第10話 村人の左腕の封印が少し解けたようです
村長さんたちが帰ってきてから数日後。
最近のお兄ちゃんはいつもより増して上の空だった。
「シータお兄ちゃん、どうしたんだろう。最近元気がないよね」
「エリーをお母さんにとられちゃったからじゃない?」
ガンッ、バンッ
子供が出しているとは思えない程の音と周りの荒れよう。
子供二人は平然と木剣を交えていた。
「なんで?」
「なんでって……」
ヴィラは頭が良いはずなのにこういう事にはとても疎すぎる。
今度エリーとおすすめの恋愛小説でも紛れ込ませようかしら、とディナは考える。
お母さんたちが帰ってきてから、夕食も家で食べるようになったしエリーと会う時間は減ってしまった。
毎日の剣術稽古もヴィラが慣れてきたのでエリーがお昼ご飯を持って顔を出すくらいだ。
ディナはひっそり二人の事を推している。
元気すぎて外で駆け回っているイメージを持たれがちだが、かわいいものや恋愛小説、お人形遊びも好きだし、それに付き合ってくれるのはエリーくらいしかいない。
優しいお兄ちゃんの事はもちろん好きだが、気の許せるエリーみたいなお姉さんがいたらもっと嬉しいのだ。
「あっ」
そんなことを考えていたらディナの手から剣がすっぽ抜けた。
前のめりに勢いをつけていたので、このままでは顔面にヴィラの剣を受けてしまう。
強靭の力を持つ私は平気だけど、またヴィラのトラウマになってしまうかもしれない。
そう頭によぎってふんぬっとブレーキをかけ身体を後ろに反らそうとしたが間に合わなさそうだ。
ごめん!と言いながら目をぎゅっと目を瞑るとゴン、と何か鈍い音がおでこからした。
「「せ、セーフ」」
ヴィラとお兄ちゃんの二人の声に恐る恐る目を開けると、お兄ちゃんの左腕が私のおでこに当たっていた。
ヴィラの剣が当たらないギリギリのところにお兄ちゃんが間に入ってくれたようだ。
ほっとしているとぱさり、とかすかに布が擦れる音がした。
「あっ」
ヴィラが青ざめながらお兄ちゃんの腕を指差した。
「シータお兄ちゃん、それ……」
お兄ちゃんの左腕の包帯がはずれ、青色に変色している皮膚が露わになっていた。
_____
「エリーお姉ちゃあああああんん!!!!」
「エリー!!!!!!!たすけて!!!!」
シータを引っ張りながら二人が家の中に飛び込んできた。
ごめんなさいごめんなさい、と珍しくディナが泣いている。
「ど、どしたのー?」
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんの腕が、私のせいでー!!」
わああああと泣き叫ぶディナ。
本当にどうしたの?とシータを見た。
「ごめん、エリー。何度も説明しようとしたんだけど、この通りで」
シータが平然と青くなった左腕を見せながら、先程起きたことを説明した。
「あー……」
エリーはぽんぽん、と頭を撫でながら大丈夫これはディナのせいじゃないよと言った。
「本当?でも、お兄ちゃんの腕にすごい勢いでぶつかっちゃったのよ?」
「うん、確かにちょっと青あざになっているけれど、包帯の下にあったのは別にディナのせいじゃないよー」
私の所為だねーと遠い目をしながらエリーは呟く。
「いや、これはエリーの所為じゃないって昔から言ってるだろ」
若干怒ったようにシータが反論した。
威圧せずに怒る珍しい兄の姿を見て、ディナは不安になってくる。
「まさか、何か邪悪なものをエリーがお兄ちゃんの左腕に封印してて、それが解けちゃったとか!?」
いやそれはないでしょ、と思わずヴィラが突っ込む。
いつの間にかヴィラが泣き止んでいるのだが、もしかして誰かが泣いていると涙が引っ込むのだろうか。
はぁ、とため息をついてシータが膝をついてディナとの目線を合わせる。
「ディナ。オレは母さんに鍛えられてるし全然痛くなかったし、これもちょっと気持ち悪く見えるだけでなんともないし大丈夫だから」
「ほんと?それって治るの?」
珍しくしょんぼりしているディナ。
相当ショックだったようだ。
「シータのそれは昔にできたもので、治らないらしいの。びっくりしたよね、ごめんね」
エリーはシータの包帯は巻き直しておくから。今日はもう稽古は終わり、帰ってゆっくりしなさい、と言ってとりあえず二人を見送った。
カタン、と音がしてエリーが振り返るとシータは椅子に座って不貞腐れていた。
「エリーの所為じゃないって言ってるのに」
シータが拗ねている。
「でも、それは私が魔力暴発してできちゃった痕でしょ?」
「オレがエリーを連れ回して危険なとこに行ったからで、エリーは何も悪くない」
じとりとした目で、シータの普段あまり動かない表情筋が動いた。
昔、エリーとシータは子供が立ち入っては行けない場所に好奇心で行った。
そこで遭遇した魔物を撃退しようとエリーが魔法を使って失敗してシータに当たってしまった痕だ。
そこは魔力が渦めいていて軽い魔法や子供が能力を使ったりすると、正しく使っていたとしても歪められてしまうような場所だった。
エリーの使った魔法は正しかったが、その環境により放出した魔力が暴発してしまったのだ。
ディナとヴィラに詳細を伝えなかったのは、二人のように好奇心でその場所に行かないようにする為だった。
「私もノリノリで一緒に行ったからね、うん、やっぱり私の方が悪い」
「オレが早く力を使っていれば……」
「私が気絶すると思って使わないでいてくれたんでしょ?」
エリーは包帯を取り出し、慣れた手つきでシータの左腕に巻き付けていく。
魔力暴発で怪我をした場合、すぐに処置できていれば大丈夫だったのだが、生憎村長や処置できる者がおらず痕が残ってしまったのだ。
サイハテというのは、そういう所が時々不便だったりする。
「でもエリーがいつも治療を施してくれているから、昔より小さくなってるし消えるかもしれない」
「今なら王都の教会でお母さんに治してもらったら一瞬で治るかもよ?」
確かに、肩まで広がっていた痕は腕の範囲まで小さくなっている。
エリーの母親の強力なヒールだったら、治るかもしれない。
「いや、いい。別に、不自由してないし。王都まで行かなくても、あそこの教会苦手だし」
正直治さなくていい、という言葉は飲み込んだ。
この腕を治せというなら、このままエリーにやってもらいたい。
「そうなの?」
とエリーが少し困ったように言った。
ふと幼い頃のエリーが泣きながら言った言葉を思い出す。
『治らないなんて言わないで!ぜったいに私が治す方法を見つけるから!』
治療が終わって、動かせるようになって。痕は治らないらしいけど、全然痛くないから大丈夫だと言った際に返された言葉だ。
エリーが罪悪感を抱いてしまっているのは心苦しいけれど、ずっと諦めず治そうとしてくれているエリーが近くにいてくれるから。
このままがいい、なんて思ってしまうのだ。
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