第31話 新エリア解放

あれからしばらくたって、ついに待ちに待った瞬間が訪れた。コアのモニターに表示された経験値は、レベル5に上げるのに必要な量に達している。


「よし、ついに達成だ!」


心を落ち着かせながら、コアに意識を集中させる。

溜まった経験値が光となって解き放たれ、コアレベルが5へと上昇した。


これで新しい機能が解放できるようになるんだ。

選択肢はいくつかあったけれど、俺が選んだのは「新しいダンジョンの入口の追加」だった。


今はひとつしか入り口がない。

そこから最初のダンジョンにしか入れなかったけれど、これでゴブリンたちにも入ってもらった新しいダンジョンへの入口も作れるようになるはずだ。

人間たちがたくさん入ってこれるような場所につなぎたいんだ。


なるべく多くの冒険者に入ってもらいたいから、難易度は抑えめにして、報酬はちょっといいくらいを目指した。

あとは、入り口をどこに作るかだ。

エルフの里がある森と、人間たちが住む場所は結構離れているらしい。

だから、人間たちの住む場所に近い、別の場所を探す必要がある。


机の上に地図を広げて確認する。

今のダンジョンみたいに森の奥深くに作っても、誰にも見つけてもらえないのでは意味がない。誰も来ないダンジョンほど悲しいものはないからね。


「でもね、街道沿いとかに作るのも違う気がするんだ」


机に向かいながら、メリアに話しかける。


「そうだね。ダンジョンって、見つけるとちょっとワクワクするもんね。そんな目立つところにあったら確かになんかガッカリするかも」

「そう、そうなんだよ」


エルフの里がある森と人間たちの住む場所は、かなりの距離がある。

地図を指でなぞっていくと、ちょうど良さそうな場所が見つかった。


「ここなら、確認してみる価値はありそうだ。さっそく見に行こうと思うんだけど」

「うん、アタシも行く!」


覚えたばかりの空間魔法を使って予定の場所に移動した。このために覚えたんだ。やっぱり現地の確認は大事だからね。


ワープゲートを抜けて新しい場所にやってくる。

そこには、エルフの里の森とは全く違う景色が広がっていた。

何千年も生きている古木に守られた里の森と違い、ここは若い木々が風に揺れている。光が差し込む隙間が多くて視界も広かった。


「あ! レイ、あれを見て!」


メリアの声に顔を上げると、小高い丘の中腹に開いた場所が目に入った。

遠目にも確認できる大きさで、でも街道からは程よく離れている。近くまで来ないと気づかないような場所だ。

丘を登って周囲を見渡すと、街道の往来も確認できた。商人の荷車や、冒険者らしき集団が行き交うのが見える。


「ここなら、噂を聞きつけた冒険者が探しに来てくれそうだね」

「うん。街道から見えないけど、あの岩の形が目印になりそう」


メリアが指さす岩は、確かに特徴的な形をしている。ちょうど良い目印になりそうだ。

これなら、きっと多くの冒険者が訪れてくれるはずだ。


その時、強大な魔力の気配が近くにあるのを感じた。

こんなモンスターがいたら、冒険者どころか誰も近寄れなくなってしまう。


「わぁ! 可愛いワンチャンだ!」


草むらから現れた獣を見て、メリアが目を輝かせる。

俺の倍はある大きさなのに可愛いとはメリアらしい。


その姿は図鑑で見たことがあった。

これはまさか、神狼フェンリルの子供? 

