第8話 横浜の危機2


 俺は鏡の前で、色々な角度でファッションをチェックしたり、髪を整えたり、顔の表情を変化させたりして、自分の容姿を楽しんだ。今俺は「ジェミニ・クレアトゥール」の状態に変身していた。いわゆるジェミニ・パラックスの変身前の姿という設定の、星乃 南夏という女性の姿になっているのだ。もとい、男の娘の姿になっているのだ。


 しかし、いつ変身してもビックリしてしまう。鏡の前に写るのは美人だが愛らしい少女。どこからどう見ても女の子にしか見えない。暗い紫の髪に、暗いオレンジであるパンプキンの瞳。スベスベな白い肌。


 そして鏡の前で、変身した俺自身であるナナに、色々なポーズを取らせるのが楽しくてしかたがない。今の俺の姿は、トレーナーにジーパンに、デニムジャケットを羽織り、ニット帽を被った割とシンプルな姿だ。



――――準備はまだ終わらないの~? まったく、女の支度は時間がかかるって言うけどさ。


「俺は男だ! いや、男の娘だ!」



 待ちくたびれたエインセルが文句を言う。まあそろそろ出かけるとするか。


 本日は、エインセルと一緒に、新たな訓練場所の調査のために出かけることにしたのだ。外出するにあたって、自分の女性としてのファッションセンスには、いささかも自信が無かったため、今回はコーデ提案アプリに頼った。


 こいつは、自分の服を登録しておくと、季節や温度などにより、AIが最適なコーディネートを提案してくれるアプリだ。前世では知りもしなかったアプリだが、ネットには便利なものがあるんだな。



「では行きましょうかエインセル。本日は視察の後、お洒落なカフェに寄って、おいしいケーキでも食べましょう?」


――――ンフフ。訓練は順調ね。言葉使いとか仕草とか、大分女の子ぽくなってるじゃない。想定より圧倒的に早く女の子に適応してる。やっぱり魂に嘘はつけないわねぇ。良家のお嬢様みたいよ?


「お嬢様ですか。でもあまり女っぽくても困りますね。目指すべきはユニセックスです。男でも女でも通用するような仕草。私、男と女で仕草を使い分けられる程、器用ではありま…  とっ!」



 突然俺が持っているスマホから音が鳴った。スマホは普段バイブモードにしているが、音が鳴る設定にしているものが、一つだけある。魔法対策庁の警報アプリだ。これはガイマが出現したら警告音が流れ、どのエリアに避難警報が出ているか、もっとも早く分かるアプリなのだ。



――――ガイマね。どこに出たのかしら?


「近いわね。横浜市中区、山下町。横浜マリンタワーがある辺りだわ。ガイマが10体。これは電車が止まる予感」


――――今日のお出かけは中止かしら。ゲームでもしよっかな。


「ふうん。新たに避難エリアが追加。横浜市中区海岸通、中区新港。つまりガイマは北西に侵攻している? ここから進めば… そうか、横浜駅に向かっているかも知れないのね……  エインセル、予定変更。横浜駅に向かうわ!」


――――おおっ、ガイマと戦うつもり!? 久々に腕が鳴るわね!


「SNSには未確認ガイマが3体とか出てる。これは強敵の予感。そうで無くとも私の家があるのは、港北区よ。魔法少女が倒せればいいけど、失敗して横浜駅への侵攻を許し北上されれば、私の家が燃やされるかも知れない。この家が大丈夫でも、菊名駅を潰されるのは痛い。大倉山は普通しか停車しないから、ここは迎撃するべきよ」


――――そうね。でもガイマの強さは分からないんでしょう。空振りするかも知れないね。


「それはしかたないわ。このアプリは避難用だもの、戦力分析なんか出来るわけない。だからエインセルに期待するわ。付き合ってくれるでしょ?」


――――もっちろん! ジェミニ・パラックスのデビュー戦になるかも知れないし、私頑張ちゃうよ!



