第3話 双子座の開花


 一体俺を魔法少女にすることで、君に何のメリットがある? 君の目的は?


 と、正面の妖精エインセルに俺は問うた。

 まるでそれに答えるように、エインセルは立ち上がり、目をキラキラさせながら両腕を一杯に広げた。



――――私はね! この地上にある美しいものを全て見たいのよ!!


「美しい…… もの?」


――――そう! 私は生まれた時から美しいものに目が無いのよ! 長い時を経て、妖精界の美しいものは全て見てきたわ。そんな時、リャナンシーが再び地上に降臨するという話を聞いたのよ! 私はいてもたってもいられなくて、他の皆に黙って地上にやってきたわ。それから美しいものを見る毎日。花畑、建築物、絵画、ゲーム、音楽、書籍、ポップカルチャー!


「意外だな、美しいものって、妖精は自然が好きなのだと思ってたけど…」


――――そうね! 多くの妖精はそうだわ! でも、私はどんな美しいものも見逃したくは無いのよ。妖精界の美しいものは、すべて見た。次は地上のすべての美しいものを見るの! これが私の目的!



 エインセルは興奮してるのか、水晶のような羽をパタパタと羽ばたかせ、体を銀色に発光させた。どうやらこれが彼女の本心のようだ。俺は再び質問を重ねる。



「それが俺にどう繋がる?」


――――この地上の世界では、まだ美しいものを全て見ていない。とりわけ見えにくいのは人の心、精神よ! 人の美しい心が見てみたい! 貴方をパートナーとすることで、私は人間の美しい心を見ることが出来る。そう導かれる。そんな予感がするのよ!


「そうか……」



 果たしてそうなのかは俺には分からない。俺が誰かを導くなんか想像もつかないが、妖精には妖精だけに分かる嗅覚のようなものがあるのかも知れない。次が最後の質問だ。



「ところで君は、俺のことを逸材とか言ってたが、俺は英雄になるのか?」



 エインセルは発光をやめて俺の顔を見ると、ニヤリと笑った。



――――いいえ。貴方は英雄にはなれないわ。選ばれし者でもない。地球にとってはさして重要ではない、ただの凡人よ。


「そうか… それを聞いて安心した」


――――人間と妖精とでは価値観が違うわ。人間にとっては、社会で、戦争で、経済で、宗教で頂点に立つのが英雄。私達にとっての英雄は、外見が醜く、能力が無く、性格が悪く、運がなく、それでも生きていける者が英雄。


――――能力の優れたる者が成功するのに、なんの不思議があるものか、だけど、何も持たず、持たされず、みじめな存在が天寿をまっとうする。そこには不思議が満ち溢れている。それこそが選ばれし者。



 エインセルは、詠うように言葉を紡ぐ。

 そして綺麗な笑顔で俺に語る。



――――魔法少女ならば、甲州市で、わずか11歳で散った2人がそう。何も出来ず、役にも立たず、ただ皆を守る為、ガイマに立ち向かいし存在。だけどどんな魔法少女より、皆の心に残っている。人はその高潔なる美しい心に引き付けられざるえない。それこそが選ばれし者。


「良く… 分かったよ。正直、英雄になれる! とか言ったら断ろうと思っていたんだがなぁ。俺は本当にただの凡人でさ。前世も、今生も」


――――でもそれに価値が無いわけじゃない。貴方には自分の魂の課題があるんでしょうね。ただ、選ばれし者がそうであるが為、この世で自由には動けない。サトルのような、顔もハンサムで、資産もそこそこある、どうでもいいような存在の方が、私には都合がいい。


「うん。ちっとも褒められた気がしないフォローありがとう。ま、俺もガイマに思うところはある。両親は殺され、小学校の友人数名も死んだ。自分の手で打ち倒せるなら、倒してみたい。復讐なんて立派な気持ちじゃないんだがな…… 分かった。俺は魔法少女になるよ」


――――ほんとう? 嬉しい! じゃあ末永くヨロシクね! サトル!



 これが妖精というものか…… こんなに素直な気持ちをぶつけられると、つい絆されて、気が付くと魔法少女になることを了承してしまっていた。とはいえ、エインセルは誠実そうな妖精だし、悪いようにはならないだろう…… そうだよね?



――――じゃあさっそく変身タイムと行きましょう! まずは仮の変身ね。細かい所は後でカスタマイズしましょう! そりゃ!


「ちょっ!!」



 エインセルはいつのまにか持っていた、金と銀のキラキラの魔法の杖を俺に振るい、俺は光に包まれ意識を失った……








「んん…… んうぅ……」



 俺は床に寝転がっていた。頭がぼんやりしながらも、上半身を起こす。



「う…… こ、ここは?」



 俺は視界を左右に振って状況を確かめる。そうだ思い出した、俺は変身魔法を唐突に食らって気絶したのだった。いや、そんなことより……



「何この声…… ま、まるで…… お、女の子みたい」



 俺の耳に自分で発した綺麗な女の声が聞こえる。伸びやかで艶があって、高音は繊細で、でも低音もそれなりに出る。例えるなら最高級のヴァイオリン、ストラディヴァリウスのような声色だろうか……


 それだけじゃ無い、俺の指先も白くて細くて、まるで女の指のような……


 俺は大急ぎで立ちあがり、自分の部屋に入る。あそこには大きな姿見が置いてある。その縦に長い鏡に自分の姿を写してみる。俺はしばし呆気にとられた。


 なんなんだ!! この超絶美少女は!?


