第7話 横浜の危機


 杉裏戸町から逃げ出して、早数週間。すっかり冬は深まり、今年も残すところあと1か月となった。俺はネットで次の訓練候補地を探しつつ、通販で購入した女性向けの服が来るのを待っていた。


 しかしあっという間の1年だったな。男の娘という形ではあるものの魔法少女に成れて、様々な訓練にチャレンジして技を磨いて、たしかな手ごたえを掴んだ。前世も含めて今が一番充実してるわ。


 初めてエインセルと出会って、私と契約して魔法少女になってよ! とか言われた時には、一体どうなるかと思ったんだがな。そういや俺、エインセルと契約らしいことしてないわ。大丈夫なのかな? まあいいや、今度聞いてみよう。



 そのエインセルはというと、家でダラダラとゲームしたり、テレビを見てたり、何か美しいものを探してくる。と言ってフラフラと外を出歩ているみたいだ。だが必ず夜には戻ってきて、一緒に次の段階の計画を練ったり、議論したりしている。



 まあ、その一環として、偽装を一段階進めようと思っている。具体的には、俺の男の娘の時の人間の姿、「星乃 南夏」(ホシノ・ナナ)の状態で街歩きをしてショッピングしたり、散歩したり、外食なんかして、男の娘の体と生活に慣れる。ということを目標とする。


 ここまで俺は、女ものの服は用意してなかったんだが。服やカバン、下着や化粧品なんかの用意をすることにした。当然俺はそんなものの知識やセンスはない。興味はあったが、長年男だったこともあり、そんなに真剣には見ていなかった。まして自分でそれらを着ることになるなど考えもしなかった。



 だが、世の中には面白い職業がある。コーディネートサービスという奴だ。何を着ていいか分からない。といったファッションセンスが低い人向けのサービスで、プロのファッション・コーディネーターが服のコーディネートを指南してくれる。


 沢山あるコーディネートサービスの中で、一番サービスが良くて、値段も手ごろな所に依頼してみた。まずはメールでカウンセリングして、星乃 南夏の全身写真を送り、全身のサイズデータを送る。依頼としては、冠婚葬祭向け3パターン、ビジネス向け5パターン、季節別普段着40パターン。それにカバンや小物、靴と靴下から下着。化粧品に至るまでのコーディネート。そして、コーディネートされた物品の買い物代行まで一括で発注した。



 料金はコーディネートサービス代8万円、買い物は30万円かかった。だが、なかなか満足の行く結果となった。ちゃんとナナの合成写真で、この服を着れば、どんな具合になるかを色々知れたし、コーディネートされた物品の購入サイトもすべてアドレスが紹介されていた。ま、誰にも知られず女もののファッション・アイテムを揃えられるんだ。これぐらいの出費は安いものよ。



 あっ、化粧に関しては、なぜかエインセルが詳しかったので、彼女に教えてもらうことにした。さすがは美を追求する妖精といったところか。後日、すべての荷物が届き、エインセルの指導のおかげで、化粧はナチュラルメイクができるようになった。そして自ら着せ替え人形になる。エインセルに何を言われるか分からないから、黙っていたが、正直一人ファッション・ショーは楽しかった。



「というわけで、将来的には魔法対策庁に、魔法少女として就職したい。だが色々と問題がある」


――――いきなりねぇ… 別にいいじゃない。そのまま女として就職しちゃえば? 出生記録なんかの書類やデータの改ざんは任せて。


「そんなこと出来るわけねぇだろ! いつボロが出てバレるか分からんし、俺も精神的に耐えがたい。隠してたのがバレたら… お、俺がへ… ヘンタイなのがバレた時のダメージがデカい…」


――――  …へえ。 自分がヘンタイなの認めるんだ?


「今更だろ? …だから俺は堂々と男の娘として、魔法少女になりたいんだ。言っておくが、別に魔法少女と恋愛的にどうにかなるとか考えてないからな!」


――――ンフフ… それは心配してないわ。サトル君意外と保守的だからね。でも、ヘンタイを認めるなんて… 成長したわね。お母さん嬉しいわ。


「誰が母さんだって?」



 とある日、将来のことを真剣に議論するべく、俺はエインセルと腹を割って話し合うことにした。正直性別を偽って就職して後でバレたら、かなりキツイことになる。

年端もいかない魔法少女達に「え~、男の娘なのぉ? きんも~♪」「うわぁ、女子だって嘘ついてたんですね。最低です」「や~い。ヘンタイ♪ ヘンタイ♪」

とか攻められたら、精神的に立ち直れそうにない。いや、ひょっとして新たな扉が開いて、ヘンタイ的嗜好がもう1つ追加されるかも知れんが。



「それで、だ。男の娘として魔法対策庁に就職するには、まずは俺が魔法少女として優秀だということを先方に認めさせる必要がある。実力があれば、多少変な奴でも目をつぶって採用してくれるかも知れない」


――――なるほど。その為には強いガイマを撃破する必要があると言いたいのね? いや、私も皆に黙って妖精界からやってきたからさ、ガイマの撃退に協力するぐらいしないと、立つ瀬が無いと言うか… リャナンシーに多少は媚びを売っておきたいと思ってたから、その提案は渡りに船なんだけどさ…


「そうなんだ? で、住所等は最初は明かさない方針で、謎の魔法少女として立ち回りたい。向こうはプロだから、いずれこっちの正体はバレるだろうが、時間を稼げればいい。その間に、魔法庁所属の魔法少女に接触して、魔法庁の内実を聞いて、俺が採用される可能性があるか調べたいんだ」


――――ふむふむ。魔法少女とは、女のナナとして… 友人として接触したいわけね? まずは、どう動くにせよ情報収集。悪くないんじゃない?


