第6話 魔法対策庁の一幕


魔法対策庁 関東総本部


 ここは神奈川県相模原市にある、魔法対策庁の実働拠点。「関東総本部 第2中央機構」というのが正式名称だ。ここから全国にある、本部、支部、支所を一括して管理している。


 この関東総本部は、広大な敷地の中に、様々な施設が軒を連ねている。大きな本庁舎。魔法の研究施設。極秘に開発された魔力レーダーを運用する魔力観測所。魔法少女が待機する魔法保安調査部。警備隊基地。航空基地。そしてもっとも大きな施設として、魔法少女を打ち出すリニアキャノンがある。



 その他には、魔力適合者訓練学校、元魔法少女を魔道師として教育する魔道師学校もあり、魔法少女の卵達が、日夜訓練や勉学に勤しんでいる。


 また隷下には、3つの支所、関東第1支所(横浜)第2支所(千葉)第3支所(高崎)もあり、日本でもっとも大きな魔法関連の実働・教育・研究拠点ともなっている。



 そんな場所にある、本庁舎の一角の執務室で、今日も関東管区本部長である内海 陣(うつみ じん)は、書類の処理を行っていた。黒目、黒髪の容姿を持つ彼は、初めてガイマが日本に現れて以来、常に最前線で指揮を執ってきた大ベテランである。


 仕事をする彼に秘書官が声を掛ける。内海が許可を出すと、秘書官がドアを開け、外から2人の女性が入ってくる。



「うん。八木君と土屋君か… ではこちらのソファに掛けてくれたまえ」



 執務机の横にある、応接の間に3人は腰掛け、秘書官がコーヒーを運んできた。女性の一人が発言する。



「本部長。杉裏戸町での調査が終了しました。現状では問題無し、ではありますが念のため土屋からも報告をお聞きください」



 発言した女性は、魔道師部から出向し、対ガイマ警備部・警備課に所属している八木 沙織(やぎ さおり)26歳。チョコレートブラウンの髪に、藍色の瞳を持ち、魔法対策庁の制服をカッチリと着こなしたキャリアウーマンだ。


 彼女は元魔法少女であり、初代【アクイラ・アルタイル】として活躍、最初期からガイマとの戦闘を行ってきたベテランであり、杉裏戸町ではサトルの命を救ったこともある。内海は返事を返した。



 「それは全然構わんよ…。ガイマが現れてかれこれ18年が経過したが、まだ魔法や魔力に関しては分かっていないことが多い。あの大規模襲撃があった杉裏戸を今も放置しているのは、あそこがガイマが現れやすいポイントではないかと当時想定されていたからだが、その予想は外れたようだな。なかなか思う様にはいかん。それでは土屋君、所見を聞かせてくれ」



 そう言うと内海は、もう一人の女性に水を向けた。


 彼女は土屋 里佳(つちや りか)高校生の制服を着た現役の魔法少女、コンパス座の魔法少女【セスネス・パーサー】である。青い髪に黒い瞳を持つ彼女は、魔力感知に優れている為、今回の杉裏戸の調査に参加した。なお、コンパス座のコンパスは、羅針盤では無く、文房具の方のコンパスである。



「はい。つい先日、付近住民から妙な振動がする。という通報を複数受け、車で現地に調査に行きました。杉裏戸へ入った所、遠くで妙な魔力の流れを感知、その場所へと向かったのですが、現地へ到着してもどこにも異常が見られませんでした。気のせいでは無かったと思うのですが… すいません…」


「いや、謝らなくとも良い。……杉裏戸で何か異常が起きた可能性はあると思う。警察にも要請して付近のパトロールを強化してもらうように頼むとする。報告ありがとう」


「集めた情報によれば、付近で聞きなれない変な音がしたり、空に閃光が走った。等の証言もあります。ですが観測所の魔力レーダーでも、ここ半年は異状なし…

これが大型ガイマ出現の前兆で無ければ良いのですが…」



 八木は、憂いの表情でそう語る。彼女が気にするのも無理はない。なにせ…



「君が杉裏戸を気にするのは分かる。因縁の地だからな、君にとっても我々にとっても…  あの事件がガイマとの戦いの本格的なスタートだった」


「はい。あの時は私も中途半端にしか参加できず、後悔しております。あれからガイマ出現数が大幅に増加、しかし今は一転して低調に推移。ガイマ出現に波があるという説もありますが…」


「ガイマ出現を予測する研究の為、最新のAIも導入したのだがなぁ。そもそも基礎となるデータが少なすぎる。データが少なければ、さすがのAIも効果を発揮できんよ。ただ、私のカンだが、次の波は近いと感ずる。統計もそれを裏付けているような気がする」


「それには私も同意します… では、我々はこれで失礼したいと思います。貴重な時間を使っていただき感謝します」


「構わん。今もガイマが出現して、2名のマジシャンが出動中だろう? 脅威度は低いがよろしく頼む」



 最後に内海は報告書を八木から受け取り、二人は退出。彼は再び仕事に取り掛かった。






神奈川県鎌倉市 北鎌倉周辺


 快晴の冬の空を、2人の少女が空を舞っていた。1人は時折着地しつつもジャンプで30メートルの高さへ上昇、滑空しつつ移動する。人飛びで500メートルの横移動を行い。もう一人は、水平に浮遊飛行していた。彼女らは町中の家や川を飛び越え、南へ向かっていた。