 というわけで、俺たちは家を出て、急いで大倉山駅に向かった。これまでの避難の経験から、警報がかなり早く出ることは分かっている。避難の必要性から、電車もすぐには止まらない。ギリギリ横浜駅に滑り込めるかも知れない。俺はダッシュした。






魔法対策庁 関東総本部 対ガイマ警備部 警備課オペレーションセンター



「こいつか。新種のガイマというのは…」


 関東管区本部長である内海 陣(うつみ じん)が、多数のディスプレイと20人ほどの職員が詰める、警備課オペレーションセンターへやって来た。ここは対ガイマ警備部の指令所であり、警備部や魔法少女への出動命令、無人機やヘリの運用などを行う中枢である。


 中央の大型ディスプレイには、現場へ駆け付けた無人機からの映像や、定点カメラの映像が映されていた。その映された映像に、未確認の大型ガイマ3体や、地上を襲っている取り巻きのガイマが映っていた。内海はディスプレイを睨んだ。



「現在、未確認ガイマを含むガイマ・グループは、中区海岸通の大さん橋を襲撃中。停泊している大型客船に被害が出ています。このガイマ・グループは、北西を指向しており、中区全域に避難警報、中区海岸通と中区新港に避難命令を発動しています。

ガイマ等級はレベル2が6、レベル3が1、レベル4が3です」



 パソコンの前に陣取るオペレーターが現状を報告、内海は次官と交代し、直接戦闘指揮を行うことにした。



「マジシャンはどうなっている? 全員ホームにいるか?」


「現在、静岡方面に【アクイラ・アルタイル】【シグナス・デネブ】2名が出動中、ガイマ討伐を終え帰還待機。ヘリが向かっています。関東総本部への帰還まで、あと1時間程。それ以外はホームにいます」



 内海の質問に、茶髪の元魔法少女、八木沙織が答えた。



「そうか。このまま行けば、新港、みなとみらい、横浜駅に来る可能性が高そうだな。よし… 対ガイマ警備部、第1・第2部隊は完全装備で直ちに出動。横浜駅方面へ進出。 …横浜駅西1キロにある三ツ沢公園に前線司令部を設置せよ」


「了解」


「無人偵察機3機を新たに現場へ向かわせろ。全機爆装でだ。ヘリ3機、ドクターヘリ1機を出動待機」


「ハッ、直ちに準備に入ります」


「【オライガ・カペラ】に命令。 …横浜Kアリーナ屋上へ機材を輸送。そこを最前線簡易拠点とする」


「はい。了解しました」



 矢継ぎ早に指令を出す内海。【オライガ・カペラ】とは、ぎょしゃ座の魔法少女であり、魔法の馬車で瞬間移動を行うことが可能だ。ただし、生命ある者は連れて行けず、本人と物資のみを移動させることが可能である。


 横浜Kアリーナは、「みなとみらい」にある大規模コンサート施設だ。その屋上に簡易拠点を設営する。この施設は、予想されるガイマ侵攻ルートから北に外れており、横にはヘリの着地可能な空き地がある。



「リニアシュート準備。【モナセロス・ルステニア】【バーゴ・スピカ】【スキュータム・ソビエスキ】【コマ・ベリニセス】4名を指名。目標は横浜Kアリーナ。関東第1支所に連絡。【リンクス・アルシャウカト】【ヴェルペキュラ・アンセル】両名は直ちに出動、横浜Kアリーナへの移動命令を出せ」


「了解」


「八木君、今積極的に攻撃をかけているガイマは、取り巻きの小物だけだ。あの未知の大型ガイマ3体は、今は何もしていない。これがどういう意味か、君の考えを聞かせてくれないか?」



 内海から質問を受けた八木沙織は、少し思案してから答えた。



「ガイマには時折、思考力を持った個体が出現します。中にはマジシャンの存在を事前に知っているのでは? と感じる個体もいました。……恐らくあの3体のガイマは、マジシャンとの戦闘を考え、魔力を温存している… そういう可能性があります」


