第27話 新しいモンスターを配置したい

あれからダンジョンを地下5階まで拡張した。

前より広くなって、色々と改良も加えたけれど、冒険者は一人も来なかった。

やっぱり森の奥地にあるからかな。

このあいだ来た人間の子供たちも、あれから姿を見せていない。


かわりに、モンスターや動物たちがよく迷い込んでくるんだ。

まあ、全部最初のスライムにやられちゃうんだけど。

たかがスライムにやられるなんて、やっぱり森の動物やモンスター程度じゃ弱いのかな。


それでも一応ダンジョンコアの経験値は少しずつ溜まっていった。

動物やモンスターが倒されるたびに、微量ながら確実にコアに魔力が流れ込んでいるみたいなんだ。

前に来た人間の子供二人の時は、たった一回でレベルアップに必要な経験値が全部溜まったけど。


それに比べると、動物やモンスターから得られる経験値は本当に少ない。

まあ、放っておいても勝手に溜まるから、そのうちレベルアップできるはずだ。

前世でやっていた放置ゲームみたいなものだと思えばいいか。


そうなってくると、経験値の効率的な溜め方が気になってきてしまう。

どういう計算で経験値が溜まっているのかは、まだよくわからないんだよな。

モンスターや動物よりは、人間の冒険者のほうが経験値が高いってことはわかってるけど、逆に言うとそれ以外は何もわかっていない。

けれどそれはまだ調べなくてもいいか。必要になった時に手を付けることにしよう。


今はそれよりも先にやりたいことがある。

ダンジョンは地下5階まで広がったのに、スライムが5匹しかいないというのは、さすがに寂しいよな。

これじゃまるで手抜きのダンジョンだ。


だからそろそろ他のモンスターを配置したいんだ。

モンスターと言えば、やっぱり定番はゴブリンのはず。

召喚もできるけれど、魔導書によると、実際のゴブリンを知っておいた方が良いらしい。


「ねぇ、レイ。その本にいいこと書いてあった?」


読みふけっていた魔導書から顔を上げると、遊びに来たメリアが隣に座っていた。


「うん。ダンジョンに新しいモンスターを配置したいんだ」

「確かにスライムしかいないもんね」

「ゴブリンを考えてるんだけど、実物を見てからじゃないとうまく召喚できないみたい」

「ふーん。じゃあ見に行こうよ。アタシはレイのお姉ちゃんだし、付いていってあげるよ!」


それは単に自分が行きたいだけなのでは?

