第17話 初級魔法マスターの道
魔法の修行を始めてから、魔法の力はどんどん成長していった。
最初は手探りだった魔力の扱いも、おばあさんから受け取った魔導書のおかげでだいぶわかるようになってきたんだ。
それに、おばあさんに教わって少しずつコツも掴んできた。
炎の魔法を使うとき頭の中に浮かんでいた、火のイメージ。
自分でそのイメージを作り出せるようになれば、魔導書がなくても魔法が使えるんだ。
時には呪文を唱えることで、そのイメージを補うこともできる。
今まではなんとなくの感覚でやっていたことも、理屈を知ることでよりはっきりと使えるようになる。
5回目のおばあさんとの修行で、俺たちはそれを完全にマスターした。
「では、今日はまず基本の……」
「おばあちゃん、もう全部覚えたよ」
「なんじゃと?」
おばあさんは聞き間違えたと思ったのか、首を傾げる。まだ5日目のはずなのに、と言いたげな表情だ。
「見ていて」
手のひらから火球を生み出し、円を描くように操る。そのまま水流を呼び出して、火を消す。地面から砂を集めて小さな城を作り、風で堀を掘る。
休む間もなく次々と魔法を繰り出していく。一つ一つの魔法を完璧に操りながら、魔導書に書かれていた内容を全て披露していく。
火と水を組み合わせた蒸気。土と風で作る砂嵐。そして最後は火花を自在に大きくしたり小さくしたり、魔力の制御まで見せた。
「これで全部」
汗一つかかずに告げると、おばあさんは硬直したように動きが止まっていた
「な、なんと……」
おばあさんは目を見開いて震えている。
「こんな天才は、ここ10万年の歴史の中でも聞いたことがない。恐るべき才能じゃ……」
最後には、「生きているうちにこんな奇跡を拝めるとは」と、まるで神様でも見るような目で俺のことを拝み始めた。
「お、おばあちゃん。そこまでしなくても……」
さすがに恥ずかしくて、やめてくれるようお願いした。
心配だったのはメリアの反応だ。弟の俺ばかりが褒められて、不機嫌になるかと思ったけど――
「すごいでしょ! 私の弟なんだから!」
むしろ姉として誇らしげだった。
確かにメリアも魔導書の内容をすべて覚えることはできなかったけど、身体強化の魔法は既に初級クラスを超えていたし、炎の魔法に関しては俺よりも威力が高い。
自分のほうが劣っている、という感じではないんだろう。
俺たちはそろって初級魔法を合格した。
どうやら魔導書の中身を全部覚える必要はなく、得意な魔法を見つけることが目的だったらしい。
むしろ、5日で初級魔法をすべてマスターできる方が、とんでもなく異常なことみたいだ。
「それにしてもお主には驚いたの。わしでも初級魔法をすべて同じように扱うことは出来ん」
「魔法を極めたおばあちゃんでも無理なの?」
「得意属性がある限り、どうしても偏りは生まれるものじゃ。
ちなみにわしが得意なのは土属性、その中でも樹や植物の成長といった植物魔法を最も得意としておる」
そう言いながら、小さな種を地面に落とした。
土の中から若芽が顔を出し、みるみるうちに幹が太くなっていく。
枝が伸び、葉が広がり、花が咲き、実がなる。
一本の立派な樹木に成長する様は、まるで何千年もの時間を数秒で進めているかのようだった。
そしてやがて葉が黄ばみ、幹が朽ち、最後には一粒の種を残して土に還っていく。
「おばあちゃんすごい」
「だてに長生きしておらんからの」
おばあさんの言うように、確かに俺には得意属性というのはなかった。
どの魔法も同じような精度と威力で使用できる。
メリアのように強力な炎を操ったり、おばあさんのように植物を自在に育てたりという特別な才能はないんだ。
でも、その代わりにどんな魔法でも安定して使える。
それが万能型なのか、単なる器用貧乏なのかは今の俺には分からないけど。
とりあえず初級魔法を網羅する分には問題なかった。