 

 水平に飛んでいる魔法少女が無線連絡を取る。



「こちら【ヴェルペキュラ・アンセル】鎌倉市内に入りました」


『こちら関東第1了解。ガイマは以前侵攻中。鎌倉中央公園付近で迎撃されたし』


「ヴェルペキュラ、了解」



 この南へ高速移動している魔法少女2人は【リンクス・アルシャウカト】と【ヴェルペキュラ・アンセル】であった。横浜市緑区にある魔法対策庁・関東第1支所に所属しており、ガイマ出現の報を聞き、緊急出動してきたのだった。


 ガイマのタイプは飛行型クラゲであり、神奈川県逗子市に出現。北上しつつ鎌倉市に向かっていた。途中で家屋数件を破壊、車一台を廃車にした後は、真っすぐ鎌倉に向かっていた。



 基本的にガイマは人口密集地帯に引き寄せられる性質を持っているとされるが、実はその行動原理はそれほど解明されてはいない。今回は途中の町を無視して、鎌倉市の中心部に向かっているようだが、他にも人口の多い場所は多い、ガイマは何を考えて目標を決定しているのかは謎に包まれている。


 関東第1支所から鎌倉までは直線距離で14キロ。平均速度80キロ前後で、空中を直線移動する魔法少女達にはさして遠い距離ではない。横浜緑区から出発して、横浜市を南下縦断しつつ、鎌倉北部へ到着した。



「リンちゃん。あそこに駅が見えるよ。あれから西に500メートル。あの山の所が鎌倉中央公園だよ」


「うん。ヴェルちゃん。ガイマはまだ来てない。あそこの空き地ぽい所で待機しよ」



 2人は山の東側にある、広い空き地に着陸した。


 リンちゃんと呼ばれた少女は、やまねこ座の魔法少女【リンクス・アルシャウカト】だ。暗いオレンジのパンプキンという髪色を持ち、赤暗いガーネットの瞳を持つ、15歳の女の子だ。実の所、魔法少女に変身しても顔の作りや、髪や瞳の色は変化しない。魔法効果により全身が薄く発光しているため、化粧をしていなくとも見栄えが良くなるだけだ。


 だから初期の魔法少女は、正体バレを恐れて色々な仮面をかぶっていた。今は認識阻害がかかっているのを確認されているため、堂々としているが。なので、ジェミニ・パラックスの髪色が変わるのはかなり異質と言える。もっとも、女体化するのはもっとおかしいが。



 リンクスは近接攻撃メインの魔法少女で、別名「天猫」と言われる。星機装は白いドレスに茶色のスパッツ。天猫ブーツという空中歩行が可能な黒いブーツを履いている。スカートは短いが、スパッツを履いているのでパンチラは期待できない。


 体の各所を守っているプロテクターは、黄色に茶斑点の色で、両腕に武器である大型ガントレット「ストライボー」を装備。頭頂部には、金属製の猫耳がついているが、尻尾はついていない。全体的にはSFぽい意匠であった。



 相棒の魔法少女【ヴェルペキュラ・アンセル】は、こぎつね座の15歳の魔法少女で、後衛を担当している。特徴は背中についている「マギホバー」という浮遊魔道具だ。これにより高効率で浮遊魔法を使用し、長時間空中を移動できる。最大移動速度は時速100キロ。現在は地上に着地しているため、マギホバーは折りたたまれ収納されている。


 彼女は黒い髪と、こげ茶色、チョコレートブラウンの瞳を持ち、ドレスは真っ赤で白のスパッツを履いている。主に上半身を覆うプロテクターは白色で、色合いと火の魔法を使うことから「稲荷様」と呼ばれている。ブーツは赤で、頭に金属製の狐耳が付いているが、これまた尻尾は無い。


 腰の左右のホルスターに装備されているのは、魔法の短杖アンセルで、これを用いて火の魔法を放つ。杖底で衝撃波を放つことも出来、近接での自衛もできる。


 2人がしばらく待機していると、関東第1支所から連絡が来た。



『こちら関東第1。鎌倉北にガイマ侵入。テンタクル・ジェリーフィッシュ6。なおも侵攻中』


「リンクス了解。目視確認しました。調査執行開始します」



 2人は直ちに戦闘準備に入る。魔法少女は「魔法保安調査部」に所属しており、正式名称は「魔法保安調査員」、魔法庁では「マジシャン」とも呼ばれる。魔法少女という名称はあくまで一般で使用されるのみである。もっとも魔法庁でも、私語では魔法少女と言うことはあるが。


 で、この魔法保安調査員というのは、ガイマに色々な魔法を当てて調査する、というのが建前的目的であり、その過程でガイマが倒されてもしかたないよね。という法的解釈になっている。何せ魔法少女は未成年であり、戦闘員では無い。というのが公式な見解であるからだが。

