第38話 ドワーフの里

ワープゲートを抜けると、目の前に石造りの建物が立ち並ぶ集落が広がっていた。

意外と普通の村みたいだ。

けど、どの建物にも必ず煙突が付いていて、そこから途切れることなく煙が吐き出されているのが印象的だった。


「へぇ、こんな感じなんだ」

「わあ! なんかすっごく熱そう!」


メリアは目を輝かせながら辺りを見回している。

確かにあちこちから聞こえる金属音や、漂う熱気は独特の雰囲気を醸し出していた。


「ふん、これでも普段より静かな方じゃ。普通なら鉄を打つ音が山のように響き渡っておる。今はちょうど休憩時間のようだな」

「みんな鍛冶をしてるの?」

「当たり前だ。ドワーフにとって鍛冶は息をするのと同じこと。鍛冶場を持たぬドワーフなど存在せん」


通りを歩いていると、低い天井の店先に武具や装飾品が並んでいるのが見える。

どれも手の込んだ作りで、ゲームで見たような上質な装備品そのものだった。


「おや、ドレアム殿。珍しい客人を連れておられますな」


太い腕を組んだドワーフが声をかけてきた。その手には、真っ赤に熱された金属のハンマーが握られていた。ハンマーの周囲が熱で揺らいでいる。

さっきまで鍛冶とかしてたのかな……。


「おう。新しいエルフのダンジョンマスターとその付き人だ」

「付き人じゃないよ! アタシはレイのお姉ちゃんだよ!」

「はっはっは! 愉快な子供たちじゃないか」


ドワーフたちの笑い声が響く中、俺たちはドレアムの工房へと向かっていった。

空気が熱く揺らめくドワーフの里は、まさにファンタジーの世界そのものだった。




「これが儂様の工房よ。さあ、目に焼き付けるがよい」


扉を開けると、熱気と共に活気に満ちた空間が広がっていた。

何体もの作業用ゴーレムが、それぞれの持ち場で黙々と作業を続けている。


「見事なものだろう。これらのゴーレムは儂様が出掛けている間も休まず働いておる」


ドレアムが誇らしげに説明を始めた。

奥では二体のゴーレムが協力して鉄鉱石を精錬釜に投入し、別のゴーレムが温度を管理している。

その横では、出来上がったインゴットを型に流し込む作業が行われていた。


「すべて自動なの?」

「おうよ。作業の工程を記憶させておけば、後は勝手に作業をこなす。こやつらのおかげで、儂様は複雑な作業に専念できるというわけよ」


それは本当に便利そうだ。

俺のゴーレムは今のところ、命令された通りに物を運ぶくらいしかできない。

ドレアムのゴーレムくらい賢くなってくれれば、ダンジョンの運営も格段に楽になるはずだ。


「良かったら、作り方を教えてもらえませんか?」

「ほう、興味があるか。ならばこの魔導書を持っていけ。中級ゴーレム制作の極意が詰まっておる」


古めかしい革表紙の本を受け取る。

これで作業用ゴーレムが作れるようになれば、ダンジョンの管理も随分と変わってくるだろう。


「これも持っていくがよい。上級アイテム生成の魔導書じゃ」


ドレアムが取り出したのは、宝石で装飾された立派な魔導書だった。


「これさえあれば、英雄たちが好みそうな伝説の装備品も作れるようになる。剣や盾はもちろん、ダイヤやルビーといった宝石を加工して装備品に組み込むこともな」

「本当ですか!」


思わず声が弾む。


「ただし、それなりの材料が必要になるがな。ミスリル、オリハルコン、賢者の石などな」

「ミスリル! オリハルコン!! 実在するんですか!?」


どれも聞いただけでテンションが上がるアイテムばかりだ。


「はっはっは。エルフと言えどもレア鉱石に対する思いはドワーフと変わらぬか。だが、そう簡単には手に入らんぞ。ミスリルでも千年に一度しか産出せんと言われておる」

「ミスリルシリーズの装備とか、絶対宝箱に置きたいですね!」

「なに? 自分では使わんのか?」