「植物魔法って、僕にもできるかな」
残った種を手に取り、おばあさんと同じように地面に落とす。
魔力を集中させ、さっき見たおばあさんと同じように流し込んでいく。すると――
「な、なんと!」
おばあさんが声を上げた。
俺の植えた種からも、同じように若芽が伸び、幹が太くなり、葉を広げ、花を咲かせる。
そして最後には、おばあさんの樹と同じように一粒の種を残して朽ちていった。
「ほっほっほ!」
おばあちゃんが笑い声をあげた。
今まで聞いた中で一番明るい声だった。
「この分では、1000年も修行すればわしなど簡単に追い越すじゃろうな。……もっとも、1000年も必要ないのかもしれんがの」
確かに1000年なんて想像もできないほど長い時間だ。
前世でも100年生きることは珍しかったのに、その10倍。
それだけの期間練習を続けたら、いったいどれほどの魔法が習得できるのだろう。
初級魔導書を卒業した俺たちは、中級魔導書を受け取った。
家に帰って早速開いてみたけど、こちらはさすがに難しい。
一行目を読んだだけで、強い魔力の消費を感じた。
今の実力では、まだ早いみたいだ。
とはいえ1ページは読める。ならあとはこれまでと同じように、地道に努力していくだけだ。
そうやって魔法の練習を続けていたある日のこと。
ふと、魔導書の文字に目が留まった。
今までは内容を理解するだけで精一杯だったけど、よく見ると文字にも規則性がありそうだ。
「この形は、火の魔法の時に必ず出てくるよな」
「こっちは水属性かな?」
「これは……魔力回路に関する文字みたいだ」
時間をかけて、少しずつ解読していく。
まるでパズルを解くように、一文字ずつ意味を探っていった。
そうして自分なりに解析を進めていくうちに、魔法文字がある程度読めるようになってきた。
「実は、魔導書の文字が読めるようになってきたんです」
ある時、おばあさんの家で魔法の練習をした後の休憩中に、俺はそう言った。
おばあさんの手元の茶碗がわずかに音を立てた。
「読めるようになった、と?」
まさか聞き間違いではないかと、おばあさんが確かめるように俺を見る。
「はい。最初は魔法を使う時のイメージから、少しずつ文字の意味を探っていって……」
説明していると、おばあさんはもう驚きも通り越したのか、ただ静かに頷くだけだった。
長い沈黙の後、深いため息をつく。
「それだけの才能があるのなら、そうなるのも道理じゃな。まさかこれほどの短期間で……などというのは、お主にはもう意味のない驚きなのじゃろうな」
一度部屋の奥に何かを取りに行くと、一冊の本を持って戻ってきた。
「魔法文字の入門書じゃ。これを読めば、魔法文字がわかるじゃろう」
「本当!? おばあちゃんありがとう!!」
「しかしお主は、魔法文字を扱うことの意味を分かっておるのか」
意味?
「よくわからないけど、読めると内容が分かりやすくていいよね」
実際、魔導書の理解が早くなったんだ。
「うむ。そうじゃな。しかしそれだけではない」
おばあさんは深い目で俺を見つめる。
「魔法文字を綴るという事は、すなわち、新たな魔法を創生できるということ……。世界に自らの理を書き足すこということなのじゃ」
そこで言葉を切ると、首を横に振った。
「いや、儂が言うことではないな。新たな才能を儂の手で摘むこともあるまい。種を蒔き、育てて成長させるのが植物魔法の本質。お主は気にせず学ぶがよい」
家に帰ると、魔法文字の入門書を広げる。
こちらは普通の本のように、気軽に読める。
とはいえ内容はこれまでの比にならないくらい難しかった。さすがに3日でマスターというわけにはいかなそうだ。
一歩一歩、じっくりと魔法文字を覚えていこう。
きっとその先に、新しい魔法の世界が広がっているはずだ。
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