綴り書き 弐ノ四

「なあ、嬢ちゃんのその傷。もしかして紅人なのか?」


 ヨウムに指摘され、ビクッとベルの身体が強張る。何かに怯えて、震えながら声にするベル。


「そ、そんなことないよ……パパは優しくて……」


 その様子に窓際を悟られないようにヨウムが確認する。紅目の小鳥だ。ヨウムが曇天へ目配せをする。幽体の核までを視認出来るかは分からないものの、念のため曇天はミニマム支配人をその視界から覆った。


 恐怖からか、ベルは声を出してしまっていることに気が付いていない。紅目の鳥に映る角度でスケッチブックの角を見せカモフラージュをする曇天。効果のほどは分からない。


「寒いですかベルさん。窓が開きっぱなしでしたね。すみません。優しいお父様が心配をされるかもしれません。そろそろ潮さんへご連絡をしますね?」


 言いながら窓を閉める曇天。紅目の小鳥は何事もなかったかのように嵐の中を飛び去っていく。荒天でもその機能に問題はないようだ。


「まずいですね。音声を拾えていないことを祈るしか……」

「ごめんな……さ……」


 ベルの口元へ人差し指を軽く押し当て、視線を送り、曇天は声を出し掛けたベルを制する。


「大丈夫です。ここからは念のため作戦会議もスケッチブックを使いましょう。慎重にことを運ぶべきです。紅目の小鳥に気取られないように」


 曇天をじっと熱っぽい瞳で見つめながら、ベルはコクンと頷いた。


「おうおう。罪作りな男だなぁ。曇天」

「あわわ。べ、ベルにはまだ早いと思います! ストップ。ストップですよ曇天さんっ!」


 ニヨニヨと下卑た笑みを浮かべるヨウム。半分涙目で抗議をして来る人形サイズの男性。先行きが思いやられるのか、曇天はとんでもなく深い溜息を吐く。


 迎えの潮が到着し、その日の作戦会議は終了した。ベルはミニマム支配人と絵本を二人の部屋へと残して、離れの自室へと戻って行った。


「地下牢で見つかったことで、僕はもう支配人には近づけないと思うのでより慎重に動いた方が……いえ、いっそ動かない方が……」


 ヨウムの視線に諦めたように曇天は肩を落とした。


「ふてほど発言だとは思っていますよ」

「それ大丈夫かよ」

「言ってみたかっただけです」


 真顔で冗談を言う曇天。きっと長年一緒にいるヨウムにしか分からないだろう。首を傾げるミニマム支配人へと、気にするなとヨウムが笑みを浮かべた。


「支配人……いえ、お二人とも同じ名字で支配人。ややこしいのでそのまま青人さんと呼ばせて頂きますが構いませんか? それと、この部屋になにか広めの用紙はありますか?」


 青人の頷きに曇天が言葉を続けると、一旦考えて、引き出しの下段を指差した。ヨウムが開くと、ランドリーバックと洗濯依頼書が入っている。依頼書の裏側を使って曇天が文字を書き出す。


「なに書いてんだ?」

「絵本の内容です。前後編。何かの役に立つかもしれません」

「まさか曇天さん。全部覚えているんですか? 後編とは?」


 驚いたように声を出した青人は後編の内容は知らないようだった。後編の話を青人に教えながら夜は更けて行く。


 次の満月まで残り48時間――――。


 次の日、曇天たちは紅目の小鳥の群れに追われていた。それは数時間前に遡る。


 朝、ミニマム支配人青人が空気の入れ替えをしようと小さな身体で窓を開けた。その目の前に紅目の小鳥。青人はのんきに挨拶をしてしまった。昨日隠した青人の存在は瞬時にバレた。


