第41話 戦場に立つことの意味を、ようやく理解した

 襲撃を受けた日の夜。

 反乱軍はジハードが組んだ編成で見張り番をしていた。王国兵が侵入してくると予測される地点を見渡せるよう、数カ所に配備されている。



 先に見張りしていた者たちと交代し、サーディクは持ち場につく。どちらか一方が眠ってしまったときの対策として、見張りは二人一組となっている。


 サーディクの相棒は傭兵のエウフェミアだ。

 今は敵に見つかると困るから、ごくごく声を小さくしてエウフェミアに話しかける。


「なぁなぁエウフェミア。革命が終わったらなにがしたい? オレはさー、就職して結婚して家庭を持ちたい」

「別に、何も」

「何もないのか?」

「あっても、貴様に言う必要を感じない」

「オレは言ったのに」

「そっちが勝手に言ったんだろう。あたしは頼んでない」


 エウフェミアは一度もサーディクを見ようとせず、闇の広がるスラムに目を配る。

 相手にされなくても、怒る気にはならない。むしろその愛想のなさが、女版ファジュルみたいで面白いとすら感じる。



 仲間になって以降、サーディクはこんなふうに、エウフェミアと接触をはかっていた。


 男と同じように軽鎧に身を包み、慣れた手つきで短刀を振るう。弓を射る。

 可憐な服ではなく敵の血をまとう。

 そんな女は初めてで、興味深かった。


 付き合った女の数だけなら、両手足の指の数より多い。恋人と夜をともにしたことだって数え切れない。

 なんでこんなにもエウフェミアに惹かれるのか。サーディク自身にもよくわからなかった。




 どれくらい物影に座っていただろう。

 ざっ、じゃり、と何か踏み歩く音がスラムに響いた。


 再び王国兵が来る可能性を考え、スラムの住人たちにはここに近寄らないよう伝えてある。

 ここ以外の見張り場にいる仲間たちが、歩き回るわけもない。

 平民は昼間ですらスラムに近寄らないため、平民の可能性はない。


 となると、足音の主は王国兵にほかならない。

 十数の灯りが、スラムに入ってきた。

 

 兵の何人かに一人が、ランタンを掲げている。

 おかげで敵の位置がまるわかりだった。

 エウフェミアはちらとサーディクを見る。


「あんたは応援を呼んできな」


 サーディクは弾かれるようにして拠点に走った。力任せにバケツを叩いて仲間たちを起こす。


「敵襲だ! 王国兵が来たのは第三地点。急げ!」

「わかった!」


 膝を抱え仮眠をしているだけだったから、みんなすぐ武器を手に取った。 

 

 皆が決められた配置に走るのを見届け、サーディクは見張り場に戻る。


「待たせたな、エウフェミア。みんな配置についた。すぐにでも対応できる」

「ご苦労様。あんたもさっさと準備なさい」

「ああ」


 敵が目前に迫っているというのに、エウフェミアは動じない。淡々としすぎているが、こうでなければ傭兵として生きてこれなかったのだろう。


「チッなんで儂らが駆り出されねばならんのだ」

「俺様にゃ、隊長の考えのほうがわからねぇよ。頭さえ捕まえりゃドブネズミを何人殺してもいいって言ってんだぜ? サイッコーじゃねぇか」


 ブツクサと文句をたれる老齢の兵、そのすぐ後ろを歩く髪の長い兵は、ニヤニヤと笑っていた。


「滅多なことを言うんじゃないマフディ。無関係な人間を斬るなど兵の風上にも置けぬ」

「勝てばカングンって言葉があるでしょーよ。方法はどうあれ勝ったやつが正義なんだ」


 マフディと呼ばれた男の目が、こちらに向く。目が合った、ような気がした。揺れる灯りの中、マフディが即座に矢をつがえるのが見えた。


「危ない!!」


 とっさにエウフェミアを突き飛ばす。さっきまでサーディクとエウフェミアがいたところに、矢が刺さっていた。


「外したか。隊長、あそこにでかいネズミが二匹いますぜ」

「何? 儂には何も見えなかったが」


 短い舌打ちのあと、硬質な足音が近づいてきた。


「大丈夫か、エウフェミア」

「問題ない」


 サーディクの下敷きになっていたエウフェミアは、体を起こして即座に弓系の武器を構えた。


 エウフェミアが持つのは弓に似て非なるもの。傭兵の誰かから、クロスボウジャーハという武器だと聞いた気がする。

 本来弓というのは肩の力で弦を引き、張力で矢を放つ。肩が弱いものには向かない武器だ。

 ジャーハは引き金に指をかけることで矢を放てるため、女性でも扱うことができる。その上普通の弓より殺傷能力は高い。


 エウフェミアが灯りを持つ兵に狙いを定め、引き金にを引いた。一瞬の間のあと、誰かの野太い悲鳴が響く。


 


