第2章 天猫の片思い
第14話 方針
「ふう、今日は疲れたな…」
――――サトルお疲れ~
みなとみらいでの戦いを終え、ようやくと家に戻ってきた。エインセルも俺の体から出て、スマホ充電器で魔力を補充している。
戦闘終了後、俺は逃げるように戦場を離脱。神奈川大学横浜キャンパスと根岸公園を目印に、新横浜を目指した。到着した俺は変身解除。高度100メートルでジェミニ・クレアトゥール、ナナの姿になった。これで魔力レーダーの探知から消えたはずだ。同時にエインセルにクロークの魔法を使ってもらい姿を消した。
浮遊魔法を効かして、ゆっくり降下、新横浜駅の南250メートルにある、住宅地の小さな森の中に着地。そこから道路に出て、何食わぬ顔で歩いて新横浜駅を目指した。それで家に到着した今は17時頃、夕方になっていた。俺はコーヒーを沸かしつつ、変身を解除する。
「リベレーション」
ジェミニ・クレアトゥールが解除され、俺の体が女性体から男性体に変わる。なんか久しぶりに男に戻った気がするな。俺はコーヒーを飲みつつ、ノートパソコンを起動。お気に入りのブログを閲覧する。
ブログの名は「魔法少女捜索隊ブログ」このブログは老舗で、魔法少女が現れた初期のころから、追っかけをやっているブログだ。昔から、俺もこのブログを閲覧したりコメントを入れたりしていた。最近の流行はツイスターだが、あそこは色々うざいので、登録はしているが、たまに見る程度に留めている。
やっぱ昔からのブログは安心するね。ここはあまり有名でないローカル・ブログなので、コメントを入れる奴らも常連だし、アフィリも少ないから閲覧しやすいのだ。エインセルもコードが繋がったまま、四つん這いで虫のごとくやって来て、ノートパソコンを覗く。ジェミニ・パラックスの初陣の反応だからな。お前も気になるか。
おお、管理人の興奮コメントだ。久しぶりに見たな。最近は未確認魔法少女が現れないからな。
日々のガイマ・魔法少女関連のニュースをコピペして、反応をまとめる劣化ニュースサイトと化していたのだが、久しぶりの賑わいだ。俺は画面をスクロールしつつコメントを読む。
うーん。やっぱりジェミニ・パラックスはお嬢様キャラが成立しそうな雰囲気だな。
別に金持ちじゃなくても、フィギュア・スケートはやれるんだがな。そりゃ、全国大会だの海外大会だのに出るなら、指摘通り金持ちじゃないと無理だろうが。あと俺の戦闘力は53万もない。
と、突然マウスポインタのコントロールが、エインセルに奪われた。エインセルはコメント欄にコメントを打ち込む。
229 名無しの魔法少女ファン
美少女と見せかけて、実は男の娘だったり…
おい、いきなりネタバレすんな。やれやれ、せっかくだから俺も記念にコメントを打っておこう。
241 名無しの魔法少女ファン
新しい魔法少女デビューおめでとう
これからも頑張ってね!
フフフ、まさか、スケートちゃん本人がコメントしてるとは、連中夢にも思うまい。
まあこんなブログを贔屓にするほど、俺は魔法少女のファンだ。何故なら俺は子供の頃、初代わし座の魔法少女【アクイラ・アルタイル】に命を助けられたから。
あの襲撃事件のあと、このブログでアクイラの引退を知った。たしか2003年だったか。その後、魔法対策庁の魔道師に就任というニュースが出て、感謝の手紙を魔法庁にも送った。返事も来た。返信には「八木沙織」の著名があった。成人したので氏名が公表されたのだ。あの時初めて、本人の名前を知ったのだったな。
さて、今回の件、魔法対策庁は、俺に対しては明確なコメントを避けている。調査中ってのもそうだが、やはり俺の評価が芳しくないんだろうな。圧倒的な強さで撃破したなら、ぜひとも来てください。歓迎します。ぐらいのコメントは出すだろ。
今ブログ記事を読んで、あれが合体ガイマだったことは驚いたが、もうあれボロボロだったからな。
あんなもんを派手な必殺技で倒しても、高い評価には繋がらないよな。なんとか挽回したいところだが。やはりまたガイマと戦って、今度こそ快勝する必要があるか。やれやれ、現実は上手くいかないもんだ。
久しぶりによく眠った翌日。
俺はエインセルと、これからの方針を決定するために、話し合いを行った。
「ということで、今回のガイマとの戦いは、イマイチな結果となってしまった。これに関しては、またガイマと戦って挽回するつもりだ。それで、基本方針としては、これから、お兄ちゃん大好き、ブラコン作戦を展開しようと考えてる」
――――なにそのキモイ作戦名は?
