第9話 はじめの作戦

 ガーニムを倒してスラムの人にも住みやすい国にする。

 その話に一番乗り気になったのはサーディクだった。両手で頬をおさえ、ニヤニヤとしまりない顔で笑う。


「うへへへ! オレは最後までついていくぜ、キョウダイ! オレってば革命が成功したら今以上に人気者でモッテモテになれるんじゃね? 昔の貴族みたいに嫁を百人持ってさぁ。毎日違う嫁のもとに通うわけよ。ハーレムいいなぁ、ハーレム!」


 ガーニムを討つのに協力してくれるのはいいが、理由が色欲にかられてというのがなんとも言えない。ファジュルはサーディクを殴るかどうか真剣に悩む。


 サーディクは女性陣をはじめとする仲間たちから向けられる視線が白くなっていることに気づいていない。

 ルゥルアが手でユーニスの耳をふさぐ。無垢な子どもに、こんな言葉を覚えさせてはならない。


「ファジュルさん。親戚として忠告しますけれど、友人は選んだほうがよろしいのではなくて? わたくしなら、この方と顔見知りであることもやめます」

「気が合うな。俺も今サーディクと縁を切ろうか考えていたところだ」

「ちょちょちょ、ひどくね!? オレたち親友じゃんよ!」


 シャムスの忠告に半ば本気で同意するファジュル。サーディクがわめくのは聞こえないふりをする。

 ラシードが咳払いして、ファジュルに聞く。


「殿下。まずは何をなさいますか」

「じいさん、その殿下ってやめてもらえないか。すごく居心地が悪い」

「ですが」

「俺が生きていることをガーニムやその味方に悟られないほうがいいんだろ。表向き、これまで通り祖父のふりを続けてくれ」

「……承知しました」


 ファジュルは十八年ずっとラシードを祖父だと思って生きてきた。ラシードも、臣下だなんて一言も言わずに祖父のふりをしてきた。それなのにいきなり王族扱いされ、やりにくいことこの上なかった。


「どーすんだよファジュル。これから忍び込んでクソジジイの寝首をかいたって、国民からはただの犯罪者としか思われないよな?」

「サーディク、だったかしら。わたくしがここにいますので、堂々と寝首をかくなんて言うのやめてくださいません?」


 暗殺の算段を目の前でされて、シャムスは目を細める。

 父は良くないことをしているし玉座を降りてほしくはあっても、惨殺されてほしいとは思わない、複雑な娘心があった。


 ファジュルは口元に手を当てて、成すべきことを考える。


「反乱軍を作って、国民にアシュラフの嫡子が軍の先頭にいると知ってもらう必要がある。ガーニムの罪を大々的に告発し、やつは玉座にいるべきではないと多くの国民に思わせる。シャムスには悪いが、ガーニムの命を奪わざるを得ない展開にもなるだろう」

「…………そう、ですね。お父様は、王族であっても許されない罪を犯してきた。いつか、その命をもって過ちを償わなければならない日が来るのでしょう」


 シャムスは胸の前で手を合わせてうつむく。

 ガーニムは弟と父を殺し、玉座を奪い取った。さらにスラムに放火するよう命令を下した。

 無罪放免で終われるわけがない。 


「ひでぇ。オレのときと反応が違う!」

「サーディク。話し合いにならないから、五分黙ってろ」

「ひえっ……」


 騒ぎ出したサーディクは、ファジュルの低い一声で沈黙した。ファジュルは普段冷静な分、怒らせると怖いのだ。

 友の逆鱗に触れる寸前と気づき、両手で自分の口を塞ぐ。

 気を取り直してファジュルが話を続ける。


「今は一人でも多く協力者が欲しい。手始めにアムルの母親をガーニムの監視下から逃そう。アムル、母親も城で働いているんだったな」

「はい。母はナジャーといって、城に住み込みで姫様の乳母を務めておりますので。……しかし、いいのですか。国を変えるという大きな目標を掲げているのに、僕の母のことを配慮してくださるなんて畏れ多いです……」


