第37話 もう一人のダンジョンマスター

相手のダンジョンマスターは、灰色の長い髭を蓄えた貫禄のある姿で、背中には人の背丈ほどもある巨大なツルハシを背負っていた。

ゴブリンたちに取り囲まれているというのに、その表情は偉そうで威厳に満ちている。


「貴様等、誰に許可を取って儂様のエリアにダンジョンなぞ作っているのだ」


戦いに負けたはずなのに、その態度は偉そうだ。

がっしりした体格に、特徴的な顔立ち。図鑑で見たことのある、ファンタジー世界では有名な種族の特徴そのものだった。


「もしかしてドワーフかな」

「多分そうだね」


メリアと顔を見合わせる。


「勝手に儂様のエリアでダンジョンを作るなど、無法者のすることよ。山岳地帯のダンジョンはドワーフに任されているのだ。これでは資源の管理も、地下水脈の保護もままならん」


なるほど、そういうことだったのか。

確かに同じ場所にダンジョンが乱立したら、地下資源の管理も難しくなるだろう。

だからっていきなり襲ってくるのもどうかと思うけど……。


「ゴブっ?」


ゴブリンたちは困惑した様子で、互いに顔を見合わせている。

彼らにとっては、ダンジョンの建設許可なんて関係のない話だ。

どう対応していいか分からないのも無理はない。


「貴様らじゃ話にならん。マスターを呼んでこい!」


ドワーフは相変わらず偉そうに命令してくる。

でも、モニター越しなのに威圧感があるのは認めざるを得ない。これが山を司るドワーフの貫禄というものなのだろうか。


「モニター越しじゃなくて、直接会いに行こうか」

「えっ、いいの?」


メリアの問いかけに頷く。その時、コアが警告を発した。


『危険です。相手のコアを奪取することでダンジョン戦は終了します。マスターが直接乗り込む必要はありません』

「大丈夫だよ。それに他のダンジョンマスターって初めてだから、話を聞いてみたいんだ」


前世ではゲームでしか見たことのなかったドワーフに、実際に会えるチャンスだ。

しかも相手はダンジョンマスター。

きっと色々と参考になることも聞けるはずだ。


「そうそう! お姉ちゃんのアタシもいるんだから大丈夫!」


メリアが胸を張る。

確かにメリアがいれば、どんな相手でも恐れることはない。


『……了解しました。ですが、万が一の際はすぐに退避することをお勧めします』


コアの心配そうな声を背に、俺たちはドワーフの待つ坑道へと向かうことにした。




「はじめまして。僕がこのダンジョンのマスターです」

「アタシはメリア! レイのお姉ちゃんだよ!」


俺たちが元気に挨拶をすると、ドワーフは目を見開いた。


「なんだ、小僧ではないか。パパのお使いで来たのか? 儂様を随分舐めてくれたものだな」

「違うよ。ここは僕のダンジョンなんだ」

「何? 貴様のような小僧がダンジョンマスターだと? そんなわけないだろう!」


ドワーフは声を荒げた。


「ダンジョン魔法はただの魔法とは違う。相当な修練が必要だ。儂様でも習得に100年はかかったぞ」

「本当だよ。ほら」


そう言って、ワープゲートを開いてみせる。

青白い光が空間を裂くように広がっていく。


「ワープゲートだと?」


ドワーフの目が丸くなった。


「ただのダンジョンではないと思っていたが、ずいぶん高度なダンジョンではないか。しかも、そのマスターがまだ幼いハイエルフとは……」

「だけどまだダンジョンについて知らないことが多くて。だから色々教えてほしいんです」

「……ふん。そういうことか。高慢なハイエルフにしては殊勝な態度だ。その態度に免じて儂様が直々に教えてやろう」


そうして、ドレアムと名乗ったドワーフの男性に、いろいろと教えてもらった。


ドレアムは実際に洞窟を掘り、鉱山としてこのダンジョンを使っているらしかった。

ダンジョン化しているのも、管理のためらしい。

そのために作業用のゴーレムや土妖精を使っているのだと教えてくれた。


「それにしても、貴様のゴブリンどもは只者ではないな。まさかこれほどの強さとは」

「そうなの?」

「ハイエルフの魔力を浴びて育ったのなら納得だ。ダンジョンに住むモンスターは、マスターの魔力で進化する。それがハイエルフとなれば、並のゴブリンとは大きく違ってくるのだろう」


