第4話 魔法少女をキャラクリしよう
窓から差し込んできた太陽の光を感じた。朝が来たのだ。
俺は布団の中から出て、体をチェックする。いつの間にやら男の体に戻っていた。まあとにかく、シャワーを浴びて、昨日買ったオニギリを食べながら、ラーメンを作って食べる。やはり慣れた男の体なら、感情をきちんとコントロールできるな。
ダイニングにはエインセルもいた。ここに置いてあるゲームプレイ・ステーション3で、俺が今年買った「魔法少女大決戦2」で遊んでいた。特に手を触れてるわけでもないのに、ちゃんと操作している。ブルートゥースで接続してコントローラー操作を疑似的に再現してるのだろう。さてと、ここからはエインセルとのお話の時間だ。
――――おはようサトル。体の調子はどう? 不具合はないかしら?
「お陰様で大丈夫だ。ところで昨日の件だが… 女に変身したら脳も影響を受けるのか?」
――――ええ、男脳から女脳に変わるわね。ただ、少し時間がかかる。脳が切り替わるのは、変身して10分くらいしてから。
「そうか、昨日は感情のコントロールが出来ずに驚いたよ」
――――何度も変身していけば、そのうち慣れるわよ。女脳を制御することも可能になる。
「そいつは何より。じゃあまず、お互い謝ろうか。まずは俺からだ。感情のコントロールが効かなかったが、お前に馬鹿と言って悪かった。そっちも俺の記憶を勝手に見たんだ。正直愉快な気分じゃない。謝ってくれ」
――――そうね。デリカシーが無かったわ。ごめんなさい。
「よし、これでこの話は終わりだ。昨日は俺も突然女の… いや男の娘の体にされて混乱して泣き叫んだ。エインセルも悪戯が過ぎた。それ以上でも、それ以下でも無い。事実はそれだけだ。いいな?」
―――― …………。 まあいいわ。今はそういう事にしといてあげる。じゃないと先へ進めないものね。
「フン!」
エインセルは許可もなく、勝手に俺の心や記憶を覗いた。それはとても嫌なことだ。勿論エインセルに悪気は無かったのだろう。むしろ俺を助けようとした。それは分かってる。分かってるんだがまだ感情の整理がつきそうにない。でも初めて他人に自分の気持ちを知られ、ほんの少しだが、気持ちが軽くなったのは本当だ。だから少しくらい感謝を…… してやらんことは無い。今は絶対認めないがな。
「それでだ、昨日は仮の変身とか言ってたな? 後でカスタマイズするとも… そんなことが出来るのか?」
――――可能よ。魔法少女を生み出す制御魔道器にアクセスする権利を私は持っているから。知っての通り、魔法少女は既定の魔力値になったら、制御魔道器が自動的にアクセスして、最適な魔法少女の変身の形をとるわ。魔道器の中には人工精霊がいるの。貴方たちの言葉で言えば人工知能ね。その人工精霊が自動判別するから、わざわざ妖精が魔法少女の面倒を見なくてもいい。とても効率的ね。今日本にいる妖精リャナンシーが、主に制御魔道器で魔法少女全体をコントロールしているわ。
「ていうことは、君がイジッたらリャナンシーが気が付くんじゃないか? 確か君はお忍びでココに来たんだろ?」
――――ええ、気が付くでしょうね。魔法少女の基本の型は、現在認められている88の星座をベースに構築されている。最大で魔法少女は88人しか増えない。膨大の数でもなし、とっくに向こうも気づいてるはずよ。でも安心して私、リャナンシーとはマブダチだから。向こうも私の性格はよく知ってる。干渉はしてこないはずよ。勝手をやり過ぎない限り。
「じゃあ問題無しか。で、今時間はあるか? これから新たなる魔法少女の設定を詰めたいんだが……」
――――おっ、サトル君もそういう気持ちなんだ。やっぱキャラクリって楽しいものね。まずは基本設定。サトル君の誕生日は6月6日。つまりは双子座。幸い双子座は空いてたから、双子座の魔法少女として魔道器に登録したわ。貴方は魂が2つあるし丁度いいでしょ。あの変身した少女は、貴方より幼いから、弟星のポルックスで仮登録してる。兄妹という設定にしたいところね。
俺はスマホで双子座の情報を見ながら考える。
「双子座な… 双子座はジェミニだから、つまりジェミニ・ポルックスか。いや、魔法少女は多くが英語読みだな。ヘラクレスだってハーキュリーズだし、ということは英語読みでジェミニ・パラックス、魔法少女ジェミニ・パラックスが正式名称だな」
――――ん。双子座は兄星が銀星。弟星が金星と呼ばれる。金星の魔法少女【ジェミニ・パラックス】後で修正しておくわ。
ということで、ここからジェミニ・パラックスの設定を決める議論が開始される。
ノートも取り出して絵も書いて、細かく設定が煮詰められる。
――――ところで、ジェミニ・パラックスはどんな魔法を主力とするの? 考えはある?
