第5話 杉裏戸町での訓練
電車がホームに滑り込んで停車した。俺は立ち上がり、開いた扉からホームに降り立つ。ここは「東部動物公園駅」そう、俺が以前住んでいた杉裏戸町の最寄り駅だ。横浜から2時間程をかけてやって来た。今は夕方。
駅の南側の様子は何も変わらない。普通の町が続いている。だが、北に目を向ければ、川の手前には建物が立っているが、橋を渡った先には、延々と続く瓦礫の山が続いている。車道は清掃されているが、杉裏戸町の町内部分にはフェンスが張られ、立ち入り禁止措置が取られている。
俺は駅を出て、橋を渡って一路北に向かう。左右に瓦礫の山のある道を進み日光街道に出る。車がまばらに走行している道を横断し、さらに北へ。そこも瓦礫の山が続いている。
そう、杉裏戸町襲撃事件から、もう11年が経過してるにもかかわらず、まったく復興している様子は無い。ここは廃棄、あるいは放置された町なのだ。
襲撃事件からしばらくして、被災者は義援金を政府から受け取ったが、そこから国は大変な状況となった。本格的なガイマの攻撃が始まり、自衛隊と魔法少女が活躍。そこからの金融改革。魔法対策庁の創設。と息つく暇もない大改革。
というわけで、杉裏戸町の復興はどんどん後回しにされることになった。幸い、付近は大都市圏が多く、被災者を全員吸収できたこともあって、立ち入り禁止処置と土地関係の税金の免除を行い、後は放置されたのだ。
で、どうして俺がここに来ているかというと、魔法少女の訓練の為だ。
人がおらず、監視の目が少なく、訓練を行っても気づかれない場所、それがこの杉裏戸町だった。幸いにも火災にも巻き込まれなかった、元俺の家の一軒家もある。
山での訓練も考えたが、昔とは違ってガイマ対策で監視が厳しい。よく無人機がパトロールをしているのだ。というわけで、はるばるやって来て、元我が家の扉を開け中に入った。立ち入り禁止処置は無関係の人向けで、元住民であれば出入りは許されているのだ。もっとも、誰も監視はしていないが。
――――へえ、ここがサトルが昔住んでいた家なのね。まだ綺麗じゃない?
俺の体の中にいたエインセルが飛び出して、家のあちこちを見て回った。
俺はリュックの中から飲み物や照明器具を出しながら答える。
「あぁ、まだ屋根は持っているね。この分だと後10年はいけるか。いや、解体したいのは山々なんだけど、インフラが崩壊してるからなぁ。国の許可も必要で、売ることもできないんだ。まだしばらくは放置だな」
――――ふうん…… ここがダイニングね。ここに例の魔道器を設置するわよ。
そう言うとエインセルは、空間から大きな壺みたいな物体を取り出して。ダイニングに設置、起動準備に入った。この魔道器は周辺に魔力吸収結界を張って、魔力探知を妨げる装置だ。吸音や吸光の効果もあり、この結界内なら訓練しても外部にバレないだろう。
――――起動準備完了。範囲は10メートル以上200メートル内、高度は100で設定している。これなら魔法対策庁ご自慢の魔力レーダーにも引っかからないわ。もっとも、一般人でも300メートル内に近づかれると肉眼で気づかれる可能性はあるけど。
「魔力レーダーねぇ、魔法庁がそんなもん持ってるとは思わなかった。通報や無人偵察機、カメラなんかで確認してると思ったよ」
――――リャナンシーが作り方を教えたのよ。金属に元魔法少女が魔力を浸透させて、魔力を電気信号に変換させる魔道素材を製造。信号を増幅させてレーダー機器に送る。といっても初歩的なもので、そこまで高性能では無い。ガイマや変身した魔法少女を捉える程度。だから簡単な魔道器で妨害可能。あっ、これ国家機密ね。他に話しちゃダメよ。
「おい、お前なぁ… まあいいや。外も暗くなってきたことだし、起動させてくれ」
――――了解。スイッチお~ん!
