第40話 ドブネズミの反撃、影で生きてきた者たち

「俺にとっては、平民も貧民も流民も、隔て無くかけがえない命。お前たちに傷つけさせたりはしない!」


 ファジュルはバカラとは直接戦わないようにしながら、部隊を迎撃する。

 ジハードから事前に「注意しなければいけない相手」と聞いていた男だ。

 間合いに入ったら死を覚悟しなければならない。それくらい腕が立つと。


「負傷者は下がれ!!」


 バカラの命をうけ、何人もの兵が悔しそうに引く。まだ戦える者は戦闘を続行する。


「悪いが、あんたたちがいると消火活動ができないんだ。火をつけたことを少しでも悪いと思っているなら帰ってくれないか」

「てめぇが投降すりゃ済む話だ!」

「その望みには応じかねる」

 

 バカラが突進しようとすれば、間髪入れず後方の弓兵部隊が矢を放つ。肩に矢を受けても、バカラは力任せに引き抜いて再び剣を握る。

 ジハードが気をつけろと言うわけだ。

 スラム拠点を作る前に襲撃を受けていたら危なかったかもしれない。




 反乱軍は数日前、スラム内部に拠点を築いていた。

 ジハードと傭兵が顔合わせし、隊列を編成する必要があったのだ。

 前線に出るのが不向きな、ラシード、ルゥルア、イーリス、ナジャー、ユーニスの五人は洞穴の拠点に残した。




 部隊を編成した矢先、王国兵による襲撃を受けた。 


「くそ、弓で射てくるとは卑劣な!」

「正々堂々勝負しろ!」


 バカラの部隊は、隊長バカラと似たような思考の者が多い。

 ジハードの言ったとおりだ。後先考えず、正面から突っ込んでくる。

 オイゲンは振り下ろされる半月刀を短剣一つで軽くあしらい、兵の腕を切り裂く。


「はっ卑怯卑怯ってバカの一つ覚えみてぇに。盗賊相手に戦ったことねぇのかテメェら。あいつら目潰しの砂を投げつけて来るなんて当たり前だぞ? 型通りの御前試合ごぜんじあいしかしてねえのかよ」

「傭兵ごときが何をほざく!」

「ハハッ。それだよそれ。そうやって俺らを見下してるから追い詰められてんだ、ろ!」


 オイゲンが兵の腹を蹴り、のけぞった兵の肩に矢が突き刺さる。

 アムルがファジュルの前に出る。


「ファジュル様。貴方は避難民の誘導と消火活動を」

「わかった。ここは任せる」


 火が広がり続けたら、住人たちは住居を失ってしまう。


「シャヒド……シャヒドだ! 反乱軍にいるという噂は本当だったんだ」


 かつて仲間だった者が現れ、兵たちに動揺が走った。


「よくもおれたちの前に姿を見せられたものだな、裏切り者!」

「僕は自分が間違ったことをしていると思っていません。あなたがたの評価などどうでもいい」


 兵の隊列に飛び込み、かく乱していく。


「くそ、ずっと最下級の二等兵だった弱者に、なんでこんな」


 いくつもの攻撃をかいくぐり、アムルはまたたく間に小隊一つを潰した。


 アムルがこの十八年最下級から上に登れなかったのは、弱いからではない。

『アシュラフ王を殺した者の息子なんかに、階級を与える必要はない』とガーニムが指示していたからだ。


 誰に何を言われようと、アムルはずっと父親の無実を信じて努力してきた。階級と実力が釣り合わないのは当然といえる。


 傭兵、弓兵、そしてアムル。寄せ集めの者たちに、バカラ隊は完敗したのだ。


 最後に残るのは隊長のバカラのみ。そんな状況で何十人も相手取って戦う、などという愚行はさすがにしなかった。


「くそ……みんな、撤退だ!」


 全員生きているとはいえ、もう戦える者はいない。みんな足を引きずりながら、悔しそうに引き上げていった。




「や、やった……! オレら軍人相手に勝ったんだ!」

「寄せ集めだってやればできるじゃないか!」


 傭兵、そして協力してくれた住人たちの間から歓喜の声があがる。

 ずっと虐げられてきた者たちが、初めて勝った。


「みんな、ありがとう。早くしないと、他の区画まで火の手が広がってしまう。すまないが手伝ってくれ」


 ファジュルは興奮冷めやらぬ一同を見渡す。

 みんなは頷きあい、消火活動に加わった。

 