 母を助けると言われ、アムルは困惑気味だ。放火をした罪人として兵の前に突き出されるのならわかるけれど、助けてもらえるようなことは何もしていないのだ。


「アムルも、アムルの母も、長年城で働いているなら城の内部の構造に詳しいだろう。助けた礼として内部情報をこちらに提供してほしい」

「ありがたき幸せにございます、ファジュル様。僕の知り得ることでしたら、いくらでもお話ししましょう」

「じいさんにも言ったが、敬語はやめてもらえないか。昨日まで貧民として暮らしてきたのにいきなり王族扱いなんて、居た堪れない」

「ご容赦ください、ファジュル様。貴方が王族でなくただの貧民であったとしても、仕えたいと思いました」


 家族の命を盾に従わせようとするガーニムよりも、『情報が欲しいだけだ』なんて下手な口実を作るファジュルに仕えたい。

 アムルは膝をつき、形式としてではなく、心からの最敬礼をした。


「……ナジャーは貴方の母親だったのね、アムル」


 シャムスの乳母はナジャーしかいない。

 ナジャーが父の言う『裏切り者シャヒド』の妻だったなんて、知らなかった。

 夫が罪人でないと信じていたから、だからシャムスが父から聞いたままに、裏切り者と言う言葉を発したときに強く否定していたんだ。


「わたくしは知らなかった。ナジャーはずっと危険に晒されていたなんて。何も知らず生きてきたことが恥ずかしいわ」

「悔やむより、今できることを考えろ。ここにいる人間で、城内を自由に動けるのはあんたくらいだろ」


 座り込んだままうつむくシャムスに対して、ファジュルは敬意を払わない。

 王女として敬い気遣わわれるのが当たり前の環境で生きてきたから、微塵も敬意を感じない物言いをされるのは腹立たしい。


「貴方、言い方がきついとか性格が悪いとか、よく言われません?」

「自己紹介か?」

「なっ!」


 カチンときて言い返そうとしたシャムスを、ヨハンが止めた。


「シャムス様。今は味方同士で争うより、ナジャーさんを城から離す方法を考えたほうがよろしいのではありませんか」

「そ、そうね……その通りです」


 不思議とヨハンの言葉に逆らおうという気は起きない。

 自分と同じルベルタ人特有の容姿をしている仲間意識か、それとも穏やかな語り口だからか……両方かもしれない。

 シャムスの怒りはスッと冷めた。

 ヨハンがシャムスを見る目は、とてもあたたかくて優しい。例えるなら、親が娘を見守るような。


「君は母親似なんだね。目鼻立ちにアンナの面影がある」

「貴方は、お母様を知っているの?」

「…………ぼくとアンナは同じキャラバンにいましたから」


 声音は昔を懐かしむものと悲しみが入り混じっていた。

 自分に仕えている者は誰一人として、シャムスの母がどんな人だったか教えてくれたことはなかった。シャムスは母のことを何も知らない。ヨハンに聞いてみたいけれど、聞くのははばかられた。


「あの、話し合いも大事だけど、シャムス……さんは、いったん戻ったほうがいいんじゃないかしら。姫が一晩いないなんて、誘拐かなにかと思われて騒ぎになっているんじゃない?」

「ああぁ! そ、そうよ。体調が悪いことにしておいてって、ナジャーに言って隠し通路から来たから、このことがお父様にばれたらナジャーが叱られてしまうわ」


 今シャムスは髪も肌もススと泥にまみれていて、ローブの下に来ているドレスも落とせそうもないほど汚れている。具合が悪くて部屋で寝ていたと言い張るには無理があった。

 ナジャーがどんな扱いをされるか顔面蒼白になるシャムスに、ファジュルが言う。


「『自分の目で祭を見たかった』でもなんでもいいから嘘をついて誤魔化せ。ついでに、権限があるなら何か理由をつけて乳母ナジャーを解任してこい。王も、娘が解任したいという人間をいつまでも城にいさせるわけにいかないだろ」

