第25話 初めてのダンジョン冒険者

「たしか父さんたちが言ってたのってこのへんだよな」

「そ、そうだけど……」


森の中を進みながら、オレは父さんから聞いた話を思い出していた。

勇者の息子ユノ、つまりオレと、聖女の娘フェンは、父さんたちの言葉を頼りにこの奥地の森までやってきたんだ。

聞いた話によると、なんでもかなり昔にあったらしいすごいダンジョンが復活したとか何とか。

父さんはまだ危険だから、まずは調査をしてから……なんて言ってたけど。

そんなの待ってられるわけないよな。大昔のダンジョンが復活したなんて面白そうな話を聞かされたら、行かないわけにはいかないって!


というわけで、フェンと一緒に黙ってそのダンジョンを探しに来たんだ。

その時、森の奥から物凄い音が響いてきた。木々が揺れ、巨大なクマが姿を現す。ジャイアントグリズリーだ。

クマは威嚇するように爪を振るった。一撃で木は真っ二つに折れ、岩も粉々に砕ける。

威嚇のつもりなんだろうけど、その程度なら父さんでもできる。怖くもなんともない。


「ちぇっ、ジャイアントグリズリーか。大したことなさそうだな」

「うぅ……。ユノくん、この子きっと怒ってるよ、帰ろうよぅ……」

「こんな程度でビビるなよ情けないな。フェンだって聖女の娘なんだろ。この程度楽勝だぜ」


オレは手のひら程度の大きさしかない短剣を構えた。

フェンが慌てて支援魔法を唱える。

クマはオレの10倍は大きい。でも、それだけだ。

一瞬の閃光。短剣が空を切る。巨大なクマの体が、まるでバターのように真っ二つになった。


「ま、この程度か。全力を出すまでもなかったな」

「あうううぅぅぅ……こわかったあ……」


フェンが地面に座り込む。


「なんだよフェンは、だらしないなあ。たかがでかいクマごときでビビるなって。このオレが守ってやるんだからさ」

「う、うん。ありがとうユノくん」


オレは手を差し出してフェンを立ち上がらせた。まったく、いつもこうなんだから。

しばらく歩いていくと、木々の間から不思議な洞窟が見えてきた。


「ここが言っていたダンジョンか」

「そ、そうみたいだね」


俺たちは並んで入り口から中に入る。

入ってすぐに俺たちは顔を見合わせて立ち尽くしてしまった。

世界中のダンジョンを攻略してきたけど、こんなに美しいダンジョンは初めてだ。


内装が信じられないくらい綺麗で、ピカピカに磨かれている。

普通のダンジョンは汚かったり、荒れ果てていたりするのに。壁に触れてみると、まるで鏡のように滑らか。

ダンジョン全体がうっすらと光を放っているけど、どこから光が出ているのかわからないくらい自然に光を放っている。


「すごい……」


フェンが驚いた様子で壁を撫でる。


「込められている魔力が信じられないくらい穏やかで、ものすごい強力な力が込められているのに、意識しないとまったく魔力を感じられない……」


フェンがこんなに興奮するなんて珍しい。

オレにはよく分からないけど、そんなにすごいみたいだ。


「とりあえず奥に進もうぜ」


真っすぐな廊下を抜けて扉を開けると、広くも狭くもない部屋になっていた。

部屋の中央には一見かわいらしい一匹のスライムがいた。


でも、オレは背筋が凍るのを感じた。

今まで倒してきた数々の魔物。ドラゴンだって、デーモンロードだって、こんな威圧感はなかった。


「ユノくん……」


フェンが怯えて、オレの背中に隠れる。

この距離からでもはっきりとわかる。

アレはただのスライムじゃない。目に見えないほどの魔力が渦を巻き、部屋の空気すら重くなっている。


「フェン。すべての最上級支援魔法をオレにかけろ。その後は結界を張って自分を守れ」

「う、うん……!」


フェンの唱える神聖魔法が、オレの体を包み込んだ。

力が湧き上がるのを感じる。今ならドラゴンの親玉だって一撃で倒せるはずだ。


オレは全力で踏み込んだ。

魔力を帯びた短剣が金色の光を描く。

今までのスライムなら、この一撃で真っ二つ──どころか、たぶん蒸発して跡形もなく消えるはずだ。


けど斬撃は半透明の体に吸い込まれるように消えていく。

まるで、オレの全力の一撃は、蚊の羽音のように無力だった。


スライムの体がわずかに震えた。そして──。

細い触手が伸びた。


「──うぐっ!」