「おお、賛成してくれるのか。その後どうするかについては、今は決めない方が良いと思う。情報を集めてから、再度考えるという方針だ」


――――ある程度の柔軟性を持たせるわけね。情報が足りない中で、色々思い悩んでもしかたないものね。その方針でいきましょう。



 という形でエインセルとの話し合いはまとまった。後は強いガイマだが、そう簡単に現れてくれないだろう。こればかりは運だな。魔法庁に入れば、実力にもよるけど金銭の心配はしなくて良くなる。それに何より、魔法少女としてスケートをするのが楽しくてしかたない。だから人目を気にせず、堂々と訓練したいという欲求も、日に日に強くなってくる。


 そんな思いを抑えながら、俺は感覚が鈍らないよう、室内でトレーニングに励んだ。






神奈川県横浜市中区 横浜マリンタワー 午前10時頃


 横浜市中区には、付近に中華街もある観光名所、山下公園があった。その向かいに横浜の観光シンボルの1つ、横浜マリンタワーがある。横浜開港100周年記念事業として建設されたタワーであり、地上高は106メートルになる。


 みなとみらいを含む横浜の街並みを一望できる為、今日も高さ94メートルの場所にある、2層展望台には観光客がいた。29階の展望台には、エレベーターと椅子が設置してあり、観光客らは、綺麗な景色を見ながら談笑したり、椅子に座ってくつろいでいた。普段と変わらない何気ない日常、しかし唐突に異変が起きた。



「あれ なんだろう? 黒い……霧?」



 横浜マリンタワーの海側、山下ふ頭の上空に黒い霧が現れたのを、観光客達は目撃した。その時折赤く発光する黒い霧は、10の塊になり、次々に様々な形を取り始めた。内6つは黒い鳥の形になり、1つはクラゲの形となった。それらは全体的に漆黒で、所々赤い発光点が見えた。



「あ、あれは! ガイマだ!」



 観光客の一人が叫び、その声に反応した周りの人々が窓の外を見る。ガイマを見た観光客達はパニックを起こし、エレベーターに我先に向かった。30階の展望台からも、階段で観光客が降りてきて、エレベーターに殺到した。



「ガイマが現れたぞ! エレベーターを早く呼べ!」


「早く避難しましょう!」


「それよか誰か警察に連絡を!」



 エレベーターは2階から29階の展望台にやって来るまで60秒かかる。なかなか早い速度ではあるが、ガイマが目前に現れた状態では、非常にもどかしく感じた。それに定員の問題もある。肝の据わった何人かの観光客は、最初に乗るのを諦めて、各人思い思いの行動を取り始めた。家族や警察に連絡する者、ガイマを観察する者、写真や動画をスマホで撮りSNSに乗せる者など。


 女子供を満載した最初のエレベーターが降りたころ、中山ふ頭の上空にあった、まだ物質化していなかった、巨大な黒い霧の塊が拡散し、中から異形のガイマが次々に姿を現した。少なくともその3体のガイマの大きさは、優に20メートルを超えていた



「な… なんだあれは?」


「えっと、たしかあの黒い鳥は、ダークレイブン。あの大型のクラゲはアビスと言ったはず… だがあのデカい3体はネットにも情報がないぞ!」



 ガイマの情報は、魔法対策庁を通してネットやマスコミで流布されている。そこに情報が無いということは…



「あれは、あれは新種の… ガイマだ……」



 観光客らは呆然とその3体の巨大なガイマの姿を見る。1体は白銀の円盤のような形状をしており、その直径は30メートル以上か。1体は巨大な胴体と2本の腕を持っており、もう1体は植物が寄り集まったような姿に見えた。両者は20メートル以上の大きさに見えた。


 しかし、その巨大なガイマ達は、何もせず悠然と佇んでいた。


 積極的に地上を攻撃しているのは、6体のダークレイブンと1体のアビス・ジェリーフィッシュのみであった。それらの攻撃により、山下ふ頭のいくつかの倉庫が崩れ、社屋は破壊され、自動車は吹き飛ばされた。


 が、短時間の攻撃後、動かなかった巨大ガイマ3体は、突然北西方向へ移動を開始。地上を襲っていたガイマ達もそれに追従する。


 山下公園には観光船乗り場があり、そこには国の重要文化財であり、観光名所でもある日本郵便氷川丸が係留されていた。1930年にシアトル航路用に建造した、歴史ある貨客船の鼻先を掠めるように、ガイマ達は海へ躍り出た。




 同じころ、魔法対策庁・関東総本部の魔力レーダーが、横浜市中区に出現したガイマ10体の姿を捉えた。関東総本部は、付近を哨戒していた無人偵察機を向かわせるとともに、横浜市中区全域に対し、避難警報を発令した。






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