でも、様子がおかしい。フェンリルは賢狼とも呼ばれ、普通なら人を襲うようなことはしない。

けれど目が赤く染まり、体からは黒い靄が立ち上っている。


「メリア、あれは呪われてるみたいだ」

「えっ? あ、危ない!」


突然こちらに飛びかかってきたフェンリルを、メリアが受け止める。

爪と牙がメリアの腕を狙ったけど、身体強化の魔法で固めた肌は傷一つつかなかった。


「ごめんね。ちょっと強く当たっちゃうかも」


メリアの拳がフェンリルの顎を捉える。

しかし、普通のモンスターなら吹き飛ぶはずの一撃を、フェンリルは首を振るだけで耐えてしまった。


「レイ、この子なんか攻撃しても効かないよ」

「それは呪いのせいだよ。このまま戦っても意味がないんだ」


たぶん普通の状態じゃない。きっと痛みとかも感じてないはず。

フェンリルの周囲にある魔力の動きを観察する。すると、黒い魔力が一点に集中してるのが見えてきた。

首輪のように見える黒い帯。あれが呪いの核だ。


「メリア、少しだけフェンリルの動きを止めてもらえるかな」

「任せて。お姉ちゃんだからね」


そういって再びフェンリルに飛びかかった。いくらフェンリルの子供とはいえ、自分の倍くらいあるオオカミに平気で飛びかかっていく度胸はすごいな。さすがお姉ちゃん。

メリアの攻撃で動きが止まったすきに、俺は解呪の魔法を唱える。


「光よ、闇を払え!」


手のひらからあふれた光がフェンリルの首元を照らす。

黒い帯が砕け散ると、フェンリルの目から赤い光が消えていった。

その姿が徐々に落ち着きを取り戻していく。


「ありがとう、エルフの子よ」


深い響きを持った声が、直接心に届くように響いてきた。


「気にしなくていいよ。でも、どうしてこんなところに?」

「我らの住処で休んでいた時のことだ。突如として意識を奪う呪いをかけられたのだ」


フェンリルは悔しそうに顔を歪める。


「空間転移の魔法で、どこかへ連れ去られそうになったのだ。なんとか拘束は解いたが……そこで呪いに意識を奪われたんだ」

「大変だったんだね。よしよし」


メリアがフェンリルの傍らに座り、優しく頭を撫でる。フェンリルにも警戒している様子はない。

メリアが少し微笑んで俺のほうを見た。

ほら、やっぱり可愛いでしょ? とでも言いたげな顔だった。


「誰かがフェンリルを捕まえようとしたのかな」

「そのようだ。だが相手の正体までは分からなかった」


フェンリルは立ち上がり、メリアに一度だけほほをこすりつけると、俺たちをじっと見つめた。


「この恩は神狼の血に賭けて決して忘れない。困ったことがあったらいつでも言うがいい。我らは必ずお前の力になろう」


そう言い残すと、まるで風のように軽やかな跳躍で丘を駆け上がり、森の向こうへと消えていった。

きっと本来の住処である森に帰っていくのだろう。


「レイ、今のすっごく格好良かったね!」

「うん。でも、気になることがあるな……」


誰かが神狼を狙っているという事実。これは、ただの偶然ではないかもしれない。

フェンリルの姿が見えなくなっても、メリアはまだその方向を見つめていた。


「ワンチャンはダンジョンに入れなくていいの?」

「家に帰りたがってたしね。無理やりは入れないよ。同意がある時だけ」

「かわいかったのになあ」

「あのサーベルタイガーみたいに、悪いモンスターなら治安維持のためにも捕まえるのもいいと思うけど、フェンリルは違うからね」


メリアは少し残念そうな顔をする。


「確かにそうだね」

「まあ……今度暇なときに遊びに行ってもいいかもね」

「……うん! そうしよう!」


メリアが満面の笑みを浮かべてうなずいた。


フェンリルを助けたおかげで、結果的にはこの近くには危険なモンスターもいなくなったはず。

これなら冒険者たちも安心して来られるだろう。


「よし、ここに入り口を作ろう」


丘の中腹に開いた場所に向かって、ダンジョンの入り口を作り始める。

自然な岩肌に溶け込むように、少しずつ魔力を注ぎ、洞窟の入り口のようなアンジョンを作った。


「よしできた。じゃあ帰ろっか」

「うん!」


作業を終えると、二人で空間魔法を使って帰路についた。

これで新しいダンジョンにも、たくさんの冒険者を迎えられるはずだ。

どんな人たちが訪れてくれるのか今から楽しみだ。


***


「S級モンスター、神狼フェンリルが出現」


その一報が王国中央に届いた時、誰もが事態の深刻さを悟った。

討伐隊の編成は即座に決定。先陣を切ったのは、かつて魔王すら討伐可能と言われた王国騎士団長だった。


「全員、装備は万全か」


騎士団長の声に、選りすぐりの騎士たちが頷く。白銀の甲冑に身を包んだ彼らは、王国最強の部隊と呼ばれていた。


「団長、神狼フェンリルって本当にいるんですかね」


若い騎士の一人が不安げに尋ねる。

確かに、神狼は伝説の存在で、多くの若い騎士たちは実在すら疑っていた。


「お前らが生まれる前、この目で見たことがある。舐めてかかると命はないぞ」


厳しい表情で告げる団長の言葉に、若手騎士たちは背筋を正した。

しかし現場に到着すると、状況は予想と大きく異なっていた。

地面には戦いの痕跡らしきものが残されているが、モンスターの姿はない。


「これは……確かに戦いがあった形跡ですが」

「だが、これほど早く決着がついたとは考えにくいな」


そこへ、斥候の報告が入った。


「団長! 近くに見たことのないダンジョンを発見しました!」


丘の中腹に開いた洞窟。確かにこれまでの地図にはない場所だった。

しかも、なにやら感じたことのない魔力を感じる。

神狼フェンリルと、見知らぬダンジョンの登場。何か関連がある、と考えるのは、さすがに気にしすぎだろうか?


「団長どうしましょうか」

「……未発見のダンジョンの危険度を図るのも騎士の仕事だ」

「せっかく来たのに手ぶらで帰るのもなんですしね」

「まあ、そういうことだな」


団長が軽く肩を回す。

その表情には、久しぶりの冒険への期待が浮かんでいた。


「いくぞ。隊列を組め」


王国最強の部隊は、思いがけない形で新たなダンジョンの扉を開けることになった。

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