「もちろんです。自分のダンジョンの宝箱に置きたいんです。それってすごいロマンがあるじゃないですか!」

「ふうむ。ロマンか」


ドレアムは不思議そうな顔で髭をいじる。


「酔狂な奴だな。だが、そうだな。そういえばダンジョンマスターというのはそういう奴らだと聞いたことがある」


煙管を取り出しながら、ドレアムは続ける。


「自分たちの成長よりも、ダンジョンの成長を優先する奇特な奴らという噂は本当だったのか」

「うーん、そうかも」


言われてみれば、自分が強くなりたいという願望は全くない。

考えているのはいつも、次はどんなダンジョンを作ろうか、どうやったら冒険者が楽しんでくれるかということばかりだ。


「だがな」


ドレアムが真剣な表情になる。


「そういう純粋な思いこそが、本物の宝物を生み出すのかもしれんな。儂様にはない発想だ」


その言葉に少し照れくさくなりながら、借りた2冊の魔導書を強く抱きしめた。

どんな装備品が作れるか、今から考えるのが楽しみで仕方がない。


「でも、どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」

「もちろん理由はある。小僧が使っていた空間魔法があるだろう。代わりにその魔導書を儂様に貸すがいい」


ドレアムは腕を組んで、威厳のある態度で言った。


「儂様も転送装置は使いたいのだが、ドワーフの里にあるものは簡単に使えるものではない。使用制限に頭を悩ませておったところでな。坊主の空間魔法が使えれば、随分と便利になりそうだ」

「おばあちゃんが複製を何冊か作ってるので、それを後で持ってきますね」

「うむ。待っているぞ」


ドレアムは満足げに髭をなでる。


「しかし気をつけるがよい。ダンジョンマスターの中には、とんでもない悪党もおるからな」


ドレアムは急に真面目な表情になった。


「かつて魔王と呼ばれた悪魔もダンジョンマスターだった。凶悪なダンジョンで力を蓄え、それを己の強化に使うことに執着した悪魔よ」

「自分の強化に?」

「そうだ。冒険者から得た魔力を全て自分に取り込み、人々を生贄のように扱う外道もいる。儂様のように鉱山を守るためならともかく、純粋に相手のダンジョンを奪うために襲いかかってくる輩もいるくらいだからな」


ドレアムは煙管を手に取りながら、静かに続けた。


「奪ったダンジョンを玩具のように扱い、破壊して自らの糧にする。そういった連中もこの世界の闇には存在しているのだ」

「そ、そうなんですか……。少し怖いですね……」

「レイにひどいことする奴が居たら、お姉ちゃんが許さないよ!」


メリアが怒りに燃えた目で拳を握りしめた。

いつもはちょっと、たまに、面倒くさいお姉ちゃんだなと思うこともあるけど……迷いなくそう言い切ってくれる姿は、今はとても頼もしかった。


でもそういえば、ダンジョンコアには自分の強化機能もあったっけ。

ダンジョンマスター自身が最終ボスになれるタイプの機能だったはず。


「冒険者たちから命を奪えば大量の経験値が手に入る。その力で自らを強化し、ダンジョンから世界を支配しようとしたのだ」


ドレアムは煙管から煙を吐きながら続ける。


「それがかつて魔王と呼ばれた悪魔だ」

「でも最後は勇者に倒されちゃうんですよね」

「その通り。最後には、自分よりはるかに格下のはずの人間の勇者によって討伐された。どんなに強大な力を得ても、最後は必ず裁かれるということだ」

「やっぱり悪いことはできないよね」

「うんうん! レイはそんなことしないもんね!」


メリアが得意げに頷く。


「うん。僕は冒険者さんたちに楽しんでもらえるダンジョンを作りたいんです」

「それもまたダンジョンマスターの在り方だな」


ドレアムは満足げに髭をなでながら、微笑んでいた。


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