 髪の毛の色は緑黄色、グリーンのパステルカラーか、髪の長さは肩まで。瞳の色は明るいオレンジ。大きな目に小さな鼻、唇はピンクで濡れているよう。まるでアニメキャラが、そのまま実現したかのような可愛らしくも美しい顔。


 体は華奢で、身長は150程、しかし出ているところは出ている。なかなかグラマラス。中学2~3年生ぐらいか? いや、こんな中学生見たことないけどさ。


 服は見たことのないもの。ワンピースだが星の模様が散りばめられ、大きな金の星がアクセントになっている。そして体全体が柔らかいオレンジの光で包まれている。ホント誰だよこれ……


 この姿を見た途端、俺の全身の血が駆け巡り、これまでに経験の無い羞恥の感情の波が全体に襲ってくる。俺は自分の姿を凝視しつつ、口をパクパクさせるしか能のない人形のようになった。



「あっ… あっ……」


――――あら、目が覚めたの? 目覚めの気分はどうかしら?



 突然俺の脳内にエインセルの声が響き渡る。俺は可愛らしい声で尋ねる。



「ど、どこにるのエインセル?」


――――体の中よ。男の体から女の体になるのは結構高度な魔法だからね。不具合が無いか体内でチェックしてるのよ。変身魔法のメンテナンスは重要よ?



 きっとエインセルの言う通り高度な魔法なんだろう。それは予想がつく、しかし…



「で、で、でも……」


――――ああっ、男性のシンボルが付いてることね。それは仕方ないわ。それが無くなると男性に戻れなくなるからね。つまりTSじゃなくて、男の娘に変身しちゃうのよ。大丈夫、魔法は普通に使えるから。フフッ、可愛いわよサトルちゃん♪


「あああっ……」



 俺の全身に再び羞恥の感情が駆け巡る。息は荒くなり心臓が早鐘を打つ。顔は真っ赤で瞳が潤んでくる。何故だ? 男の時のように感情がコントロールできん。股間のシンボルが女性用の下着で包まれていることに、たまらない背徳感を感じてしまう。体の芯から疼いてくる。ああっダメだ! これじゃ… これじゃ俺はまるで…… ヘンタイじゃないか!!



――――どうしたのかしら? 欲情してるの? もう、サトル君はしかたのないヘンタイね。さっきは色々私に聞いていたけど、でも私の答えがどうあろうと貴方は魔法少女になることを受け入れる。そう感じたわ。だって真面目な顔をしながらも、貴方は胸の中は、とってもワクワクしていたものね?


「ヘ… ヘンタイ……、い、いゃ。ワクワクなんか……、し、してなぃ…」


――――フフフッ、ものすごく興奮してるわね。まあ、長い間夢見てきたことがついに実現したんだもの。うれしいわよねぇ?


「ち、違うっ!!!」



 俺は髪を振り乱して否定する。違うんだ、コレは俺が突然女になってパニックを起こしてるだけなんだ!



――――違ってないわ。だってこれは前世からの願望だもの。本当は可愛らしい女の子になりたかったのよね? その心を偽るために、空手を習って、彼女を作って男らしさを強調した。でも、可愛い格好をした彼女を見て密かに嫉妬してたよね。そしてついに前世で死んで、今生でも男になって心底絶望した、今度こそ女の子になりかったのに……


「違う! ちがうのぉ!」


――――だから女の子がよく活躍するフィギュアスケートを習った。でも、そこで滑るヒラヒラのコスチュームを着た可愛らしい女子にも嫉妬した。自分もあんな風になりたかったのに…… 誰も貴方の気持ちに気づかない。誰も貴方を理解しない。貴方はどこまでもどこまでも孤独で……


「お前ぇ!! 俺の記憶を覗くなぁ!!!!」


――――あら失礼ね。人を覗き魔みたいに。メンテナンスの為に体内に入ったら、必然的に貴方の記憶と感情が流れ込むのよ。これはそう、不可抗力という奴ね。貴方はそうやっていつも自分の思いを踏みにじってきた。貴方の胸に美しく咲く花になるはずだった、貴方のつぼみは、殴られ、踏みつけられ、もうボロボロよ。


 私そういうの嫌いなの、美しくないから……


 ねぇ? これまでずっと、ずーっと耐えてきたのだから……

 そろそろ認めたらどう?


「違う、俺は男だ!! 女の恰好をして喜ぶヘンタイじゃない!」


――――ふうん?  スカートの中はもうそんなにビンビンなのに?



 そう指摘され、俺の中の熱が、マグマのように吹き上がり俺の脳を浸していく。もう、まったくと言っていいほど、俺は感情のコントロールを失った。



「ああっあっ、うぅ……ヒッ、グスッ、エインセルのばかぁ~!!」



 涙を流しながら、俺は自分の部屋のベッドに飛び込み、掛布団に頭を突っ込む。ああぁ、もう今日はなんだか疲れた、早く、早く眠りたい。



「違うのぉ…… 私はヘンタイじゃ…… ヒック お父さん、お母…さん」




 急速に暗闇に包み込まれる意識の中で、俺の頭をやさしく撫でる小さな手を感じた。


――――ごめんなさいね。少し強引だったと思う。


 でも、初めて貴方の中に入ったとき、貴方の心がバラバラに引き裂かれそうだったから、あまりに可哀そうで見ていられなかったの……

 あなたはとても優しい子。だから枠から外れないよう、皆を失望させないように頑張ってきたのよね?


 でももういい。もういいの……


 誰も自分の心を偽って、生きていくことなど出来はしないのだから……


 少しずつ、少しずつ自分を出していきましょうね。



 …… でも、今はお休み、良い夢を見てね…




 なぜだか俺の髪に、小さな水滴が落ちた気がした。


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