縄張りを変更する習性を持ち、他の山や村などに移動する危険性があった。また、移動中にも人間を攻撃する為、自治体から早期の討伐を要請された。
ガイマとの共生など、しょせんは不可能であることから魔法庁はガイマ討伐を決断。戦闘部隊をガイマ周辺に展開。千葉県船橋市にある関東第2支所から、2名の魔法少女を派遣した。
今回は亜種といえど未確認ガイマであることから、魔法庁は、まず通常兵器にて攻撃を行い、相手の隠された能力を露見させ、その情報を後方待機している魔法少女に伝えることにより、安全で効率的な討伐を行う作戦を取ることとした。
攻撃は昼過ぎに実行する予定だったが、周辺住民の避難に予想より時間がかかり、夕方の攻撃開始となった。開始の号令は、ガイマ上空に忍び寄る、無人偵察機による対戦車ミサイル発射から始まった。
無人偵察機2機から発射された対戦車ミサイル「ヘルファイヤ」4発が、ドラゴンヘッド・アネモネに着弾。同時に付近を包囲している歩兵から、銃、対戦車ライフル、カールグスタフ無反動砲による一斉射撃が行われた。
「グァアアアアァァッ!!!」
攻撃を受けたドラゴンヘッド・アネモネは、咆哮を上げ反撃開始。太い触手2本から、ビーム状の魔法を撃ち、周辺の地形を削る。また口から火炎放射を吐き、森に火災が発生した。ガイマの火炎放射は、自衛隊が持つ火炎放射器のように直線的に発射され、射撃地点付近の森を焼く。
激しい射撃戦の応酬が続いたが、幸い対ガイマ警備隊には、ケガ人が出たものの、死者の発生を防ぐことができていた。が、その時、ガイマは風魔法を使い、周辺の土砂を吹き飛ばした。土砂は砂埃となり周辺の視界が遮られ、警備隊の射撃は一時中断。
そのスキにドラゴンヘッド・アネモネは、胴体から被膜のついた大きな翼を展開。風魔法を全開にしつつ、周辺の土砂を吹き飛ばしながら離陸した。警備隊はガイマの予想外の行動に焦った。まさか空を飛ぶとは思っていなかったからだ。陸戦を想定していたため、派遣された2名の魔法少女も飛行型ではない。結果、警備隊はガイマを上空に取り逃がすこととなった。
目論見通り、相手の切り札を切らせることには成功したものの、結果は最悪であり、策士策に溺れる事態となった。
魔法対策庁 関東総本部 対ガイマ警備部 警備課オペレーションセンター
「やられたな…… まさかアネモネタイプが空を飛ぶとは……」
警備課に陣取る、関東管区本部長である内海は、無人偵察機に映された、夕焼けの空を飛ぶガイマの姿を見つめながら呟いた。そこへオペレーターが報告を上げる。
「現在、ドラゴンヘッド・アネモネは、時速100キロで北東方向へ巡行飛行中。千葉県市原市方面へ向かっています。無人偵察機1機が追尾中。1機が帰還中」
「爆装済み無人偵察機2機を追加発進、東京湾にて待機させろ」
「了解」
「自衛隊より返信、千葉県上空低高度を飛行中のガイマ付近には、成田空港の航空路が多数あり、またガイマは道路沿いを飛行しており、ミサイルでの対空攻撃は困難、戦闘機も同上」
千葉県上空は、成田空港への離発着の必要性から、かなり複雑な航空航路が設定されている。ベーシックインカム、国際資本の規制により、海外からの渡航客は減少しているものの、代わりに国内線が増発されており、全盛期の半分程度といえ、この時間帯でも、そこそこの数の旅客機が飛行している。それでも対空ミサイル攻撃が出来ないことは無いが、今度はガイマの高度の低さが問題になる。
現在、ドラゴンヘッド・アネモネは山では無く、道路沿いを低空で北東に進んでおり、ここにミサイルが命中すれば、破片で付近を走行中の自動車や民家が破損することになる。よって、魔法庁の要請による大型対空ミサイルでの攻撃は困難と判断された。戦闘機での攻撃も同じ理由で困難とされる。
「本部長、ドラゴンヘッド・アネモネが千葉県市原市へ到達。養老渓谷駅付近でコース変更。北西方向、木更津市に向かっています。約20分で到達の見込み」