 声高に声を上げた小鳥。その情報は瞬く間に村中の紅目の小鳥へと知れ渡ってしまったようだ。当然紅人へも伝わったことだろう。結果。予想通りである。


 逃走途中、曇天たちの部屋へ行こうとしていたのだろう。青鬼のぬいぐるみとスケッチブックを抱えたベルと出会う。


 気付いた曇天は、ミニマム支配人とピィちゃんを小鳥の群れの死角からベルへと投げ渡す。


『おはようございます。今はゆっくりとご挨拶出来る状態ではないので、三人で計画を遂行してください。ピィちゃんを通して指示を出すので、なにか困った時は彼へ』


 口パクでベルへとメッセージを伝える曇天。ベルは頷いて、投げ寄越された二人をキャッチしようとして、ピィちゃんをキャッチし損ねた。


「うげっ! 痛ちちっ。ちょっ! 曇天っ! オレの扱いひどくねぇか!?」


 走り去る曇天にヨウムの声は聞こえない。曇天の背中は彼方へと消えて行ってしまった。


『あの。ピィちゃんさん大丈夫? パパはこの中へ入っていてね?』


 曇天の指示通り、スケッチブックに文字を書いて、紅目の小鳥を確認してから会話をするベル。


 投げ寄越されたせいで、脳内が揺れているのか、青人はぴよぴよしながら頷いて青鬼のぬいぐるみの中へと潜り込んだ。


「アイツあの細さだからな。常人に比べて体力ド底辺なんだよな。どっかでへばって捕まんねぇといいんだけど……」


 ヨウムの不安は的中する。日頃の運動不足、体力のなさが祟り、足がもつれた曇天は小鳥の群れに追い詰められ、袋小路で転んでしまう。


 上がった息を整える余裕もなく、ごろりと仰向けに転がるのが精いっぱいだった。ギャーギャーと耳障りな声で鳴き叫びながら、鳥の群れが黒く集まって塊へと変わり人型となった。


 両肩に熊と猿の頭を模した毛皮を着こみ、緑髪に青と黄色のメッシュ。編み込まれた長い髪と衣服には煌びやかな孔雀の羽。下はスパッツの様なものを履いており、靴はヒール。服の孔雀の羽の模様が目玉のようで、正直センスはよろしくない。


 「ケバッ……」


 思わず呟いた曇天をグイっと片手で持ち上げ、紅の双眸で睨め付ける男。容姿は確かに整っているが、がっしりとしたガタイが不釣り合いだ。


「あら。このアタシの美しさが分からないなんて、あのバカインコ並みの感性のなさね」


 声は野太い。悪魔ヨウムと因縁のある派手好きな悪魔。きっと彼のことだろう。


「アイツが執着しているからどんな男かと思えば……ただの貧相なもやしオヤジじゃない。がっかりだわ……」

「ぐっ……つぅ……」


 派手男は曇天の腹を蹴り上げ、ヒールで腹を踏みつける。体重も軽く、身を守る手段も持たない曇天は、いとも容易く転がされるしか術はなかった。平和な日本にいては、あまり感じさせられることはないであろう痛みに顔を歪めながら、曇天は意識を失った。


「ああ。でも、声は及第点……もっと聞いていたいけど、主の命令なのよね。残念だわあ……」


 曇天の苦痛に歪む顔と声。頬を染めてうっとりと聞き入り、動けない曇天を抱え上げて、何処かへと連れ去る。


「あのバカインコは何処なのかしら……まあいいわ。後で可愛いその声、相方と一緒に沢山聞かせてちょうだいね……哀れな小鳥ちゃん♡」


 冷たいコンクリ床へ曇天を転がして、群れの小鳥へと姿を変える。きっと主へと報告に向かったのだろう。


 一方作戦実行組は、土産物街の路地裏で曇天からの報告を待っていた。待てど暮らせど連絡はない。不意に腹部と背中へと痛みを感じ、ヨウムが腹を抱えて蹲る。痛みの感覚が消え、曇天の身になにか起こったのが分かった。


「アイツ……やっぱへばって捕まったな。だからいつも、ちゃんと飯を食えつってんのに」

「あわわわわっ! だ、大丈夫なんですか? 曇天さんっ!」

『パパ! 声が大きいよっ!』


 折角小鳥の死角になりそうな路地裏の物陰に身を潜めているのに、大声でバレては元も子もない。ミニマム支配人青人は、口を押えて視線だけで謝る。


「体力はねぇが、しぶといから。多分大丈夫だとは思うけどな。もう少し、アイツからの連絡を待とうぜ」



 ――――11――――

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