第33話 初心者ダンジョンに入った冒険者たち

「ポーションを使う。いったん前衛を頼む」

「分かった」


いったん下がった俺と入れ替わりに、盾を構えた戦士職の仲間が前に出る。俺はその間に腰のポーションを取り、栓を開けると一気に喉に流し込んだ。

俺たちは今、ゴブリンと戦っている。最初は「ゴブリンなんてただの雑魚モンスター」と舐めていたけど、その考えは数分で打ち砕かれることになった。

このダンジョンのゴブリンは、明らかに普通じゃない。

手にした武器は良質で、連携も素晴らしい。

一撃一撃に重みがあり、隙を見せれば即座に反撃してくる。簡単には踏み込めない相手だった。


「ゴブっ! ゴブゴブっ!」


後方のゴブリンが仲間に指示を出している。これも異常だ。

言葉を話すゴブリンは通常、ひとつの群れに1匹か2匹程度のはず。

それがここでは全員が意思疎通を図っている。まるで人間の冒険者と戦っているような感覚だ。

ゴブリンだからと油断していい相手ではなかった。


喉に流し込んだポーションの効果が全身に行き渡るのを感じる。身体中にできていた小さな傷が治癒され、体力と魔力、両方が回復する。

俺は手にした剣を握り直した。

直後に、背後から魔力が流れ込んでくる。

俺が攻撃に出るのを見てとって、何も言わずとも適切な補助魔法をかけてくれたんだ。

まるで長年一緒に戦ってきた仲間のような連携だった。


「回復した。正面の敵から行くぞ」

「ああ、頼む!」


剣を振り上げながら突撃した。

あえて胴体に隙を作ると、案の定、ゴブリンが飛びついてきた。

しかしその攻撃は無駄に終わった。

相手の剣は俺の鎧にあたり、傷ひとつ付けられないまま止まる。


「悪いな。神の加護を付与した魔力鎧エンチャントアーマーだ」


神の加護を付与した魔力鎧エンチャントアーマーには、並の攻撃では傷一つつかない。

攻撃の反動で体勢を崩したゴブリンに向けて、俺は振り上げていた剣を振り下ろした。


一閃と共に、倒れたゴブリンの体が光に包まれて消えていく。

それを見た後衛のゴブリンたちは、整然と後退を始めた。追撃に出ようとする俺を、後ろの魔法使いの仲間が制する。


「深追いは必要ない。目的はダンジョンの宝だ」

「……分かった」


ここで仕留めておきたい気持ちもあるが、リーダーがそういうなら指示に従おう。

それに、あんなに強いゴブリンは初めてだった。無理をする必要がないという判断も理解できる。




戦いを終えた俺たちは、廊下を進んだ先にあった広めの部屋で休息を取ることにした。

ポーションで傷は癒えても、戦いの緊張感はそう簡単には消えない。滝のような汗を拭いながら、ゆっくりと呼吸を整えていく。


確かに、戦いのストレスは興奮剤でごまかすことができる。

しかも街の裏路地を歩けば簡単に手に入る代物だ。

でも、あんなものに頼っていたら長くは続かない。

何人もの仲間が、そういった薬に溺れて冒険者を辞めていくのを見てきた。

だからこそ、休める時にはしっかり休む。それが長く生き残るコツなんだ。


「よう」


パーティのリーダーが、水筒を差し出してきた。


「あんた、いい腕だな。おかげで助かったよ」


俺はこのパーティに傭兵として入ったばかりだった。

彼らの前衛が怪我で抜けた穴を、急遽埋めることになったんだ。

正直、最初は気が重かった。どんなに腕が良くても、息の合っていないパーティでの戦いは命取りになりかねない。


「代わりの前衛を探してたんだが、あんたほどの腕のやつが来てくれて運が良かったよ」


差し出された水筒を受け取りながら、俺も本音を返した。


「いや、あんたのパーティこそいい連携だった。おかげで戦いやすかったよ」


これまで傭兵として色々なパーティを渡り歩いてきた。

中には有名なパーティもあったし、腕も確かな所もあった。

でも、ここまで息の合ったパーティは初めてかもしれない。

支援魔法は完璧なタイミングで飛んでくるし、盾役の立ち回りも無駄がない。

なにより仲間を信頼している空気が感じられる。


ここに来たのは、できたばかりのダンジョンで稼げるという噂を聞いたからだ。

新しいダンジョンには、まだ誰も手を付けていない宝物が眠っているはず。


だが実際に入ってみると、話はそう簡単ではなかった。

確かに規模は小さいし構造も単純だ。

でも中にいるモンスターは明らかに格が違う。

さっきのゴブリンたちの強さは、初心者どころか中級者でも苦戦するレベルだった。


それでも冒険者たちが次々とこのダンジョンを訪れる。

理由は報酬の良さにある。ここで手に入る宝物は、危険なだけあって価値も高い。

そして何より、このダンジョンには不思議な魅力があった。まるで誰かが冒険者たちを楽しませようとしているかのように。


渡された水筒でのどを潤し、リーダーの男に返す。

男はそのまま俺のそばに腰を下ろした。

どうやら本当の目的はこれからのようだ。


「ここのダンジョンは初めてか? なら、ここが普通じゃないことはもう分かったな」

「ああ。十分に思い知ったよ。あんなに強いゴブリンは初めてだ」


確かにゴブリンにも地域差はある。

ホブゴブリンのような上位種も存在する。

それを考慮しても、さっきまでのゴブリンは異常な強さだった。中級冒険者くらいの実力はあるだろう。


「ここが普通とは違う、ということを実感したいま、もう一度説明しておく。このダンジョンに来る前に冒険者ギルドから説明されたと思うが、大切なことなのでもう一度繰り返しておこう。ここのモンスターは2種類に分けられる。自然生物か、魔法生物だ」


このパーティに登録する前、確かにギルドでダンジョンの説明は受けていた。

いつもの形式的な説明だと思って聞き流したが、今なら真面目に耳を傾ける気になっている。


「ゴブリンなどの普通のモンスターは大したことない。他で見るよりも強いが、しょせんはゴブリンだ。だが、魔法生物は別格だ。上級モンスターと同じ力、あるいはそれ以上の存在だと思え」

「魔法生物ってあれか? スライムとか、そういう奴か?」


俺は思わず笑みを漏らした。


「おいおい、いまさらそんな奴らに後れを取るかよ。俺はゴールドランクだぞ。それはあんたたちだって同じだろう。

 確かに先ほどの集団のゴブリンは手強かった。他よりも進化してるんだろう。

 けどスライムになると話は別だ。どんなに進化したところで動きは遅く、攻撃手段も限られている。天井から降ってきて頭にへばりつく、なんてマヌケでもやらない限り負けることはあり得ないだろう」

「ああ、俺も最初に話を聞いた時はそう思ったよ。しかし実際に会えばわかる。ここのスライムは格が違う。いや、あれはもうスライムとは──」


その時だった。

リーダーの言葉を遮るように、通路の奥から異様な気配が漂ってきた。


背筋が凍り付く。

何度も死線をくぐり抜けてきたからこそ分かる。

これは絶対の「死」の気配。


即座にパーティ全員が武器を手に立ち上がった。


ぬるりと。

半透明の液体が通路をはいずる様に現れる。

それは1匹のスライムだった。


──────

長くなってしまったので2話に分けました。冒険者しては明日でいったん終わる予定です。

これからもマイペースに更新を続けていくので、☆やハート、レビューなどを頂けるととても励みになります!

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