「ぐ……おまえら、一人でもいい、生け捕りにするんじゃ! 拠点を吐かせる。このザキーを前にして、逃れられると思うなよ、反乱軍!」


 エウフェミアの矢が当たったのは隊長と呼ばれた男だったようだ。苦しそうに指示を出す。

 隊長の指揮に従い、王国兵が突撃してきた。

 待機していた仲間たちが応戦する。


 ザキー隊。ジハードが夜襲に任命されるなら彼らだろうと予期していた部隊だ。

 隊長より部下のマフディに注意をはらえと言われていた。


 その性質は残忍非道。

 数年前、捕えた盗賊の指をへし折って遊んだため、謹慎処分を受けていた。

 事情聴取したところ、動機は「人の全身の骨を一本ずつ折ってみたかった」。家族を襲われた恨みだとか盗賊を許せないとか、そういうものではない。

 善悪の判断がつかない幼子が、蝶の羽を千切って遊ぶような感覚だった。


 マフディは、エウフェミアとサーディクが隠れている場所を目指して歩み寄ってくる。


「出てこいよドブネズミぃ。指の爪をぜぇんぶ剥いでやるからよぉ」


 あんなのに捕まったら、爪を剥がされるだけじゃ済まない。内臓まで引きずり出されそうな。

 サーディクは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


 エウフェミアは次の矢をジャーハに入れる。


「サーディク」

「な、なんだよ」


 初めてエウフェミアに名前を呼ばれた。


「殿下は、できる限り敵兵を殺したくないと言っていたね」

「あ、ああ」


 ファジュルはガーニムに家族を奪われたため、自分のように家族を失うものを増やしたくないと望んでいた。

 兵たちはガーニムの命令で動いているだけだから、可能な限り殺さずに革命を成したいと。

  



「あたしは契約違反を犯す。きっと契約解除される。もう会うのもこれきりね」


 エウフェミアは照準をマフディの頭に合わせ、引き金を引く。

 放たれた矢はマフディの額、右に命中した。


 やった、と思ったのもつかの間。



「ドブネズミニ匹、みぃつけたぁ」


 マフディは矢を受けながらも、怪我なんてしていないかのような笑顔でサーディクとエウフェミアの前に立ったていた。

 血が伝い、顔は赤黒く染まっている。



 頭に矢を受けても歩いているなんて、人間かどうかすら疑わしい。こんなバケモノがいるなんて。

 サーディクは震える手で湾曲刀を構える。



「そんなへっぴり腰で俺様に勝てるとおもうなよぉ!! うりゃあああーー!」


 マフディの一閃で、刀身の上半分が飛んだ。


「下がりなさいサーディク。あんたには荷が重いわ」 


 エウフェミアはジャーハを投げ、太もものホルダーにさしていた短剣二本に持ち替えた。


「女を置いて下がってるなんてできるわけがねーだろ!?」

「男か女かなんて関係ない。足手まといよ」


 マフディも、エウフェミアの方が力量があると判断したらしい。矛先をサーディクからエウフェミアに変えた。

 体重を乗せた重い振りを、エウフェミアに落としていく。右に左に避けながら、エウフェミアはマフディの隙を探す。


「ちょこまかと逃げんなよネズミが!」


 足払いをかけられ、エウフェミアが転倒した。

 ここぞとばかりにマフディがエウフェミアを組み敷く。


「エウフェミア!」

「誰でもいいから応援を呼びなさい。あんたじゃこいつに勝てる見込みはない」


 助けに入ろうとしたサーディクに叱責が飛ぶ。

 自分が殺される危機にあっても、命乞いなどせず勝機を探す。

 エウフェミアの高潔さに、サーディクの心は痺れた。


 何がなんでもエウフェミアを助けないと。

 マフディはエウフェミアにまたがり、手首を掴む。宣言通り、爪を剥いで遊ぶつもりだ。


「させるか!」


 サーディクは一か八か、地面を蹴った。

 反乱軍を捕らえる任務なんてどうでもいいのか、マフディの注意は完全にエウフェミアの手に向いている。


 飛んだ先にあるモノを拾い、矢をセットした。

 エウフェミアがやっていたとおりの、見よう見まね。セットの方法が合っているかどうか考える間も惜しかった。

 マフディの左胸は軽鎧に覆われているから、そこを狙っても勝てはしない。

 なら。



「エウフェミア。……オレも、一緒に謝ってやるよ」

 

 心の中でファジュルに詫び、サーディクは引き金を引いた。




 眉間の中心に矢を受け、マフディの体は力を失って後ろに倒れた。


 反乱軍の仲間たちが王国兵と戦う音が、すごく遠く感じる。



 生まれて初めて、人を殺した。殺してしまった。


 心臓の音がうるさい。

 足が震えて、うまく立つことができない。

 サーディクはジャーハを取り落とし、その場に座り込んだ。

 手先が、ひどく冷たく感じる。

 ファジュルの革命に協力すると言った気持ちに偽りはない。心から、貧民が自由になれる未来がほしいと思っていたから。

 すべて夢、理想、机上の空論。なったらいいなと思うだけ。


 革命戦争をするということの深い意味をわかっていなかった。自分の覚悟が足りていなかっことを心から痛感する。


「……前言撤回するわ。サーディク。あんた、見かけによらずやるじゃない」


 エウフェミアが隣に立ち、手を差し伸べてくる。


「いや、オレは全然だめだ。エウフェミアがいなけりゃ、今ごろ死体になっていたのはあいつでなくて、オレだった」

「そうね。次に活かしなさい」


 サーディクの失態を否定しないところもまた、ファジュルに似ている。ファジュルに似た性格に親近感を覚える。そして、背筋を伸ばして戦う姿はなんて気高く、美しいのだろう。

 自分は一人の男として、エウフェミアという女に惹かれているのだと、気づいてしまった。


「立って。まだ他にも兵はいる。隙を見せたら死ぬ」

「あ、ああ」


 サーディクはエウフェミアの手を取って立ち上がる。

 自分の剣はもう使い物にならないから、マフディの持っていた剣を頂戴ちょうだいする。


「行こう」


 サーディクはエウフェミアと肩を並べて歩き出す。革命を成すために。

 革命を成し遂げたら、エウフェミアに伝えてみよう。戦士として戦う姿も含めて、全部好きだと伝えたら、どんな顔をするだろう。

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