「なるほど…… アレは今まで確認されていない未知のガイマだ。そういう視点も考慮に入れておこう」



 内海と八木が話し込んでいると、オペレーションセンターにブザーが鳴り響き、アナウンスが響いた。オペレーターが対応する。



『リニアキャノン発射体制。射出30秒前』


「マジシャン2名【モナセロス・ルステニア】【バーゴ・スピカ】カタパルト着座、魔力障壁展開を確認。リアクションプレート通電開始…… 移動磁界発生中。全シークエンスに異常なし」


『射出5秒前、5・4・3・2・1・0』


「リニアシュート、サルボ! 1番発射管てーっ、2番発射管てーっ… ファーラウェイ」



 このオペレーションセンター内からは射出音は聞こえない。代わりに中央にある大型ディスプレイに、射出された2名の輝点が表示される。この2つの輝点は、地図上に表示された関東総本部のある相模原市を高速で離脱。あっという間に横浜市に侵入、減速しつつ、横浜市西区にある「みなとみらい」へ向かっていった。


 リニアキャノンは、魔法少女を時速800キロで打ち出す。打ち上げられた魔法少女は、まるでミサイルの弾道飛行のように、大きく弧を描いて地上に向け飛翔する。弾道頂点でその速度は時速600キロに減速、目的地付近で時速200キロまで減速する。平均的な移動時速は400キロほど。


 相模原市から「みなとみらい」までは、直線距離で25キロ。約5分程度で到着出来ると予想された。



「本部長! ガイマ・グループが移動を開始しました。経路は北西、中区新港へ時速30キロで移動中」


「【オライガ・カペラ】現地到着。拠点設営を開始します」


「無人偵察機3機発進。現在横浜市へ向け飛行中」


「関東第1支所【リンクス・アルシャウカト】【ヴェルペキュラ・アンセル】出動しました」


『射出5秒前、5・4・3・2・1・0』


「リニアシュート、サルボ! 1番発射管てーっ、2番発射管てーっ ファーラウェイ」



 リニアキャノンで、次の魔法少女【スキュータム・ソビエスキ】【コマ・ベリニセス】2名が射出された。先行する【モナセロス・ルステニア】達は、すでに「みなとみらい」上空に到達しようとしていた。






横浜市港北区 東横線 大倉山駅


 走ってきた俺は、体内のエインセルと共に、横浜駅行きのホームへと駆け付けた。ホームには待っている数十人の旅客がいた。駅員がマイクで、アナウンスを繰り返す。



『現在、中区全域に避難警報が出ております。よって… 横浜駅まで到達しない可能性があり、その場合は折り返し運転となります…』


「おっ、アレ魔法少女じゃね?」


「高度が低い。やっぱ向かってる先は横浜駅か?」



 俺は、騒ぐ客が指差す南の空を見た。そこには、小さな2つの青い流星が見えた。あれはリニアキャノンで飛んできた魔法少女だな。その様子をぼーっと見ていたら、普通電車がホームへやってきた。開いた扉から中へ入る。


 車内でまた客が指差している。窓から見れば、後続の魔法少女の流星が見えた。ほう、精鋭の魔法少女4人でかからなきゃいけない敵か。かなり強いガイマなのかも知れん。すぐに沢山の乗客を乗せた電車が発進した。



 菊名へ到着したら9割がたの客が降りていった。そりゃそうだ。乗り換えて新横浜に行くのだろう。ガラガラになった電車は、順調に南下する。妙蓮寺、白楽、東白楽、だが反町に向かう途中で乗務員のアナウンス。どうやら中区全域に避難命令が出たようだ。電車は反町で折り返すらしい。残念無念。横浜駅1つ手前で…



――――ねえ、ここからどうすんの?


「そりゃ横浜駅まで走るしかないね。この男の娘の体なら、出力低くとも身体強化出来るし、楽勝でしょ」



 というわけで、地下駅である反町で降りて、俺は長いエスカレーターを猛然とダッシュで駆け上った。





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