第30話 新しい魔法を求めて

あれからダンジョン作りは順調に進んでいる。

でも、もっと良いものを作るために、新しい魔法を覚える必要が出てきた。

なので、今日は魔法のおばあちゃんの家にやってきたんだ。


まずは、借りていた上級魔導書を返した。


「おばあちゃん、これありがとう」

「もう読み終えたのか。相変わらず早いのう」

「うん。全部一通り使えるようになったよ」

「ほっほっほ。上級魔法をわずか数か月でか。もうこの程度は驚かなくなってしまったの


おばあちゃんが優しく微笑む。


「それで今日は、新しい魔法を教えてほしくって」

「うむ、何を覚えたいのじゃ。上級魔法まで修めてしまったのであれば、もう扱えない魔法はないじゃろう」


おばあちゃんは本棚に向かいながら、機嫌よく笑った。


「遠く離れた地点を一瞬で移動する魔法なんだけど」

「ほう、空間魔法か。ダンジョンコアのワープゲートのようなものかの」

「うん、そうなんだ。でもあれはダンジョンコアがないといけないし、ダンジョンの中にしか使えないから」

「確かにそうじゃのう。お主はダンジョンマスターになったのじゃ、確かに覚えたいじゃろうな」


おばあちゃんは本棚の奥を探り始めた。


「少し待っておれ。少々古いが、確かその魔法を記した魔導書が……」

「あ、ううん。魔導書はいらないんだ」

「どういう意味じゃ?」


その言葉に、おばあちゃんは不思議そうに振り返る。

俺は持ってきたもう一つの魔導書を差し出した。


「………………は?」


おばあちゃんは振り返ったまま、まるで時が止まったかのように動かなくなった。


「実は、以前に魔法文字の資料を借りて勉強してたから、やり方は分かってたんだ。

 けど、さすがに初めて作った魔法だから、使う前に問題ないか確認してもらいたくて」


魔力インクと専用の筆記用具も必要だったみたいで、それも作ってみた。

多分うまくいってると思うけど、自信がない。

何より空間魔法を失敗したらどうなるのかも分からなかったから。

なんかやばいことになったら困るし。


おばあちゃんは震える手で魔導書を開いた。

数え切れないほどの魔導書を見てきたはずの瞳が、次第に大きく見開かれていく。


「おお……なんという、精練された美しい魔導書じゃ……」


その声には畏怖すら感じられた。


「大胆な発想でありながら、一切の無駄がない。今の空間魔法よりもはるかに効率化され、精錬されておる……。この魔力の流れの制御、まるで水が流れるが如き自然さ……」


ページをめくる手が止まらない。

長年の研究で節くれだった指が、魔導書の一つ一つを丁寧に辿っていく。


「まさか2点間をつなぐ魔力の最適化に、こんな方法があるとは……。これまでの定説を根底から覆すような……」


おばあちゃんは目をつむって深く息を吐いた。

心を落ち着かせてからもう一度目を開く。

まるで宝物を見るような眼差しで魔導書を見つめた。


「信じられぬ……何万年とかけて精錬されてきた魔法に、まだこんな改良の余地があったとは……。これぞまさに魔法史を書き換える大革命じゃぞ……」


おばあちゃんは深いため息をつくと、俺をじっと見つめた。


「お主は今年何歳じゃ? そろそろ5000歳くらいなのじゃろう?」

「そんなわけないよ。もうぼけちゃったの? このあいだ6歳になったって言ったばかりじゃん」

「6歳で、これを……? 信じられぬ……」


おばあちゃんはしばらくそのまま立ち尽くしていた。

魔導書の書き方って、実はけっこうプログラミングに似てる部分があったんだよね。そのおかげもあったのかもしれない。

前世でのプログラミングの知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。


その後、おばあちゃんは慎重に魔導書の内容を確認していった。

色々と調べてもらったけど、特に使用しても問題はないとのことだった。


「この魔導書、しばらく貸してくれんかの」


おばあちゃんが遠慮がちにそう言った。

もちろんすぐにオーケーした。

いつもおばあちゃんに魔導書を借りてばかりだったんだから、断る理由なんてない。


