第15話 偽装工作
現在は2010年12月、パラレルワールドと認識している、この日本の2010年が終わりつつある。思い返せば俺、星乃サトルにとっては激動の年だったなぁ。妖精エインセルと出会い、魔法少女な男の娘になってガイマと戦うことになるなんて、
前世の俺が聞いたら絶対信じなかっただろう。
今エインセルは偽装工作のために外出中だ。俺も動きたいところだが、工作が完了しないと動くに動けない。というわけで、今俺はノートパソコンでお気に入り動画なんかを視聴している。
サイトは勿論「ニッコニコ動画」だ。
あれは3年前、ネットの海を彷徨っていたら、偶然「煩悩解決 ゴーゴー陰陽師」を見つけてしまってなぁ。あまりの懐かしさに気が遠くなったわ。俺はすぐに検索して「ニッコニコ動画」ベータにたどり着いた。
幸いにもこのパラレルワールド日本にも「ニッコニコ動画」が生まれていたんだ。
それにしても(β)時代は勢いがヤバイ。ユーザーが1週ごとに倍々に増えて、なかなかにカオスな状況だったわ。去年のニコ動は、ボーカロイド、探査機「はやぶさ」とか、そんな装備で大丈夫か? 侵略!イカ男の娘、なんかが流行っていたな。今は鈴宮ハルカのブームも落ち込んで、なんか一段落って感じになってる。
前世ではこの頃に、俺も空手動画を皆で投稿してたりしてたな。なんか前世的ノスタルジーを感じる。
前世と言えば、同じころに「人気作家になろう」のサイトも見つけた。去年ケータイ小説ブームがあって、知名度があがったそうな。元は個人の携帯小説投稿サイトだとは知らなかった。あと数年すればここも有名サイトの仲間入りか。
とこんな感じで、社会情勢は違うのに、ネットコンテンツは前世に近い展開の仕方をしている。もちろん違うところもある。大きく違うのは、やはり魔法少女・ガイマ関連だろう。ニッコニコ動画の全投稿動画のうち、約3割は、魔法少女・ガイマ関連の動画らしい。前世では見たこともない動画もいくつかあるが、元々ここは膨大な動画投稿数を誇っていたし、前世と同じかどうかなんて俺では判別が出来ないな。現在の「ニッコニコ動画」は1か月前から原宿時代へと移行している。
というわけで、 俺はお気に入りリストから、「粛清します! モナセロス先生!」を再生。この動画はボカロの歌を背景に、魔法少女に欲情する不届きなオタク達を【モナセロス・ルステニア】先生が粛清する大人気動画だ。
なんせモナセロス先生は「一角純潔聖槍 ユニコルン」という凄い名前の武器を持ってるからな。その長いハルバード型の武器を振り回し、不純なオタクどもの首を跳ね飛ばしていく。その間ずっと、後ろで音楽にのせて「粛清!粛清!粛清!粛清!粛清!粛清!」とボカロが叫んでいる。モナセロス先生の絵は可愛らしくデフォルメされているが、目だけは非常に鋭く描かれている。
俺は画面に大量のコメントがばら撒かれた動画を楽しく見る。なんかこの動画は催眠的効果があるような気がするな。しばらくこの動画を視聴してから、癒しが欲しくなった俺は「コマちゃんの無限洗髪」動画を再生した。
この動画は、2頭身に可愛くデフォルメされた【コマ・ベリニセス】が、ひたすら髪を洗う動画だ。コマちゃんが、フワフワ浮きながら自分の右側の髪を洗っていると、左側の髪が地面に付いているのを、あっ、と気づいて、左側の髪を洗い出す。すると右側の髪が地面に付く。それにまた、あっ、と気づいて、また右側の髪を洗い出す。というリピート再生されるアニメを背景にボカロが歌う動画だ。
ゆったりとした音楽を背景にボカロが、「こまちゃんーのー むげーんせーんぱーつー」とオペラのような高音でひたすら同じ歌詞を歌ってる。山もオチもない動画だが、なぜか異常に癒される。独特のセンスの動画だが、これも人気動画の一つだ。
他にもフィギュア・スケーターの実技動画や空手動画等も一通り見た後は、エゴサーチ。件のスケート魔法少女の動画を検索すると動画を6つ発見した。うち3つは魔法庁提供の合体ガイマとの戦闘動画。2つは横浜駅ホームと横浜キャンパスでの俺の姿。最後は俺のまとめ動画。写真と動画にBGMを付けた、ブログのコメント欄で報告のあった動画だろう。
ここで恐ろしく感じたのは、これらの投稿日が、前世で俺が空手動画を投稿した日とまったく同じだったことだ。たまにこういうシンクロが起きるのが、この世界のビックリする所だな。そんなことを考えてると、エインセルが帰ってきた。
――――ただいま~。
「ようお帰り。お疲れ様だね。 ……で、首尾はどうだった?」
――――バッチリ! 思ったより簡単だったわ。以前の杉裏戸の襲撃で役場も燃えていたから、かなりの書類が原本無しのデータだけの状態だった。改竄するのは楽だったわよ。後は、あなたの叔父さんの記憶もいじって、ナナという妹がいると信じさせた。他の関連データも変更しといたから、役所にいけばナナの住民票が取れるし、健康保険証は後で送られてくるわ。
「ありがとう。というか魔法ってのは凄いな。本当になんでも出来るとは」
――――妖精には妖精の掟があるから、制限はあるけどね。今回はギリギリのグレーゾーンてとこ。あと、これがステラ女学院の学生証。制服も。この中高一貫の名門女学院に、ナナは在籍していると偽造しといたわ。魔法対策庁を探ったデータでは、情報部の予算も規模も小さいから、向こうも細かいとこまでは調査しないでしょ。
「本当に助かる。世話になった叔父さんには悪いことをしたが、これも魔法対策庁に就職するためだ。まあ、後で何かしら補填するつもりだが。じゃ、さっそく動くとするかな」
というわけで俺は駅に繰り出して、まずはナナの銀行口座を開設。念願のナナ用のスマホを手に入れた。他に色々なサプライグッズや、女ものの小物などを買うために、俺はジェミニ・クレアトゥールに変身して、横浜の町へ向かった。買い物を終わらせ、横浜の喫茶店でのんびりしつつ、スマホに女の子が入れてそうなアプリをダウンロードしていた。と、その時。突然スマホが鳴り出した。
「これは? ガイマが出現したようね。東京湾全域に注意報。ということは、飛行型か……」
これまでの経験から、いきなり広範囲に注意報が呼びかけられるのは、移動速度の速いガイマだと見当は付けられる。魔法庁アプリによると、飛行型のガイマが千葉県房総半島に出現。東京湾に向かっているらしい。
――――ガイマが出たのね。戦うチャンスじゃない?