「キモイ言うなし、とりあえず星乃ナナは、星乃サトルの妹とする。いずれジェミニ・パラックスは魔法少女達に接触するだろう。その時、ナナはブラコンをこじらせており、兄であるサトルと離れたくない。だから魔法庁所属になるのを迷っている。という設定にする。そこから会話の糸口を掴んで、魔法対策庁がどんな所か情報収集する」
――――ああ、言いたいことは分かったわ。でも、もっとマシな作戦は思いつかないの?
「サトルもナナも俺なんだからいいじゃないか。正直、俺の頭では、これ以上の作戦は思いつかない。エインセルはもっといい計画を思いつくか?」
――――う~ん。無理っぽい。今はその作戦で行くしかないわね。で、ナナが実在する人物として、私がデータや書類を捏造すればいいのね?
「その通り、ナナ用のスマホも入手して、今のうちに準備しておきたいんだ」
――――分かった。じゃあ来週辺りから着手しておくわ。
「よろしく頼む。あとは…… そう、アイテムボックスとステータスの魔法、後で教えてもらおうと思ってた奴なんだが…」
――――そうだ、すっかり忘れてた。魔力値が安定してから教えるはずだったけど、最近楽しい事が多いから忘れてたわ。時間はある? そう、じゃあ今から教えるね。簡単だから1時間もあれば覚えられるでしょ。
というわけで1時間後、エインセルの指導の下、アイテムボックスとステータスの魔法を覚えることができた。これまでは、ジェミニ・パラックスに変身すると、服やスマホ、財布は纏めて異空間に収納されるため、変身解除しないと取り出せなかった。
だが、アイテムボックスの魔法で、個別に物品を異空間に収納出来るようになったおかげで、変身したままでも、スマホや財布を出せるようになった。このアイテムボックスの魔法は、しっかり形を保った物体なら、なんでも収納できる。逆に水や砂などの不定形のものは、容器にでも入れない限り収納できないんだそうな。
そしてもちろん制限もある。収納できる物体は、自分の体重と同じまで、そして異空間の時間の流れは、こちらと同じ。だから異空間に入れておいても、腐るものは腐るというわけだ。
次のステータスだが、これは俺が、魔法少女を生み出す魔道器に宿る人工精霊に、部分的にアクセスしてデータを得る方法である。このステータス魔法によって、俺の魔力値、残魔力量、アイテムボックスに収納されている物品一覧を知ることができる。俺にしか見えない半透明のウィンドゥで、その情報を閲覧できるわけだ。
この、アイテムボックスとステータスの魔法は、魔法少女なら全員が使えるらしい。試しに確認したが、俺の魔力値がまた増えてる気がする。
名前 星乃慧
根源 双子座
魔力値
180%(90%×2)
残魔力値
178%
マジシャン名 ジェミニ・パラックス
――――あら、また魔力値増えてるのね。まあ、1人分の魔力は90%。ルーキークラスだから、戦闘ごとに増えても不思議はないか。ただサトルの場合は、魂が2つあるから魔力値が2倍になる、総量では、とんでもない魔力量になってるわね。
「魂が2つか。なんでそんなことになってるのかな?」
――――さてね? それは私にも分からない。推測するなら、女の子になりたかった前世の無念が、パラレルワールドのサトルの魂を引き寄せたか、あるいは双子座だったからか。その魂は、明らかに今のサトルの魂とは質が違うけど、両方サトルの魂なのは間違いないわね。
「前世ね。最近は過去の細かいところも忘れて、徐々に思い出せなくなってるんだが…」
――――確か魔法もガイマも無い世界だったわよね。フフ、面白いわね。
「そう思うか? 日本人は黒目黒髪が基本で、こっちみたいにカラフルな髪や瞳じゃなかった。社会情勢だってこっちより20年は遅れていた。金融リセットとベーシックインカムは、こっちじゃ2008年に完全にスタートしたけど、前世では2027年だった。富士山が噴火して、東京が麻痺して、海外と日本の資産家が外国へ逃げて、そしたらいきなり日本政府がまともな政策を打つようになり、すぐにベーシックインカムが導入されることになったんだ」
――――へえ、じゃあこの世界では、ガイマが富士山噴火の代わりになったのかしら?