確かに、ゴブリンの長老もそんなことを言ってたっけ。


「儂様はな、ダンジョンなど作る気はなかったのだ」


ドレアムは大きなツルハシを床に突き立てて話し始めた。


「ダンジョンコアを使っているのは、坑道を掘るのに便利だからでな。冒険者など呼び込む気もないし、そもそも鉱石の採掘が目的だ」

「じゃあ、どうして僕のダンジョンに攻めてきたの?」

「貴様のダンジョンがこの地域に出来たと聞いてな。鉱脈を横取りされるかと思ったのだ」


なるほど。そういうことだったのか。


「でも僕のダンジョンは別空間だから、鉱石は取ってないですよ」

「ほう、それは本当か?」

「はい。ワープゲートで繋いでいるだけです」


その言葉を聞いて、ドレアムは髭をくるくると撫でながら満足げに頷いた。


「そうか。ならば問題はないな。儂様のダンジョンコアは好きに使うがよい」

「えっ、いいんですか?」

「ダンジョン戦を挑んだのはこの儂様だからな。負けたのだから、ケジメは取らねば儂様の威厳が廃る。それに儂様にはダンジョンなど必要ない。だが一つ条件がある」


ドレアムは威厳に満ちた態度で、高みから見下ろすように言い放った。


「良質な鉄鉱石を定期的に儂様に納めてもらいたい。できれば精錬されていれば申し分ない。その場合は相応の対価も支払おう」

「鉄鉱石ですか?」

「そうだ。ドワーフたるもの、優れた鉱石は見逃せんのでな」


メリアが首を傾げる。


「自分で掘ればいいんじゃないの?」

「はっはっは! さすがに子供は単刀直入な質問だな!」


ドレアムが豪快に笑う。


「確かに儂様も掘れる。だがさすがの儂様と言えども、一度に掘れる量には限界がある。しかも良質な鉱石となると話は別だ。ハイエルフの魔力で精製された鉱石は、武具を作るのに最適なのだよ」


なるほど。

つまりこれは取引を持ちかけられているというわけか。


「分かりました。僕も鉱石の精製の練習になりますし」

「そうと決まれば、これからは協力し合おうではないか。ドワーフの鍛冶の技術も、必要なら教えてやろう」


思わぬ形で決着した戦いだったけど、新しい取引相手が見つかったことは悪くない。

しかも鍛冶の技術まで教えてもらえるなんて、むしろ得をした気分だ。


「ダンジョンコア、ドレアムさんのダンジョンコアを登録して」

『確認しました。新規ダンジョンコアの登録を開始します』


コアが青白い光を放ち、ドレアムのダンジョンコアと共鳴するように輝き始めた。


『登録完了。同一ダンジョンとして認識します』


モニターの表示が更新された。これまでのダンジョンの地図に加えて、ドレアムの坑道まで一枚の画面に表示されるようになる。


「お主、なんだそれは……」


ドレアムが目を丸くして、モニターを食い入るように見つめている。


「ハイエルフのダンジョンコアにはそんな機能が付いておるのか。ふむ、ずいぶん便利だな」

「これは僕が作ったんだ」

「なに? 坊主が作っただと?」

「うん。こういうのあった方が便利かなって」

「確かに便利だが……」


ドレアムは信じられないという表情で、モニターを見つめ直す。


「こんな一枚の画面に全ての情報を表示しようとは……しかもそれを離れた場所でも開けるだと……そんな発想は一体どこからきたのだ……」


ドワーフの驚きようは、まるで魔法を初めて見た人のようだった。

まあ、スマートフォンのような感覚で作ったモニターだから、この世界の人が驚くのも無理はない。


とりあえず坑道の掘削はゴーレムに任せられそうだ。鉄鉱石を掘り出すこともできるはず。

問題は精錬だ。ゲームの中ではインゴットを作るのは簡単だったけど、実際にやったことはない。


「坊主、精錬なら儂様の工房に来るがよい。世界一の技術を見せてやろう」


ドレアムが誇らしげに髭をくるくると撫でながら言った。


「そういえばアタシもドワーフの里は行ったことなかったし面白そう!」

「行っていいなら行きたいけど……」


ちょっと気になることがあった。


「ドワーフってエルフと仲が悪かったりしないの?」


ファンタジー作品では、そういう設定もよく見かけたから。

それにドレアムも、ハイエルフは高慢だとか言ってよく思ってなかったっぽいし……。

と思って心配だったんだけど。


「なんで?」

「どうしてだ?」


メリアとドレアムが同時に首を傾げた。


「あ、仲悪いとかないんだね」


どうやら杞憂だったらしい。


「では行くとしよう。ここからなら三日程の位置にある。少し歩くぞ」

「あ、大丈夫ですよ。場所だけ教えてください」


地図を広げると、メリアが場所を教えてくれた。


「ドワーフの里って、確かこの辺って言ってた気がする」


場所が分かれば後は簡単だ。

空間魔法を使ってワープゲートを開く。青白い光が空間を切り裂くように広がっていく。


「じゃあ行きましょう」

「待て待て待て。坊主、それ、空間魔法か……?」


ドレアムそう言いながらワープゲートに向けられた指先は、細かく震えていた。


「ドワーフの里にも転送装置はあるが……巨大な儀式場と、莫大な魔力を必要とする。それを、こんなあっさり使うだと……」

「これは僕が作った魔法なんです」

「空間魔法を作った……? その年で……?」


ドレアムは呆然と立ち尽くしたまま、震える声で続けた。


「いったいなんなのだお主等は……」

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