 

 消火を終えてすぐ、ファジュルはスラム内の診療所に向かった。

 ディーがヨハンの手伝いで、負傷者たちの手当をしていた。

 一座の人間も怪我をすることが多かったらしく、手慣れた様子で包帯を巻いている。


「やあ兄さん。こっちはもうすぐ終わるよ。そっちは王国兵ぶっ潰したって聞いたけど」

「潰してない。しばらく剣を持てなくしただけだ。相変わらず口が悪いな……」

「言い方を選んでも意味するところは同じじゃん。しばらく戦線に出られないんだもん」


 悪びれないディーに、ヨハンは肩をすくめる。


「だからモテないんですよ、ディー」

「うぐっ」


 伯父からの容赦ない言葉に、ディーの手が止まった。




 夕刻になり、診療所に主要メンバーが集まる。


 前線にいたオイゲンは、相手の様子を冷静に分析する。


「今回のバカラ隊はうまく退けられたが、次もそううまくいくとは限らないぜ。こっちの手の一部はバレている。それに次はあちらも弓兵を連れてくるだろうな」


 サーディクは頭を抱え、天井をあおぐ。

 

「オイゲンの言うことはもっともだよなあ。あとさ、ここにファジュルがいるってわかったら、王国軍はなりふり構わないだろ。夜襲、してくるんじゃ」


 不安にかられるサーディクの肩を、アムルが叩く。


「彼らは自分たちに地の利がないということ、今回のことで学んだはず。昼間ですらうまく立ち回れないのに、夜襲するとは考えにくい」

「ええ。それに、かなりの負傷者が出ていて、あちらは夜襲どころではないと思いますよ」


 ヨハンがアムルの言葉を補足する。

 だが、サーディクはうまく飲み込めなくて、首をひねる。


「ええ? そういうもん? 城には医者もめちゃくちゃたくさんいるんじゃねーの?」


 城には常駐医がいる。常駐医の仕事は、城内の王族や勤め人が負傷したら治療することだ。

 城の中で、毎日何人も大怪我をするわけではない。

 戦線で大怪我を負った兵たちを一度に診るような医薬品の蓄えが、そもそもないのだ。

 おそらく城下町の病院にいる医師たちもみな、兵の治療に駆り出されている。


 普通なら、この上負傷者が増えるような危険は犯さない。

 ヨハンの説明を聞いて、サーディクはようやく安堵の息をつく。 


 

 ファジュルは壁に背を預け、みんなの話を静かに聞いていた。

 ファジュルの隣に控えていたジハードが、ファジュルの意思を確認する。


「ファジュル様はどうお考えですか。今夜は皆に休んでもらうか、それとも夜襲を警戒するか」

「…………先生とアムルの考えを否定するようなことを言うのは気が引ける」

「構いません。聞かせてください」


 ジハードは続きを促され、ファジュルは話し始める。

 

「さっきサーディクが言っただろう。ガーニムは俺を消すためになんだってやってきた。ひと月前、“生きているかもしれない”という噂の段階でスラムに火を放ったんだ。いると確定した今、兵たちに無理をさせてでも、殺しに来る」


 自分の命が執拗に狙われている。

 だからこそ、ファジュルはガーニムの打ってくる手が想像できた。

 ガーニムはこの戦争で兵が何百人、何千人犠牲になったとしても、ファジュルの首を取るまで攻撃を止めたりしない。

 だからといって、ガーニムの望みどおりに殺されてやることなんて、できるはずもない。


「貴方がそう決めたのなら、私は指揮をするまでです。早急に、見張りと夜に動ける隊を編成します」

「ありがとう、ジハード。みんなも、今夜はあまり休めないかもしれないが、力を貸してほしい」


 ファジュルは頭を下げ、仲間たちにお願いする。


「任せとけってファジュル! あんな奴ら、何度来たって追い返してやらァ!」

「サーディク戦ってないじゃん! 兄さん、ボク見張りやるよー! 一座でも道中は夜の見張りやってたから得意なんだ!」

「んだとこらぁ! オレだって役に立つっての!」


 作戦会議だというのに、サーディクとディーが口を開くと、途端にうるさくなる。

 二人以外の全員、しかめっ面になるのだった。

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