第23話 ダンジョン改造計画

魔法の練習部屋を改造して練習したおかげで、ダンジョン魔法にもだいぶ慣れてきた。

そろそろ本格的にダンジョンを作っていこうと思う。

そのために、まずは必要な要素を考えて整理しよう。


なぜなら、ダンジョン魔法って、できることが本当に多いんだ。

やろうと思えば、それこそダンジョンを作る石のひとつひとつまで設定できる。

調べていくだけで、あれもこれもやってみたくなって、アイディアがどんどん広がってしまうんだ。


そうだ、余裕が出てきたらダンジョンに罠も作りたいな。

隠し扉とか、隠し武器とか。

ゲームでいつも探してた隠し武器は、見つけるとテンションが上がるんだよな。

ボスから盗めると、毎回盗みたくなってボス戦が何倍も楽しくなる。


「お母さん、ダンジョン魔法の本ってどのくらいあるの?」

「魔道書なら全部で100巻あるわよ」

「100冊!?」


さすがにそれは一生かけても読み切れないだろう……。

このままだと一つに絞れなくて、部屋の改造と小物づくりだけでも100年くらい時間を溶かしてしまいそうだ。

いや、待てよ。ハイエルフは数千年も生きられるんだっけ。

一生かかっても終わらない、と言い切れないのか。

確か、おばあちゃんも15000歳とか言ってたし。

ハイエルフがみんな何かを極めるってのは、こういうことなんだろうな。


「レイ、何をニコニコしてるの?」


メリアが不思議そうな顔で覗き込んできた。


「うん、これからのことを考えていたら、なんだか色々と楽しくなってきたんだ」

「ふーん?」


俺の話を聞いたメリアはなにやら難しい顔をしていたけど、急にニコッと笑顔になった。


「よくわからないけど、レイが楽しいなら、お姉ちゃんのアタシもうれしいよ!」


相変わらずのよくわからないお姉ちゃん理論だけど、笑顔でそう言い切られると、なぜだか感動してしまった。

あまりにもまっすぐなメリアの笑顔がまぶしくて、思わず涙があふれそうになる。

隠そうとしてつい目をそらした。

その瞬間にしまったと思ったけど、もちろんメリアは見逃してくれない。


「あれー? どうしてそんなに泣きそうなのー?」


ニヤニヤしながら俺の背中に抱きついてくる。

実際恥ずかしがってるのは本当なので何も言い返せない。

うう、こうなるから弱みを見せたくなかったのに……。


「ふふふ。やっぱりレイはまだまだ泣き虫な弟のままだね」


よしよしと頭をなでられる。

恥ずかしいというか、情けないというか……。


「それで、なんでそんなに楽しくなってきたの?」

「……これからのダンジョンに必要なものを考えたんだ」

「これから? 今度は何を作るの?」

「まずはダンジョンを完成させないと。それがないと何もできないし」

「それはそうだね」

「それからモンスターも必要だし、宝箱も欲しいよね。一番奥にはボスもいてほしいし」


メリアが目を輝かせた。


「ボス! アタシが倒していい!?」

「なんで倒すの!」

「弟が頑張ってるのなら手伝ってあげるのがお姉ちゃんだからね!」

「それは手伝うっていうより邪魔してるだけ……ううん、なんでもないよ」


メリアがにらんできたので、それ以上は言わないことにした。


「それに、入り口をどこにするかも考えないと」


ダンジョンなんだから誰かに来てもらわないと意味がない。

森の奥深くじゃ誰にも見つけてもらえないだろうし。

でも今のダンジョンは、どうやらすごい奥地の森にあるみたいなんだ。

まるでラスボス後の隠しダンジョンがあるような秘境だった。


この間メリアが天井を突き破った時に、少し周りを歩いてみたけど、俺はもちろん、メリアも知らない場所だったんだ。


母さんにも聞いてみたけど、こことは全然違うかなり奥地にあるっていっていた。

練習用だから、誰も入ってこれないところを選んだのかな。

まあ、とりあえず今はこれでいいか。


「それで、ダンジョンの入り口はどこにするの?」

「まだ決めてないんだ。人間の世界がどこにあるかとか、世界の形とかも知りたいし。山の頂上とか、谷の奥とか……あ、海の底に海底神殿を作るのも面白そうだな」

「海底のダンジョン!? すごーい、面白そう! そうだ、世界中のダンジョンも見に行こうよ! 参考になりそう!」


メリアが目をキラキラさせながら言った。

確かに、いつかはそういうのも必要になりそうだ。

それに、メリアと世界中を旅行する……その様子を想像したら、俺の胸も高鳴るのを感じた。

なんだかとても楽しそうだ。


それに、メリアが当然のように手伝ってくれるのが純粋にうれしいんだ。

やっぱり一人で作るより、誰かと一緒のほうが楽しいからね。


