第28話 モンスター配置の基本

ゴブリンたちを迎え入れたことで、ダンジョンを大きく3つの空間に分けることにした。


まずは自分たちがいるコアエリア。

俺やメリアの部屋がある空間でもあって、家のような感じだ。

母さんもよく来てくれるし、メリアも毎日のように遊びに来る。


次にゴブリンたちの居住エリア。

地下3階分の容量を使って作った空間は、まあまあの広さになった。

ダンジョンコアの機能を使って作った自然環境は、俺の魔力を使わなくても自動で維持されている。

川は流れ続け、木々は育ち、光水晶は欠かさず光を放つ。

練習用のダンジョンコアでここまでできるなんて本当にすごい。

本物のダンジョンコアはいったいどれほどのことができるのだろう。


そして最後はダンジョンエリア。

でも居住エリアに容量を使ったせいで、こちらは地下5階までしか作れていない。

これからこのダンジョンエリアを広げていこうと思うんだ。


そこでまず最初に行ったのは、ダンジョンエリアを二つに分けることだった。

最初に作ったダンジョンとは別に、新しいダンジョンを作りたいと思う。


二つに分けると、それぞれが小さくなってしまう。だから少し迷ったけど……。

でも、あの時来てくれた子供たちがまた訪れるかもしれない。

そうなった時のために、最初のダンジョンはこのまま残しておきたいんだ。

あの子たちのための、初心者用ダンジョンは残しておきたいし、やっぱり最初に来てくれたっていうのは、特別な思い出だからね。


ダンジョンエリアを二つに分けた後、居住区に戻ってきた。

広い空間ではゴブリンたちが思い思いに過ごしている。

木の実を集めたり狩りをしたり。小さな動物たちも見かける。

そんなの作った覚えはないのに、ダンジョンコアが自動で環境を整えてくれたらしい。これで練習用というのが信じられないほどだ。


ゴブリンたちをダンジョンコアに登録し終えると、長老が近づいてきた。


「お疲れ様です、ハイエルフ様」

「ここの環境はどうかな」

「はい、大変素晴らしいです。このような環境を用意してくださり、感謝に絶えません」

「実は、新しいダンジョンの方で、モンスターとして働いてもらいたいんだけど」

「これは光栄なお話にございます。具体的なご指示をいただければ」

「えっと、そうだな。1階と2階を5匹ずつのグループでうろついてほしいんだ」

「うろつく、とおっしゃいますと……具体的にはどのような動きをお望みでしょうか」


そういえば、そこまで考えていなかった。


「そうだな……1階は、入り口から見える範囲で巡回してほしいかな。冒険者が来たら、すぐに気づけるように」

「かしこまりました。威圧的な態度で近づくのでしょうか?」

「いや、まずは様子見かな。逃げ出すような人なら、追いかけなくていいよ」

「なるほど。戦う覚悟のある者だけを相手にすると」

「そうそう。で、2階は隠れていてほしいんだ。それで冒険者が来たら、角から急に出てきたりしてほしいかな」

「驚かせる作戦ですね。さすがはハイエルフ様」


ゴブリンの長老は白い髭をなでながらうなずいている。

まるでゲームの企画会議みたいだ。


「あと、負けても大丈夫だからね。その時はまた居住区に戻ってきて」

「ご心配なく。我らゴブリンは名誉ある敗北なら恐れません」


思った以上に話が早く進む。意外とゴブリンは賢い種族なのだろうか。

それともこの長老が特別なのかな。

そういわれてみると、以前あった時よりも口調がはっきりしてる気もするけど……。


次は移動の問題を解決しよう。

居住区に転送用のゲートを設置し、ダンジョン内を自由に行き来できるようにした。

もちろんこのゲートは登録されたモンスターだけが使えるようになっている。これで冒険者が居住区に迷い込んでくる心配はないはずだ。


長老と相談しながら、ゴブリンたちの巡回シフトを組んでいく。

朝、昼、晩の3交代制。

ゲームでは当たり前のようにモンスターが配置されているけど、実際に運営するとなると、ちゃんとシフトを組まないといけないんだ。

なんだかバイトみたいだなあ。


計算してみると、これだけでも成長したゴブリン30匹は必要になる。

最初は数十匹のゴブリンがいれば十分だと思っていたけど、実際に必要な数を考えてみると全然足りなかった。

もっとダンジョンが大きくなったら、もっとたくさんの数が必要になるはず。


休憩時間も必要だし、たまには気分転換で狩りに行きたい子もいるだろう。

ゲームの中のダンジョンは、こんなにも多くのモンスターに支えられていたのか。

リアルなダンジョン経営って思った以上に大変なんだな。

前世でゲームプランナーをしていた時は、こんな現実的な問題まで考えていなかった。

でも、だからこそ面白い。新しい発見の連続でワクワクが止まらない。


「ところで冒険者と出会った場合、我らはいかにすればよろしゅうございましょう」

「ダンジョンだから、冒険者が来たら戦ってもらうことになるんだ。でも、作ったばかりのダンジョンだし、そんなに強い人は来ないと思うよ」

「そうだね。この前来た子達も、アタシたちと同じくらいの子供だったし」


メリアが横から口を挟んだ。


「それに、ダンジョンコアに登録したから、みんな強くなってるはずだよ。倒されても自動で居住区に戻ってこれるし、怪我も勝手に治るんだ」

「なんと。我らのことまで考えてくださるとは。至極恐悦にございます」


でも、完全に無事とはいかないかもしれない。

戦いに絶対はないだろうし、万が一の事態だって考えられる。