「それでお父様は納得してくれるかしら」

「知らん。ナジャーを城から出せるかどうかはあんたの演技力次第だ。手伝おうにも俺たちじゃ城に入れない」

「…………他に言いようはないわけ?」


 城に入れるのはシャムスだけ……ファジュルたちは城に入れないし手助けできない。本当の事なのだけど、ファジュルはシャムスの神経を逆なでする天才なのかと思うような言い方をする。


 再び険悪な雰囲気になる二人に、まわりは呆れて肩を落とす。

 気質が似ているから反発するのかもしれない。

 

「城内はシャムス様に任せるとして、ぼくたちもできることをしよう。祭の人ごみや町中に行って、嘘の話をばら撒くんだ。『あの・・シャヒドの息子がスラムに火をつけた、逃げ遅れて自分も巻き込まれたらしい』ってね」

「それは良い策だ。ガーニムには、全て自分の思い通りにことが運んでいると思い込ませておいたほうがいい。それに、噂が広まればいずれ王宮にも届く。そうすれば臣下から、『罪人の夫と息子を持つ者を姫の側仕えにするのは良くない』と声が上がるだろう」


 “シャヒド独断の悪行だということにする”というヨハンの提案を、ラシードは二つ返事でのんだ。アムルはそのことに責任を感じ、うなだれてしまう。


「長く続いてきたシャヒドの家名が、僕のせいで地の底に落ちてしまう」

「アムル。わたしの家名はガーニムに嵌められた時点でとっくに地の底まで落ちている。今更悪評ひとつ増えたとてなんともない。嘘一つでお前とナジャーを守れるのならば好都合だろう。ほまれや家名などなくとも人は生きていけるさ。嘆くヒマがあったら、お前が駄目にしてしまった家の人たちに謝って、直してこい」

「……はい、父さん」


 ラシードはなんてことないふうに笑う。

 家名を捨て、ただのラシードとして十八年スラムで生きてきた男の言葉は、重みがある。

 名誉より家族の命を守ろうとする父の姿勢に、アムルはこの期に及んで家名が名誉がと口にしたことを恥じた。

 自分の家名を汚してまで妻を救おうと考えるラシードの姿に胸を打たれ、シャムスは背筋を正した。


「わたくしはわたくしにできることをします。ラシード、アムル。お父様がこれまで貴方たちにしてきた行いの罪滅ぼしです。せめてナジャーを解放する役目を果たします」


 シャムスはまっすぐラシードとアムルを見て告げたあと、ファジュルに目を向ける。


「先程あれだけ偉そうに言ったのですから、貴方も貴方のなすべきことをしてくださいませ」

「ああ」


 強気に言って、城に戻っていくシャムス。

 ユーニスはみんなが動き出したのを見て、手を挙げる。


「兄ちゃん! おれもなんかしたい! おれにもできることある?」

「……ユーニス。両親のところに帰りたいんだろう。それまでは安全なところにいたほうがいい」

「やだ。おれもなんかする!」


 組織になり活動が本格化すれば、間違いなく国から敵と認識される。命のやり取りもあるだろう。

 そんなことに幼いユーニスを加担させる気なんて、ファジュルにはなかった。

 けれどユーニスは、それでは納得してくれない。


「今は家に帰るより、兄ちゃんの役に立つことしたい」

「しかし」

「めいわくかけないようにするから!」


 ここで何もするなと言ったところで、聞きはしない。勝手に動かれるくらいなら、なにか指示を与えたほうがいい。

 ファジュルは少し考え、アムルの方を指す。


「なら、ユーニスはアムルと一緒に家を建て直すのを手伝ってくれ。家が焼けてしまった者は、今日寝るところがないだろう。それに、他に怪我人がいないか確認してまわるのも、アムル一人じゃ手が足りない」

「ん! わかった! おれがんばる! ──おっちゃーーん、おれにも手伝わせろ!」


 仕事をもらえたユーニスは、意気揚揚と走っていく。 

 ヨハンはファジュルとユーニスのやり取りを見て笑い、ルゥルアに言ってやる。


「ファジュル様はいい国王でいい父親になりそうだね、ルゥルア」

「ええ。わたしもそう思います」


 ルゥルアは誇らしい気持ちで、大切な恋人の背中を見つめた。

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