そんな感じで急に考えることが増えてきた。楽しくて仕方ない。一日が短すぎるよ。

時間はたっぷりあるし、焦る必要はないってことはわかってるんだけどさ。

あれもこれもやりたくて手を出していくと、結局どれもが中途半端になってしまう。

この感覚、サラリーマン時代を思い出すな。いろんなことに手を出しすぎてパンクしちゃうんだ。


「こういう時は、思考の整理が必要だ」

「思考の整理って?」

「ロードマップを作るんだ。まずはノートと筆記用具を持ってきて……いや、せっかくだからこれも魔法で作ってみようか」


さっそく意識を集中して魔力を練り上げる。

まずは筆記用具を作ってみよう。木を生み出し、少し削って、形を整えていく。

これは簡単だ。


次は紙。

植物魔法を使って、樹の繊維を丁寧に取り出していく。

最後にインクは、黒い鉱石を作って、アイテム生成魔法で加工する。


「よし、できた!」

「へー、紙とインクも作れるんだ」

「まあね。インクは鉱石、紙は植物由来だからね。どちらも土魔法の応用で作れるんだよ」

「相変わらずレイは物知りだね。さすがいつも本を読んでるだけあるね」


実は紙のことはともかく、インクの材料なんて知らなかったけど。

エルフの本に書いてあったから知っただけ。


もっとも、魔力のみを使った純正魔法のインクもあるみたいだったけど。

それを使うと、消したり書き換えたりすることができなくなるから、契約書類の不正防止に使うんだって。

そういう需要があるから高価なものらしいけど、ダンジョン作りには必要ないかな。

作るのも大変そうだし、普通に鉱石から作ったインクで十分だ。


そうして作った紙に、思いついたことを書き始める。


「なにしてるの?」

「やることをリストアップして、優先順位を決めるんだ」

「ふーん? よく分からないけど、なんだか難しそう……」


メリアは首を傾げながら、俺の書いている様子を見つめている。


「よし、できた」


俺は満足げに紙を眺めた。

この調子でやることを一つずつクリアしていけば、きっと理想のダンジョンが作れるはずだ。


「これは部屋の見えやすいところに貼っておこう」

「レイって本当に几帳面だよね。でも、そういうところ、好きだけど」


メリアはちょっと呆れたような、でも優しい目で俺を見ている。そっと手を伸ばして、俺の頭を撫でた。


「僕だって、ちゃんと計画立ててやってるんだからね」

「うんうん。アタシが見守ってあげるからね」


少し照れくさくなって、俺は書き上げたリストに目を落とす。

理想のダンジョンを作るため、やることはたくさんあるけれど、今の俺には時間がたっぷりとあるんだ。

一つ一つ、着実にこなしていこう。


***


月明かりの差し込む夜、両親は息子の練習用ダンジョンを訪れていた。

静かな足取りで部屋に入ると、壁に貼られた一枚の紙が目に留まる。

父親は紙に近づき、その質の高さに目を見張った。


「なんて綺麗な紙なんだ……。まるでミルクのように白くて、繊維の引っ掛かりが全くない。一体どうやったらこんな完全な紙をイメージできるんだ。書かれているインクの純度も素晴らしい。本当にこれをレイが一人で?」


わずかに声を震わせる。

手の届く距離まで来ても、触れることを躊躇うほどの完成度だった。

母親はどこか誇らしげにほほ笑んだ。


「ええ、そうみたいなの。もう本当にすごくて。魔法の精度もだけど、こうして自分の考えを紙にまとめておくなんて、子供の発想と思えないわ」

「どうやら本当に魔法とダンジョンが好きみたいだな。もしかして、私達の影響でレイの将来を決めてしまったんじゃないかと心配していたが……」

「その心配はなさそうね。レイちゃん、魔法もダンジョンも本当に大好きだもの」

「私に教えられる事はもう何もないのは少し寂しいが……」

「そうね。成長が早すぎるのは、ちょっと残念な気持ちもあるわね……」


二人の表情には、わが子の成長を喜ぶ誇らしさと、親離れしてしまうことの寂しさが混ざっていた。


「この分ならいつか私達の跡を継ぐ日も近いかもしれないな」

「私達のダンジョンに来る日も近そうね」

「そうだな。準備をしないといけないな」


父は懐かしむように天井を見上げた。


「最近では人間でも挑戦する者は少なくなってしまったからな」

「ふふ、私たちのダンジョンに誰かが来るなんて、いつぶりかしら」


月明かりに照らされた二人の表情には、かつての冒険者たちを迎えた日々の思い出が浮かんでいるようだった。

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