何が起きたのかわからなかった。

オレの目でも捉えられないスピードで、触手が胸を突いたんだ。

フェンの最上級防御魔法が砕け散る音が聞こえた。気付いた時には、触手は既に元の位置に戻っていた。


たった今の一撃で、フェンの最強の防御魔法が粉々に砕かれかけた。

今まで誰一人突破できなかった防御を、まるで何の抵抗もないかのように。


スライムは中央に鎮座したまま動かない。

半透明の体が静かに揺らめいているだけなのに、とてつもない威圧感を放っている。

なのに、殺意は全く感じなかった。

今のは攻撃ですらなく、ただの試し打ちだったのかもしれない。


「へえ、面白いじゃん」


思わず笑みがこぼれる。

今まで出会ってきたスライムとはまるで次元が違う。

こんな化け物みたいなヤツとは初めて出会った。


「ユノくん、大丈夫?」


フェンが心配そうな声を上げる。

まあ、確かにさっきの一撃は効いた。

でもそれ以上にオレの心は高まっていた。

久しぶりだ。こんなに強い相手と出会うのは。


オレは短剣を構え直し、全力でスライムへと攻撃を開始した。

一切の手加減もない全力の攻撃だ。


何度も攻防を繰り返す中で、オレはスライムが見せたわずかな動きの隙を見逃さなかった。


地を蹴る足に全ての力を込めて、一気に跳躍。部屋の天井近くまで飛び上がった。


「くらえええええっっっ!!!」


渾身の力を剣に込めて振りかぶる。

これまでの全ての魔法と技術を、この一撃に。

大地すら叩き割る全力の一撃が、スライムを切り裂いた。


ダンジョンの床には傷ひとつつかなかったけど、スライムは確かに真っ二つになった。


「はぁ……はぁ……なんとか倒したな……」

「ユノくん!」


フェンの悲鳴にハッとして顔をあげる。

目の前で、真っ二つになったスライムがブルリと震えた。

そして──二つの半身が、それぞれ完全な形のスライムとなって動き始めた。


「……はははっ。楽しくなってきたな」


汗を拭う手が、少し震えているのを感じた。




「はぁ……はぁ……。やっと倒したか……」


1時間にも及ぶ戦いの末、オレはようやくスライムを仕留めた。

32体にまで増えていったスライムたちは、最後の一撃を受けると、溶けるようにダンジョンの床に消えていった。


オレは床に膝をつきながら、この異常な戦いを振り返る。

切っても死なないどころか、むしろ分裂して増えていく。しかも、どの属性の魔法を使っても、まるで通じる気配がない。

弱点という弱点が一切なかった。

だから結局、圧倒的な火力で吹き飛ばすしか方法がなかったんだ。

普通の冒険者なら、この時点で攻略方法がなくて詰んでただろう。


「ユノくん、大丈夫?」

「ああ……なんとかな」


フェンの回復魔法を受けながら、オレは考え込んでいた。

いったい、このダンジョンの主は何者なんだろう。


「ねぇ、ユノくん。このスライム、すごく変わってるよ」


階段を降りながら、フェンが心配そうな声を上げた。


「どういうことだ?」

「スライムって、その材料や実力で等級が分かれてるの。グリーンスライムとか、ポイズンスライムとか……。でも、こんなに強いの見たことも聞いたこともないよ」


フェンは立ち止まって、真剣な表情でオレを見つめた。


「もしかしたら、伝説にしか存在しないミスリルスライム、あるいはオリハルコンスライムかもしれない」

「は? そんな貴重な素材でスライムを作るやつなんているのか?」

「確かにそうだよね……。だってそんな素材があったら、ゴーレムを作るか、ドラゴンを召喚したほうがいいから……」


フェンの説明に、オレは思わず足を止めた。


「それなのに、このダンジョンの主は惜しげもなくスライムなんかに使ってるってことか。しかも、このダンジョンはまだ生まれたばかりだって言ってたよな」

「う、うん。これからもっと広くなっていくって。そうなったら……」

「同じ素材でゴーレムやドラゴン、悪魔まで召喚されるかもしれないってことか」


おいおい、なんだこれ。

このダンジョンやばすぎる。


でも、オレは心の中で笑みが広がるのを感じていた。

俺は勇者の父さんから力を受け継いだ、勇者の息子だ。

だけど今までその力を持て余してた。魔王はとっくの昔に倒されて、敵らしい敵もいない。せいぜい雑魚モンスターがたまに暴れ出す程度。


弱すぎるんだ、みんな。