「ああ、フィギュアスケートを主力として考えている」
――――それいい! 私もすぐにイメージできるわ。きっと美しい戦い方になると思う! いままでに無い魔法少女ね。それで決定!
「まあ、俺はアクセルだって2回転しかできないし、5級に落ちた3流だが。ここに魔法少女の力を上乗せして、さらに君の力があれば、トリプル・アクセルも、いや、クアドラプル・アクセルすらやれるかも知れん。凄い魔法少女になりそうだ!」
まあ、ここまではいいんだが、実は俺はどうしても組み込みたい機構がある。それは華麗ライダーで出てくるマシン・ヴォイスだな。ほらあの、「ライダーキック」と発言してからベルトのギミックを動かしたら、無機質な声で『ライダーキック』と声が聞こえて、それからライダーキックの技を繰り出す奴、あれカッコいいんだよな。
こっちの世界では残念ながら、華麗ライダー・クーザは制作中止となってしまった。2000年放送のはずだったが、1年前に杉裏戸町襲撃事件があって、その余波で作れなくなったんだ。戦隊はアメリカとの絡みがあるから継続してるけど。すでに今は2010年、竜輝や666も放送されてたハズなのに!
というわけで、こっちではいつ華麗ライダーが復活するか分からない。だからせめて、マシン・ヴォイスをジェミニ・パラックスに組み込んでみたい。
幸い、エインセルはこういうオタク的なこだわりにも理解を示してくれた。まあ、彼女風に言えば「美学」というらしいが。
――――なるほどなるほど、そういう美学は嫌いじゃない。「カッコいい」は「美しい」に通じる。いいでしょう。やってみましょう。それに何より、そのマシン・ヴォイスってやつ、私の声でやるのよね? フフフッ、私頑張っちゃうね!
というわけで、マシン・ヴォイスを組み込むことに決定した。ただ、後で「技の声」ということでマシン・ヴォイスの正式名称は「マニューバ・ヴォイス」という名前に変更した。ベルトの名前は安直に「ジェミニ・ライザー」となった。
そこからは、実に1週間にも渡って設定の議論を行った。内容は、細かいデザインから効果音、幻影視覚効果、魔法効果、デザインの将来的な拡張性、強化フォームにいたるまで。最終的にはおもちゃ展開をどうするかまで議論が及んだ。
いや、魔法少女なりきりセットって売ってるんだよ。全部の魔法少女じゃないけど、その中から可愛らしい格好の魔法少女の服を簡略化して、女児向けのおもちゃにしてるやつ。というわけで、ジェミニ・パラックスの衣装は可愛らしくなる方向で決定した。
そこから、さらに一週間後……
――――さあついに、変身の時が来た! 準備はいいかしら? サトル?