とはいえ、来てくれるのはありがたい。

俺たちはさっそくゴブリンの生息地に向かうことにした。


目的地は、エルフの森から少し離れた山だった。

ゴブリンの生息地として知られている場所で、木々はエルフの里ほどは大きくないものの、それなりに生い茂っている。

特に特徴のないどこにでもありそうな山という印象だ。


ゴブリンに会いに行くと言ったら母さんに反対されるかと思ったけど、意外と問題なかった。

いつもなら危険だからと外出を制限されるのに、今回はすんなり許可が出たんだ。

どうやらここは、色々な人がゴブリン調達のためにやってくる場所らしい。安全性は保証されているとのことだった。

まあそれに、やっぱり所詮はゴブリンだからというのもあるのかもしれないな。


「あ、あそこ!」


山道を少し進むと、メリアが指をさす先に洞窟の入り口が見えてきた。

ゴブリンたちの住処だ。


「ごぶごぶっ!」


洞窟の中から聞き慣れない声が響いてきた。

当然、何を言っているのかまったく分からない。

母さんから借りてきた魔導書を広げ、翻訳魔法を使ってみる。そうすると――。


「こんにちは」

「ハイエルフ様。あなた。です!?」


片言だけれど、何とか言葉はわかった。

驚きに満ちた様子が伝わってくる。どうやらハイエルフが来たことに驚いてるみたいだけど、ハイエルフってそんなにすごいのかな。


ゴブリンの姿をよく見てみる。

2本足で歩く獣のような姿で、目の前にいるリーダーらしき個体以外は言葉をしゃべっていない。

そのリーダーも単語を並べるだけで、ちゃんとした文章にはならないみたいだ。

むしろプルプル震えて感情を表現してくれるスライムの方が、コミュニケーションが取りやすいかもしれない。


「大型。魔獣。困る」

「魔獣が出てきて困ってるってこと?」

「はい。はい」


何とか話を聞いていくと、どうやら近くに現れた大型魔獣に襲われて困っているらしい。


「わかった。僕が何とかするから、その代わりに僕のダンジョンに来てほしいんだけど」


そう伝えると、ゴブリンは目を丸くして驚き、それから地面に額をつけるように伏せてしまった。


「ダンジョン。光栄。です」


なぜそこまでありがたがられるのか分からないけれど、どうやら交渉は上手くいったみたいだ。


「レイってば、なんかすごいね」


メリアが感心したように呟いた。

ハイエルフってだけで勝手に委縮してくれるから、俺がすごいことはなにもないんだけど。


ゴブリンたちを襲う魔獣は定期的に洞窟に来るというので、メリアと一緒に待機することにした。

やがて地面を震わせるような足音が響いてくる。

木々の間から巨大な獣が姿を現す。

大きな虎のような姿だけど、その上顎から生えた牙は地面にまで届いている。いわゆるサーベルタイガーだろう。

ただし、その背丈は俺の倍以上はある。


サーベルタイガーは俺たちを見つけると、美味そうに舌なめずりをした。

まるでご馳走が目の前に現れたとでも言いたげな表情だ。

メリアが冷静な表情で俺の方を向く。


「あれを倒せばいいの?」

「そうみたいだね」


ゴブリンたちは怯え切って洞窟の中に逃げ込み、こちらをうかがっている。

間違いなくこいつが原因のようだ。


巨大な虎は、確かに恐ろしい姿をしている。

日本人だった頃の俺なら、間違いなく腰を抜かしていただろう。

でも今は、なぜだろう。まったく怖くない。大きな動く猫のぬいぐるみくらいにしか感じない。

前世では想像もできなかった感覚だ。


サーベルタイガーが轟音を立てながら俺に向かって突進してきた。

その瞬間、メリアが前に飛び出る。


小さな拳が巨獣の顔面を捉えた。


──どむん!!


柔らかいものが波打つような、生物の身体からは決して響いてはいけない音が鳴り響いた。


「──グルウウウッッ!!??」


モンスターの巨体が後方へ吹き飛び、何十本もの木々を次々になぎ倒しながら遠ざかっていく。

やがて木々を倒す音が止まった。

遥か彼方まで飛んでいったのか、反撃してくる気配も、逃げる気配も感じられない。


「レイをいじめる奴はお姉ちゃんが許さないよ」


メリアが少し怒ったような声で言った。

うーん、お姉ちゃん頼もしいけど、少し怖い。

なるべく怒らせないようにしないと……。


モンスターの様子を確認しに行ってみると、サーベルタイガーは完全に気を失って倒れていた。

胸が上下しているのを見ると、一応生きているようだ。


「ちゃんと手加減したからね。弱い者いじめはいけないんだよ」


メリアが自慢気に胸を張っている。

その時、ふとしたアイデアが浮かんだ。


このサーベルタイガーもダンジョンに連れて行こう。

母さんが言っていた通り、野生のモンスターを連れてきて放し飼いにする方法もある。うまく躾けられるかもしれない。


ワープゲートを開き、ダンジョン内にいったん鍵付きの部屋を作る。

巨獣の体を慎重に転移させながら、これからの細かい扱い方を考えていく必要がありそうだ。

とりあえず、しばらくはここで様子を見ることにしよう。


ゴブリンの洞窟に戻ると、数十匹のゴブリンが外に出てきていた。

そして驚いたことに、全員が地面に額をつけて伏せている。魔獣を退治しただけなのに、なんだかやけに仰々しい。


そこへ、白い髭を生やした年老いたゴブリンが姿を現した。


「我らを助けていただき、ありがとうございます」


片言ではない、しっかりとした言葉で話しかけてきたので少し驚く。


「聞けば、我らをあなた様のダンジョンにご招待いただけるとのこと」

「うん、そうなんだ。来てくれるかな?」

「もちろんでございます。金色のハイエルフ様直々に造られたダンジョンに住めるなど、これ以上の栄誉はありません。むしろ我らのような下等な種族などでよろしいのかと恐縮なほどでございます」


こんなに崇められるとは思っていなかったけれど、むしろこれはいい機会かもしれない。


「それがいいんだよ。最初から最強のモンスターしかいないダンジョンなんてつまらないでしょ」


前世でプレイしたゲームでも、序盤から強敵ばかりだと面白くなかった。

適度な成長曲線こそが大切なんだ。


「ハイエルフ様の深遠なお考えは分かりませぬが、喜んでお受けさせていただきます」


長老は深々と頭を下げ、他のゴブリンたちもそれに倣って更に地面に伏せる。

自分がそんなに偉い存在だとは思っていなかったけれど、とりあえずダンジョンの住人が増えることは確かなようだ。


ダンジョンゲートを開き、ゴブリンたちのために用意した空間を見せる。

その瞬間、長老が足を止めた。何かに驚いているような様子だ。


理由を考えて、ふと気がついた。

中は広いとはいえ、ただの石造りのダンジョンだ。

いきなりここに住めと言うのは、山で暮らしているゴブリンたちには無理な話だったかもしれない。


「ごめんごめん。こんなところに住めないよね」

「あ、いえ……。私が驚いていたのはそういうことではなく……」

「ちょっとまってね」


すぐにダンジョンコアの部屋へ移動し、魔力を流し込む。

石造りの何もない空間に、土魔法で大地を形作り、植物魔法で木々を生やし、水魔法で川を作っていった。

大地を盛り上げて山も作り、天井には大きめの光水晶を埋め込んで日光のような光が降り注ぐようにする。


俺の魔力だけではさすがに難しい規模だけど、ダンジョンコアを使えば、こういった環境を作るのは比較的簡単にできるんだ。


「よし、こんなものでどうかな」


振り返ると、ゴブリンの長老までもが地面に額をつけて平伏していた。


「天地を創造なさるとは……まさに神の御業。一生お仕えいたします」


ダンジョンコアがすごいだけで、俺の功績じゃないんだけどな。

でも、ゴブリンたちが喜んでくれたのは素直に嬉しい。

これで新しいモンスターが増えることになる。

少しずつだけど、ダンジョンらしくなってきたんじゃないかな。


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