けどこのダンジョンなら、やっと本気を出せるかもしれない。

オレはワクワクしながらさらに奥へと進んでいった。




3階の最奥まで辿り着いた時には、オレの体はかなりきつくなっていた。

あのスライムとあと2回戦って、だいぶ魔力を使っちまったからな。

でも同時に、こんなに本気で戦えるのが嬉しかった。


「ユノくん、もう無理しないで帰ろうよぅ……」

「大丈夫だって。そんなに心配するなよ」


フェンは案の定、ずっとオレのことを心配してた。

相変わらずビビりだな。確かにここのスライムは強いけど、本気出せば勝てないってほどじゃないのに。


そうして、ついにダンジョンの一番奥にたどり着いた。

部屋の中央には、見事な装飾が施された宝箱が一つ。どうやらここで終わりらしい。


「わぁ、すっごく綺麗な宝箱……」


フェンが近づこうとした時、オレは咄嗟に腕を伸ばして止めた。


「だめだ」


そう言って、斬撃を宝箱めがけて放った。

瞬間、宝箱が大きく揺れ動き、巨大な牙の生えた口を現す。


「ミミック……!」


スライムしかいない初級ダンジョンのふりをして、最後の最後に上級ダンジョンにしか存在しないような罠を仕掛けてくるなんて。このダンジョンの主は、本当に恐ろしい。


「あわわあっ! 危なかったぁ。よくわかったね、ユノくん」

「当たり前だろ。あんなに綺麗な宝箱なんて、絶対に怪しいに決まってる」


オレは短剣を構え直した。

どうやら、本当の最後の戦いが残っているみたいだ。

疲れ切った体に気力がわいてくる。背筋が震えるほど緊張したのは、生まれて初めてだな。




「はぁーっ、はぁーっ……マジできつかった……!」


激闘の末、オレたちはついにミミックを倒した。

手にした短剣を見ると、刃こぼれがひどくて、もう使い物にならない。

いちおう神器だって言われてたんだけどな。木製の宝箱のくせに、ミミックが固すぎたんだ。


もう体力も魔力も限界。オレはそのまま床に倒れ込んだ。

フェンが居なかったら3回は死んでただろうな。

でも、これは気持ちのいい疲れだった。冷たい床が心地よく感じる。生まれて初めて、本気を出して戦ったんだ。


「ははっ……ははははっ!」


思わず笑い声が漏れる。

これが戦いなんだ。これが冒険なんだ。

父さんが勇者として現役だった頃は、こんな戦いが毎日あったんだろうな。

いいな。ずるい。オレも同じ時代に生まれたかった。


「ユノくん、大丈夫? これ見つけたから、飲んで」


倒したミミックの中から見つけたポーションを、フェンが差し出してくる。

オレはそれを一口だけ口に含んだ。


「うわっ!?」


たったの一口で、使い果たした体力と魔力が完全に戻ってくる。


「まさか、これってエリクサー?」


伝説の回復薬が、こんなところで手に入れるなんて。

このダンジョン、本当に何もかもが規格外だ。


オレは一口で返し、残りをフェンに渡した。

オレよりも、ずっと魔法を使い続けていたフェンのほうが消耗は大きいはずだ。

けどフェンは、差し出したポーションを受け取ろうとせず、なぜか顔を真っ赤にしている。


「だ、だ、だって、これ、ユノくんが口付けた……」

「ん? どうかしたのか? 魔力減ってるんだろ。ほら、遠慮せずに飲めよ」

「で、でも……」

「飲めないほど疲れてるのか? なら俺が飲ませてやろうか?」

「そ、そんなことしなくても大丈夫だよ……!」

「じゃあさっさと飲めって」

「あ、あうううぅぅぅぅ~~~…………」


こくん。

ポーションの瓶に口をつけて飲み干したフェンは、その場に座り込んでしまった。


「もう、お嫁にいけない……。ユノくん、責任、取ってくれる……?」

「??? 責任って何かわかんねーけど、フェンの頼みならいいぞ」

「~~~~~!!」

「……真っ赤になって固まっちまった。フェンってたまに変なところあるよな」


真っ赤になって目をぐるぐる回してるけど、手を引っ張ればふらふらしながらもついて歩いてきた。

まあいいや。今回の戦いで、オレはまだまだ修行不足なのがよくわかった。帰ったら絶対に修行するぞ。

そんで、次は絶対に、もっと強くなって戻ってきてやるからな!


──────

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