「ああ、いやぁ。ここまで長かったな… 慣れることと調整の為とはいえ50回以上変身したものな。ついに完成に持ってこれた… じゃあ変身だ。まずは女性化」
そう言うと、俺は両手を両脇腹に当てる。すると手の接触部分からベルトが伸び始めて、「ジェミニ・ライザー」というベルトが形成される。俺は人差し指と中指を突き出す。すると指先が光る。そのまま、ベルトのバックル部分に指先を通過させ、宣言。
「トランスセクシャル」
すると俺の体は鈍く光り始め、体が変容を開始。周辺にはシャドー・コートを張り巡らせ、光が拡散しないよいうにしている。特に音もなく1分程で、俺は人間の女性体になった。
これが魔法少女ジェミニ・パラックスの変身前の姿、という設定になる。あくまで俺とは別人の女性が変身する、ということになるわけだ。この人間体は、名前を「星乃 南夏」(ホシノ・ナナ)という。髪はパープルで、瞳はパンプキンと呼ばれる暗いオレンジ、色合いは地味だが、かわいい美人顔の15歳の少女で、サトルの妹という設定になる。
この姿を「ジェミニ・クレアトゥール」と呼ぶ。ごく普通の人間の姿だが、こう見えて最低出力の魔法少女である。なので、身体強化、重力操作などの魔法を、ジェミニ・パラックスの3割出力程度で使用可能だ。
変身にシャドー・コートを張ってるのは、できるだけ目立たないようにするためだ。トイレや物陰での変身を想定している。これでスムーズに男性体、女性体への変身を行うことで、正体バレを防ぐのだ。次こそはド派手な本変身。
俺は再び両脇に両手を当て、「ジェミニ・ライザー」を顕現。指先に光を集めてポーズを決め、バックル部分に指先を通過させ宣言。
「ドレスアップ、パラックス!」
そして平坦なエインセルの声「マニューバ・ヴォイス」が響く。
『Dress Up Gemini Pollux』
ギュン、ギュン、ギュンギュンギュン!
と、凄い音がして、周辺は青白く発光。俺の体は30センチ程浮き上がる。音と光が凄いが、エインセルが結界を張ってるので、周辺には聞こえないはずだ。そのエインセルは、スマホを浮かして俺の変身動画を一生懸命撮っている。
浮遊した俺の体は高速スピンを開始。緑の光が体を包み冠、ドレス、フィギュアブーツ、プロテクターを次々に装着。回転が遅くなり、腰の後ろに大きなピンクのリボンが生える。ここで決めポーズ。そして回転が停止して、背中から光り輝く妖精の羽根「エル フェリィーク」が出現。
それから俺はゆっくりと着地。右手を胸に添え振り下ろす決めポーズ。瞬間、背中の妖精の羽根が拡散し、胸元の金色の宝石に吸い込まれ強く発光。まわりに煌めく光の粒子、妖精の粉をばら撒く。
次に俺の額にあるサークレット、金の星冠が3つに分離する。サークレットの部分はそのまま。他に分離した2つのパーツは、頭部両側面に移動し装着。髪飾りになる。この星冠「ストルーチェ」は、普段は髪飾りだが、必殺技を使用する時は、
額に集まって、星冠を形成することになっている。
最後にパンプキン色の暗い瞳が、鮮やかなオレンジ色に変化して、変身は完了。
再び平坦なエインセルの「マニューバ・ヴォイス」が響く。
『Dress Up Gemini Pollux complete』
仕上げに、網のような輝く緑の光が周辺に拡散する。そして背後に幻影魔法によって双子座が出現。弟星の部分だけが光って、すべてが消えた。
――――録画完了! きゃ~っ! 凄い! 綺麗! 可愛い! これこそが真の魔法少女の変身ね! 後で動画に音楽もつけましょう!
ハイテンションで捲し立てるエインセルにスマホを返してもらい。俺も動画を視聴する。ふむふむ、完璧な「変身バンク」だ。魔法少女に特撮ヒーローが少し入った良いとこ取り。まさに理想的ニチアサ的変身バンクと言えよう。
ちなみに既存の魔法少女には変身バンクは無いそうだ。まっ、誰も見てないのに変身バンクがあってもしょうがないからな。両手を水平に広げて、輝く光が集まって、収まったら変身完了という流れだ。もちろんジェミニ・パラックスにも簡易変身モードはある。「マニューバ・ヴォイス」は省略しないけどね。
他に、魔法少女が合理的な短時間変身を行っているのは、ガイマとの遭遇戦を想定していることもあるのだろう。とはいえ、この世界では魔法少女のガイマ遭遇戦なんかめったに起こらないけど。10数年の歴史で2回ぐらいしかないらしい。
今回アホ程変身バンクにこだわった狙いは…… 実は特にない。俺のオタク的こだわりと、エインセルの美学が合体して、暴走した結果である。果たしてこれを他人に披露する機会などあるのだろうか?
さあて、これでようやく変身関連の作業は終了だ。
そして次は、フィギュアスケートを戦闘への使用可能な状態にする技の改良が必要だ。それには野外に出ての検証と訓練が必要になる。
…どこでしようかな?
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