この事態に、俺の体内にいたエインセルが反応した。
「そうなんだけどね。私エインセルの訓練だけで空中戦未経験よ? これまでのデータから、飛行ガイマの最高速度は時速200~300キロ。200キロ以上の速度で攻撃を当てられる自信がないの、おまけに今太陽は沈んだとこ。今から行くと夜間空中戦になるわ」
――――大丈夫よ、この私がついてるんだから。一杯サポートしてあげるし、名誉挽回のチャンスじゃない。
「ちょっと待って、川崎市沿岸部全域に警報が発令された。ここにガイマが向かっているとしたら、JR鶴見線か。でもあそこは工業地帯、電車は1時間に1本ぐらいしか無い。間に合うのかしら、これ?」
俺は迎撃できるか思案した。スマホで調べると、横浜駅からJR鶴見線の終点扇町駅までは、50分の時間がかかる。ガイマがいつ到着するか知らんが、後30分程度の時間しか残されてない気がする。乗り換えがスムーズに行けばいいが、それでも空振りになる可能性は高い。
だが、じっくり考えてる時間はないか。よし決めた、迎撃に出よう。いずれ空中戦もやらなければいけないわけだし、何事も経験が必要だ。俺は喫茶店で会計を済ませ、ダッシュで横浜駅へ向かった。作戦は電車に乗りながら考えるとしよう。
滑り込みセーフで、俺は横浜駅からJR線に乗り北上、一路川崎市に向かう。鶴見線の起点の駅「JR鶴見駅」で下車。この昭和の香りが色濃く残る、レトロなホームを走り、階段を上り下りして、扇町方面のホームへ辿り着く。
さて、ここからは運試しだ。鶴見線は短い路線で、鶴見と扇町を結ぶ本線に、途中で2つの支線がある。
行先が複雑なのがこの路線の特徴だ。だが下手に分岐線で海芝浦駅なんかに行ってしまえば、そこは工場直結の駅だから、工場の従業員で無ければ駅から出られない事態となる。だからここは、現地に不案内な俺としては扇町下車一択しかない。だが、ネットの情報によれば、本線でも扇町まで行かず、途中の浜川崎ぐらいまでで終わる電車も多いらしい。
どうやら俺は強運だったようで、5分待って扇町行の電車に乗れた。川崎市沿岸で迎撃に出るなら、扇町まで出るのは必要不可欠。変身して移動してもいいが、初めての空中戦だし魔力は節約したい。まあ空振りじゃなければの話だが……
そうしてやっと終点扇町駅に到着。下車して海へ小走りで向かう。途中でやたら野良猫が目に付く。根性があるのかこちらを見ても特に逃げる様子もない。俺は走りながらスマホを取り出し、ヤプーニュースでキーワード「ガイマ」でリアルタイム検索。リアルタイム検索はミニコメントが投稿できるSNSサイト「ツイスター」の最新の投稿を表示できる。その結果は…、
「海ほたるか!」
「海ほたるパーキングエリア」は、ここ扇町から南東20キロほど先の海に建設された人工島の観光地である。検索結果表示では、海ほたるにいた観光客から、5分前から空中戦と思われる目撃情報が次々と上がっていた。
海ほたる西側の沖で、空中に2つの青い流星が走り、閃光が何度も見えるそうだ。恐らくは飛行型魔法少女2名とガイマが戦っているのだろう。俺はエインセルに聞いた。
「付近に人は?」
――――いないよ。どこでも変身できる。
その返事を聞いた俺は、道路の真ん中で変身するのもなんなので、薄暗い倉庫の陰に身を寄せて、ジェミニ・パラックスに変身。この変身の光にはさすがに驚いたのか、付近の野良猫たちが逃げていくのを目撃した。
変身した俺は飛び上がり、海ほたるを目指しながら高度を上げ、海へと飛び出した。
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