 もっとも、ガイマの脅威が差し迫るこの日本で、建前を気にする人間はいない。しかし、未成年に戦闘させることに反対の意見を持つ者もいる。



「クラゲさんだー」


「クラゲさんだねー」



 2人は 空を飛んでやって来た飛行型クラゲを見つめる。この6体のテンタクル・ジェリーフィッシュは、主に触手を鞭のように使って、地上を攻撃する。カテゴリーはレベル2、低脅威度のガイマに分類される。レベルが上昇するごとに、ガイマの脅威度は上がっていくが、レベル2は大したことは無い雑魚であった。空飛ぶクラゲは、魔法少女を無視して通り過ぎようとしている。



「おっと、ここから先は通さないよー」



 そう言うと【ヴェルペキュラ・アンセル】は、背中のマギホバーを展開して浮遊、2本の魔法の短杖アンセルをホルスターから引き抜く。



「さっさと片づけて、お家に帰りましょう~。ファースト・ストライクは任せたよ」



 【リンクス・アルシャウカト】も大きいガントレットから、白い3本の爪「キャットクロー」を出して、身を沈めて戦闘態勢を取った。



「任されたぁ! これをご馳走してあげるわ!」



 【ヴェルペキュラ・アンセル】は、魔法の短杖アンセルを魔力を流す。すると周辺の炎の塊が4つ生まれる。そして両手の短杖アンセルを振り抜くと、4つの炎が飛行クラゲに飛んでいく。ヴェルペキュラの得意魔法。ファイヤー・ストライクだ。


 基本攻撃力は1だが、貫通力強化の「ホローチャージ」のパフを追加しているので、総合攻撃力「キリングパワー」は2となっている。これらの情報は、魔法少女にしか見えない、眼前に展開された透明のウィンドゥによって確認できる。表示はこうなる。



〇ファイヤー・ストライク×2 射撃状態2バースト

基本攻撃力 ⇒

ホローチャージ(貫通力強化)⇒

キリングパワー ⇒⇒



 パフには、・マジカルホーミング(魔法誘導)・オーバープレッシャ(攻撃力強化)・ホローチャージ(貫通力強化)・エクスプレス(速度強化)の4種類があり、マジカルホーミング以外は、基本攻撃力に攻撃力を1追加することができる。つまり最大攻撃力を最大3追加することが可能だ。


 基本攻撃力に1に対し、パフ3を追加した場合、総合攻撃力である「キリングパワー」は4になるということだ。もっとも、近接攻撃しか出来ない魔法少女は、追加パフが、オーバープレッシャとホローチャージの2種類に限定されるが。



 発射された4発のファイヤー・ストライクは、狙いを違わず2体の空中クラゲに2発ずつ命中。活動を停止したクラゲは墜落する。魔法少女2人を敵と判断した残り4体の空中クラゲは、スピードを上げてこちらに向かってくる。


 【リンクス・アルシャウカト】は、空中に高くジャンプ。天猫ブーツを用い空中を自在に走行、クラゲの群れに突っ込む。空中クラゲは触手を鞭のように振るい、迎撃しようとするが、機動性に勝るリンクスを補足できない。接近したリンクスは、爪の斬撃で攻撃を行う。



「しゃっ!」



〇斬撃×4 射撃状態ノーマル

基本攻撃力 ⇒

キリングパワー ⇒



 リンクスの攻撃は、基本攻撃力が1、パフも掛けていないが、斬撃の軽さから連続攻撃が可能だ。1体につき4度斬撃を浴びせ、瞬く間に2体の空中クラゲを撃破した。



〇ファイヤー・ストライク 射撃状態ノーマル

基本攻撃力 ⇒

オーバープレッシャ(攻撃力強化)⇒

ホローチャージ  (貫通力強化)⇒

キリングパワー ⇒⇒⇒



 ヴェルペキュラの追撃。今回は1発のみだが、オーバープレッシャのパフを追加。キリングパワー3の攻撃が空中クラゲを貫き、一撃でクラゲを葬り去った。最後に残った1体に、自在に空中を駆けるリンクスが襲い掛かる。



〇斬撃×2 射撃状態ノーマル

基本攻撃力 ⇒

オーバープレッシャ(攻撃力強化)⇒

キリングパワー ⇒⇒



 今回はオーバープレッシャを追加して、キリングパワー2で2回斬撃を行い、切り刻んで最後の空中クラゲを撃破した。墜落したクラゲ達は、体がバラバラに解け消滅したため、地上に被害はなかった。



「よぉーしっ、調査執行完了!」


「楽勝だったね! 支所に連絡しておくわ」



 攻撃を終えたリンクスは、重力制御でゆっくりと地上へ降下。それに合わせてヴェルペキュラも浮遊魔法で降下しつつ、支所に連絡を取る。帰還用の迎えのヘリは、あと10分程で到着する予定だ。すぐ後方にある小学校のグランドにて、一仕事終えた魔法少女2人は待機、ここでヘリに搭乗する。






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