「これほど素晴らしい魔導書は、魔導書協会の図書館に寄贈させてもらおうと思うのじゃ」


どうやら、世界中の魔導書を保管しておく場所があるみたいだった。

俺の魔導書を複製した後、それを図書館に収めるらしい。

そんな場所に自分の作った魔導書が入るなんて、なんだか照れくさい感じがする。


でも、そういえば日本にも国会図書館があったけ。

あそこも、どんな本でも発行された物なら全て保存していたはず。

きっとその魔導書図書館も同じような役割なんだろう。

機会があれば一度行ってみたいな。


「ああ、そうするといい。お主ならきっと得られるものも多いじゃろう」


文字や本を大切にする気持ちは、世界が違っても変わらないのかもしれない。

そんなところに自分の作った本を置いてもらえるのかと思うと、少し誇らしい気持ちになった。



家に帰ると、母さんと父さんにも魔導書協会の図書館のことを聞いてみた。


「僕の魔導書を、おばあさんが寄贈してくれるっていうんだ」

「あらすごいじゃない。魔導書協会の図書館は、魔導書だからって何でも寄贈できるわけじゃないのよ」


母さんが微笑みながら教えてくれた。


「協会の審査があって、新しい発見があるものや、既存の魔法を大きく改良したものしか受け付けてもらえないの。私たちも、ダンジョン魔法の魔導書を何冊か寄贈させてもらっているわ」

「父さんは三冊だったかな。一番最初は魔力の効率的な注入方法について書いたものだったね。あれは確か500歳のころだったかなあ」

「そうそう。お父さんの研究のおかげで、今のダンジョン作りが随分と楽になったのよね」

「そういえばそうだったね」


父さんが照れくさそうな顔になる。

500歳というのはきっとハイエルフの中では若いんだろうし、当時二人の間になにかあったのかな。


「レイの空間魔法の本なら、きっと採用されるわね。その年であそこまでの完成度は、協会でも……ううん。誰でも驚くはずよ」

「まさか息子に先を越されるとは思わなかったよ。ははは、こんなにうれしいことはないね」


どうやら父さんや母さんも何冊か魔叢書を収めているみたいだ。

やっぱりよくあることなんだな。俺も追いつけるように頑張らないと。


「これからも頑張って研究するんだよ。私たちも手伝えることがあったら、いつでも協力するからね」

「ありがとう。お母さん、お父さん」


二人の言葉に背中を押されて、もっと良い魔法を作りたいという気持ちが強くなった。

母さんや父さんのように、世界の役に立つような魔導書を残せるようになりたいな。


***


それからしばらくした後のこと。

魔導書協会の図書館では大騒ぎが起きた。


「なんだあの空間魔法の魔導書は!?」

「信じられない精度と発想だ……。たったこれだけの魔力で空間魔法が使えるなんて……」

「今までは2点間をつなぐには1週間程の準備期間と、儀式用の拠点が必要だった。しかしこの方法なら、ほんの数秒でできてしまう……」

「しかも書いたのが6歳とは……。マクガウェル老からの寄贈でなければ、到底信じられなかったでしょう」

「これまでの最年少魔導書作成記録は500歳だったのですが……」

「しかもこの完成度、私でも理解するのに一週間はかかりそうです」

「魔導書に使われている紙やインクの純度も素晴らしい。何もしなくとも1万年は保存できそうだ」

「すぐに魔導インク協会にも鑑定の依頼をしないと」

「革命が起こるぞ、これは……」


協会の長老たちが震える手で魔導書を開く中、記録は大幅に更新され、図書館の歴史に新たな一頁が刻まれることになる。

前代未聞の若さでの魔導書登録に、多くの魔法研究者たちが色めき立った。


だが、当の本人はというと――


「ねえ、メリア。今度は瞬間移動の距離を伸ばせないかなあ。ワープゲートも複数同時に作れると便利だと思うんだよね」

「また新しい魔法を作るの? レイって本当に魔法が好きよね」


魔導書協会の長老たちにさらなる激震が走るのは、もう少し後のことである。


──────

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