ガイマがルートを変更したおかげで、成田空港への脅威は減少した。だが一難去ってまた一難。ガイマは今度は東京湾に向かって飛行開始、このまま北西ルートを維持すれば、東京湾を渡り、川崎、羽田空港が危険に晒される。内海は決断した。
「よし、東京湾全域に注意報発令、侵攻ルート上にある川崎市、羽田空港に対し、警報発令」
「注意報・警報発令しました」
「自衛隊にバックアップを要請」
「了解しました」
「神奈川県警察本部へ協力要請、神奈川県警察本部ヘリポートへの、警備隊対空ミサイル部隊の展開を連絡」
「協力要請。了解」
対ガイマ警備隊は、飛行ガイマ対策に、81式短距離地対空誘導弾、通称「短SAM」部隊を複数保有している。そのうち1ユニットは、有名観光地である「横浜・八景島シーパラダイス」から北東400メートルの位置にある、根岸湾沿いの神奈川県警察本部ヘリポートに配置していた。
普段は格納されているものの、東京湾に飛行ガイマが侵入した場合は、ヘリポートにミサイル部隊を展開する手はずになっている。当然、展開中にヘリの離発着は出来ないが、すでに時間は夜であり、事前の警察との取り決めも行っている為、展開はスムーズに行えた。内海はさらに一手打つ。
「リニアシュート待機。【アクイラ・アルタイル】【シグナス・デネブ】2名を指名。射出目標は川崎沿岸部」
「了解しました。マジシャン2名にリニアシュート待機を命令。飛行型マジシャンで迎撃を行うのですか?」
内海の命令に八木沙織は確認を行った。
「うん。これまでの飛行ガイマの特性から、ドラゴンヘッド・アネモネの最高速度は時速300キロ前後と予想される。対して飛行型マジシャンの最高速は時速400キロ。優勢に立ち回れるだろう」
「しかし、最高速度での戦闘は魔力の消費が大きいです。30分以内に魔力が枯渇する危険性がありますが?」
「もうあの飛行ガイマに隠し玉はあるまい。とはいえ、念には念をだな。マジシャン達には陽動攻撃を行わせ、ガイマを根岸湾に誘導する。この程度の魔力消費ならば、マジシャンの負担にはなるまい。攻撃を行うのは短SAMだ。飛行ガイマは、飛行能力を維持するため魔力障壁が薄い。短SAMで十分な打撃を与えられよう。地上戦闘でのダメージもある。ミサイル攻撃によって打撃を与え、マジシャンで止めを刺す」
「了解しました。その旨、マジシャンに連絡しておきます」
納得した八木は、作戦情報をマジシャンに伝える。その間も刻一刻とガイマは移動を続け、木更津市を抜けて海に出た。
「ドラゴンヘッド・アネモネ東京湾に到達。東京湾アクアラインに沿って、北西へ侵攻中。コース変更は無し、川崎市湾岸地域への到達は、約16分後と推定」
「自衛隊より返信。バックアップ要請を受諾。航空自衛隊、百里基地に戦闘機2機発進準備、5分後から発進可能」
「よし、リニアシュート準備。目標射出地点は、川崎沿岸部5キロ手前、発射タイミングは管制に任せる。川崎及び羽田空港への接近を阻止せよ」
「了解。発射タイミングはリニアキャノン管制へ依頼」
さて、打てる手はすべて打ったが、どうなるか……
内海は「海ほたるパーキングエリア」南の海上2キロ地点を飛行中のガイマの輝点を見る。内海の頭の中では、この作戦が失敗した時の対処シミュレーションが渦巻いていた。そして時間が経過し、オペレーションセンターにブザーが鳴り響いた。
『リニアキャノン発射体制。射出30秒前』
「マジシャン2名【アクイラ・アルタイル】【シグナス・デネブ】カタパルト着座、魔力障壁展開を確認。リアクションプレート通電開始。移動磁界発生中。全シークエンスに異常なし」
『射出5秒前、5・4・3・2・1・0』
「リニアシュート、サルボ! 1番発射管てーっ、2番発射管てーっ …ファーラウェイ」
「射出完了。目標到達まで6分。会敵予想位置、川崎市川崎区東扇島「東扇島西公園」周辺上空と推定」
リニアキャノンが放った2名の刺客が、相模原市を越え、川崎市に向けて夜の空を切り裂きながら飛翔する。それに対し南東から迫るガイマ。交戦は5分後と予想された。
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