というわけで俺もさっそく変身。柔軟体操しながら、家にある作り付けの鏡を見る。相変わらずの超絶美少女ぶりだな。さすがは美に一家言あるエインセルのデザインだわ。体操が終わったら星機装をチェック。
上から、まずは金の星冠ストルーチェ、夜空に輝く星の冠。3つのパーツで構成され金で出来ている。今はただの髪飾りだ。胸元には大きな金色の宝石アストランティア、アストランティアの花を模したピンクの台座に金色の宝石が嵌っている。
ドレスは緑黄色、ラインは黄発光。半袖ワンピースに膝上5センチのふんわりスカート。ドレスの名前は、アルバライズ・レキサルト。夜明けの芸術王という、すごい名前がついてる。エインセルが付けたが星関係ないじゃん。
右腕にシャイニングシューターという黒いガントレット。その名の通り、シャイニングスターという魔法を放つ装備。他の機能としては、マギチャージを表現する、マギ・ブーストゲージが付いている。左腕は白いプロテクターのみ。
ベルトはジェミニ・ライザー。色は銀色で、バックル中央部にクアドラングルというカバーがついており、それがスライドすると、内部の金のペンタグラムが露出するというギミック。必殺技使用時に見える仕様だ。
腰の後ろにサッシュと呼ばれる、形が崩れないピンク色のでかい魔法のリボン。
ブーツは、魔法の有翼ブーツ、トゥウィンクル・スター。白いブーツで、ふんわり白い翼がついている。瞬時に床を作り出し、どんな高度でも水平にスケート滑走できる。底にはオレンジ色に光るブレード。このブレードは長さが可変し、フィギュアモードでは靴底内に収まる。スピードモードではブレードが長くなって、靴底からはみ出す。
というわけで、後日スピードスケートの初心者講習を受ける羽目になった。まあ戦闘には必要だし。
なおスカートの内部は黒いショートパンツを着用。パンチラは許可できない。というか男の娘の俺がパンチラしたら、実にヤバいことになるので却下だ却下!
さっそく暗くなった野外に出て、エインセル監修による訓練を開始する。
まずは魔法少女の基本のいろはから。
魔法少女においては、身体強化・魔力障壁・風魔法・重力制御の4つは、得手不得手はあるが誰でも使えるらしい。リニアキャノンで撃ちだされ、滑空するという芸当が出来るのもその為だとか。
俺はブーツのブレードを引っ込めて基本の練習を行う。まずはジャンプ。重力制御と風魔法を利用し30メートルの高さに上り、そこから重力制御でゆっくり滑空する。慣れたら風魔法で位置調節、緊急回避の訓練。この訓練は1週間に及び、エインセルから及第点を貰う。エインセルの感想は、すべて並の実力らしい。
前世では空手を習っていたので、身体強化の格闘は自主訓練とし、ガイマに化けたエインセルと戦闘訓練。エインセルの攻撃魔法を受けつつ、魔力障壁の訓練も合わせて行う。
それから街中での戦闘を想定した訓練。ガイマになったエインセルと追いかけっこと殴り合い。魔法の打ち合い。横浜の家と往復しながら、そんなことをしていたら、あっという間に2か月が過ぎた。
ここからいよいよ、フィギュアスケートの戦闘への適応を行う。
基本的には、高速で接近しつつジャンプして、踏んづけることでダメージを与え、すばやく離脱する一撃離脱戦法とする。またスピン技でも、相手を攻撃しつつも防御技としても併用する。風魔法も流用して、急加速、急回転が出来るようにしておく。
問題は速度で、一般的フィギュアスケートの速度は時速30キロ。スピードスケートで時速60キロ。戦闘で使用するなら、速度は倍以上で機動する必要がある。なぜなら、攻撃力と防御力を一番簡単に上げる方法が、速度を増すことだから。ただ、そうすると繰り出せる技に制限がかかる。
試行錯誤の結果、シンプルな技、技のことをフィギュアスケートでは「エレメンツ」というのだが、シンプルなエレメンツにて戦闘魔法を構成することにした。結果はこう。
・ジャンプ
戦闘用 アクセル トウループ
高度上昇用 サルコウ
・ターン
方向転換用 スリーターン
・ステップ
回転突撃用 ツイズル
・離脱用
フロントクロスオーバー
バッククロスオーバー
・スピン
回転防御用 アップライトスピン