「そうだとしたら…… そうか、杉裏戸町が起点になっているのか。杉裏戸町襲撃のすぐ後に、海外と日本の資産家が外国に逃げた。だから2003年に、魔法対策庁の設置、魔力適合者保護法、対ガイマ警備隊の設立、と自由に動くことが出来た。いや、それなら……」
ちょっと待てよ。俺が生まれたのは、平聖元年1989年。1年後に世界で初めてガイマがアメリカで確認された。2年後、妖精リャナンシーが降臨して、魔法少女を産む魔導器を設置。この世界では、俺が生まれる以前は、前世とそれほど変わらない歴史だった。俺が生まれてすぐに、前世の歴史と大きな乖離が生まれた。
つまり俺が変化の起点になっているのか!?
俺みたいに、魂を2つ持つ妙な存在が生まれたために、世界の歴史が変化した!?
いやいやいや、その考えは突飛すぎる。俺は神様でも精霊でもない、エインセルが言ってる通り、ただの凡人だ。凡人が歴史を変えるなんて出来るわけがない。たまたまこの変化のタイミングに、俺が生まれたと考えるのが自然だろう。まったく妙な事を考えすぎだな。俺は。
――――サトル…… どうかした?
「いや、何でもない。ちょっとくだらない妄想が浮かんでしまって」
――――ふうん。エッチな妄想?
「何でそうなる!?」
サトルとの話し合いを済まして、私はリビングにあるテレビに赤外線を送って電源を入れた。サトルはテーブルで、コーヒーを飲みながらノートパソコンをいじってる。テレビでもやっぱりサトルは話題になっていて、バラエティニュース番組では、
「謎のフィギュアスケート魔法少女現る」と題して、色々な意見を言っていた。
やはり、ビジュアルがそこら辺の芸能人が相手にならないほど洗練されているからか、人気が非常に高いように思える。この私、美を追求する妖精エインセルがデザインしたのだ。当然と言えよう。
まあ確かに、最初のガイマとの戦いは、思ったようにはいかなかったが、ガイマ撃破という結果は出せたのだ。初陣としては上出来と言える。とりあえずは魔法少女として順調なスタートは切れたのではないだろうか?
さっき話してる途中で、サトルが急に深刻に考え出したので、一瞬、こちらの仕掛けがバレたかと思ったが、どうやら違うことを考えていたようで安心した。
魔法対策庁に就職するために、私はサトルのややこしい作戦を手伝ってあげている。個人的には、男の娘で就職すればいいじゃないか。と思ってるが、人間は人間で、色々面倒なしきたりや価値観があるのだろう。
サトルは私を便利に使っているが、私はタダ働きはしない主義だ。最初にいった通り「私はあらゆる美しいものを見逃さない」主義なのよ。そこのところサトルは分かっているのかしら? だから報酬は確実に貰うつもりよ。
私も昨日は頑張ったから、今日はサトルとダラダラと過ごした。そして夜10時頃、風呂から出てきたサトルは自室に入る。そして私も別室に入った。このマンションの間取りは、リビングダイニング10帖 キッチン1・5帖 洋室6帖 洋室6帖(2)となっている。たしか親代わりの叔父さんに譲って貰ったと言っていたか。
そのうち洋室6帖がサトルの部屋となっていて、洋室6帖(2)が私の部屋としてあてがわれている。小さな私には広すぎる部屋だが、サトルの精神的スキを作る為、あえてこの部屋を利用している。
今サトルはベットに入ってお楽しみの真っ最中だ。隠しているつもりだろうが、私はなんでもお見通しなのよ。
ああ、欲望に負けて快楽に流されてしまうサトルのなんと美しいことか。
私の体も熱くなって、興奮してしまうわ。フフッ、そりゃあねぇ。20代の若い男の欲望に、女の敏感な体。最高の組み合わせだと思うわ。おまけにあの姿で、ジェミニ・クレアトゥールは最低出力の魔法少女。普通は何度も繰り返すと感覚が鈍るけど、ジェミニ・クレアトゥールならば、すぐに回復して、鋭敏な感覚が復活する。
そりゃお猿さんになったみたいに、止められないわよねぇ。フフフッ…
でも安心して、私がサトルの恥ずかしい所も余すことなく全て記録してあげる。私はあらゆる美しいものを見逃さないの。私と一緒に、可憐で美しい、妖艶で耽美な花を、サトルの胸の中に咲かせましょうね。 ……絶対よ?
やはりサトルは最高ね。私の目に狂いはなかった。あなたには才能があるわ。だから、もっと、もっと……
私は興奮して発光する自身の体を、ローテーブル上に横たえながら、今のサトルと同じように身もだえした。
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