そう思って心配そうな表情を浮かべた俺に、長老は穏やかな声で語りかけた。


「もとより我らは弱肉強食の世界で生きてまいりました。生きるため命をかけるのは当然のことでございます」


そう言えば、俺たちが来る前は、あのサーベルタイガーに襲われていたんだっけ。

自然の中で生きてきたゴブリンたちにとっては、当たり前のことなんだろう。


「むしろレイ様のダンジョンコアに守られているのなら、外よりもずっと安全といえましょう」

「そうだよレイ。あの虎もいないし、ここの方が全然安全だよ」


長老とメリアの言葉に、少し肩の力が抜ける。

確かにダンジョンの中ならコアが常に見守ってくれている。

そこまで心配しなくてもいいかもしれない。


「分かりました。ではさっそく最初にグループに出発させましょうか」


長老がグループを分けると、さっそく最初の2グループがダンジョンに入っていった。

もっとも、まだ敵となる冒険者は来ない。だって入り口がどこにもつながっていないからだ。

今は研修のようなもので、ダンジョンの構造に慣れてもらう期間にしよう。


「あ、そうだ。夜は違うモンスターが出る方が面白いと思わない?」

「へー、夜のモンスターかぁ。アタシ、夜は苦手だけど」


メリアは少し眉を寄せながらも、興味深そうに聞いている。


「夜間のモンスターとなりますと、コボルト族がおりますな」


長老が白い髭をなでながら話し始めた。


「コボルトなんてものいるんだ」

「狼の血を引いた小柄な獣人でございます。夜目が効き、夜間の行動に適しております。夜の森で狩をする姿もよく見かけますゆえ」

「じゃあ、ちょうどいいね! そのコボルトさんたちにも来てもらえるかな?」

「ふむ。彼らとは昔から交流がございます。一度、話を通してみましょう」

「ね、ねえレイ。夜のダンジョンって……そんなに暗くないよね?」


メリアは少しだけ強がるような声で聞いてきた。


「もちろん暗いよ。そうじゃないと夜ステージにならないからね。それに、闇の中でコボルトの赤い目が光って――」

「ちょ、ちょっと! そういう怖い話はしなくていいの!」

「あはは、やっぱり怖いんだ」

「あっ! もう! アタシはレイのお姉ちゃんなんだから、そんなの怖くなんか……ひゃっ!」


後ろで小さく手を叩いた音に、メリアが飛び上がった。


「レイのばかぁ! からかわないでよ!」

「ごめんごめん。でも大丈夫だよ。だってメリアが守ってくれるんでしょ?」

「あ、当たり前じゃない!」


顔を真っ赤にして怒るメリアだけど、その表情は少し安心したようにも見えた。

だけど、これで昼と夜で雰囲気の違うダンジョンが作れそうだ。

ゲームでもよくある演出だけど、実際にやってみるのは新鮮な感覚だった。


そんな話をしていると、突然ゲートから複数のゴブリンたちが慌てて飛び出してきた。

みんな顔を青ざめさせている。

先ほどダンジョン内に入っていったばかりのグループだ。


「ごぶごぶ! ごぶごぶごぶ!」


焦った様子で何かを訴えかけてくるけど、何を言っているのか分からない。

でもこの慌てぶりはただごとじゃなさそうだ。


「どうやら、恐ろしいモンスターがいるようでございます」


長老がそう通訳してくれたけど、恐ろしいモンスターなんていないはずだけどな。

ダンジョンには俺の作ったモンスターしかいないんだから。


「ちょっと見てくるね」

「アタシも行く!」


とりあえずゲートをくぐって、ゴブリンたちが言っていた場所へと向かう。そして角を曲がると――。


「あれ? スライムじゃない」


そこにいたのは、俺が最初に作ったスライムの一体だった。

ゴブリンたちは、そのスライムを見ただけで後ずさり、震えている。

長老までもが真っ青な顔をしていた。どうやらこれのことで大騒ぎになっていたらしい。


「大丈夫です。これは味方なので、コアに登録されたモンスターであれば攻撃されないですよ」

「そ、そうなのでございますか……」


長老は胸をなでおろしたものの、まだ警戒の色を隠せない。


「これを、レイ様がお作りになったのでございますか……?」

「そうだよ。初めて作ったモンスターだから愛着が湧いてて可愛いんだよね」

「かわ、いい……そう、でございますか……」


長老の声が震えている。俺にとっては最初の仲間で愛着のあるスライムなのに、ゴブリンたちにとってはそれほど恐ろしい存在なのか。

メリアが片手で吹っ飛ばしたスライムを、こんなにも怯えて見つめている様子が、少し不思議だった。

メリアがスライムに近づくと、スライムの体が小刻みにプルプル震え始めた。いつもメリアの練習台にされているから、すっかり怯えてしまっているみたいだ。


「あ! 震えてる! かわいいー!」


メリアは嬉しそうにスライムの周りをぴょんぴょん跳ね回る。

それに合わせてスライムの震えが更に激しくなると、メリアはますます喜んでいた。

一人と一匹の奇妙な戯れの光景を見ていると、なんだか心が温かくなる。

ところがゴブリンたちの反応は真逆だった。


恐れおののいていたはずのスライムを、まるでペットのように扱うメリアの姿を目にして、ゴブリンたちは更にガタガタと震えていた。

長老に至っては、言葉を失ったように立ち尽くしているみたいだった。


うーん。

こういったらあれだけど、ゴブリンもモンスターとしては初級だと思うし、スライムといい勝負なのかもしれないな。

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