回転攻撃用 シットスピン → キャノンボールスピン
まずはジャンプの解説から。ジャンプの難易度は、トウループ→サルコウ→ループ→フリップ→ルッツ→アクセルで、トウループが一番簡単で、アクセルが一番難しい。別に演技するわけでも無いので、この内、ループ、フリップ、ルッツは除外した。
アクセルが入っているのは、これが唯一前を向いてジャンプするからだ。ファーストストライクにふさわしいと言える。そこから、もっとも簡単なジャンプ、トウループを連続で繰り出す構想だ。
サルコウは高度上昇用とする。シングル・サルコウで10メートルジャンプ、ダブル・サルコウで50メートル、トリプル・サルコウで、100メートル上の高度にジャンプする。魔力障壁を頭に集中してジャンプすれば、頭突き様な対空攻撃もできる。あまりやりたくはないが…
ターンはもっとも基本的なスリーターンのみとした。戦闘中は色々気を配らないとならないことが多い。いかに魔法少女パワーが強力だとしても、ターンはシンプルにいきたい。スピードも時速100キロ位になるだろうし。
ステップはツイズルのみ。クルクル回りながら前進するステップ。一番簡単な奴だ。これで時速100キロで、魔力障壁を纏いつつ、ガイマに突進する。ガイマの攻撃を弾きながら接近して、次のエレメンツに繋げる。言っておくが、俺はステップ全部できるからな。シャッセもモホークもチョクトウも、あっ、でもカウンターとロッカーは怪しいかも知れん。あれ、5級の課題だし。
で、スピンは回転防御用にアップライトスピン。2本足で立ったままクルクル回るやつ。静止状態から風魔法で急速回転。魔力障壁を展開し、ガイマの不意の攻撃を弾く。
回転攻撃用は、シットスピン→キャノンボールスピンとスピンの形態が変わる。シットスピンてのは腰を下ろして回転するやつ。攻撃前準備。そこからキャノンボールスピンへと変化。これは足を突き出して回る。足先に魔力障壁をカミソリ状に展開して、ガイマの体を切り裂く。
急速接近、急速離脱用にフロントクロスオーバー、バッククロスオーバー。これは両足を互いに交差させて踏み出して、移動する方法。フロントクロスオーバーは前向きに前進。バッククロスオーバーは前を向きながら、後ろへ後退する。スピードを出しやすい。
総括すると。まずはフロントクロスオーバーで、5メートルの高さのガイマに高速接近。次はトリプル・アクセルによるファーストストライク。ガイマの上に着地した瞬間。強力な打撃が下方に打ち出されダメージを与える。そこから連続でトリプル・トウループによる追撃。次にダブル・トウループのジャンプで、ガイマの体から離れ、5メートル下に着床。バッククロスオーバーで高速離脱。という流れになる。電光石火、一撃離脱を理想とした攻撃だ。
というわけで、エインセルとああでもない。こうでもないと色々と試しながら、エレメンツとコンビネーションの完成度を高めていった。時間は飛ぶように過ぎ。4か月が経過。あっという間に冬がやってきた。そしてこの誰もいない杉裏戸にも変化がやって来た。
――――ちょっと! 日光街道から車がやってきたわ。ゆっくりこっちに向かってる! 変身解除して。魔道器を止めるわ!
夜間、元自宅にいた所、急にエインセルが警告を発し、俺は大急ぎで変身解除。エインセルが魔道器を停止。照明を消してカーテンを掛けた窓の近くで寝転ぶ。エインセルは俺の胸に寝転んで、ぼんやり光っていた発光を止めた。20分ほど経ってから、車のヘッドライトがゆっくり家の前を通り過ぎたのを確認。
「んっ、通り過ぎたか。こっからじゃ車種が分からないな…」
――――パトカーの類ではないでしょう。走行パターンが違う。まるで何か探すようにウロウロしてるわね。誰かに通報されたかしら?
「てことは魔法対策庁の車かも知れないな。いよいよここでの訓練も潮時かな」
それからも車は1時間近く付近を走行してから、日光街道の方向へ帰っていった。朝方、暗いうちに俺とエインセルも離脱。しばらくはここへ戻るのは、やめておいたほうが良いだろう。いや本当、次の訓練場所どうしようかな。
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