第16話 魔法の師匠

「レイちゃんの才能はよくわかったわ。本当は危ないからもっと後からにしたかったけど、自分でそこまで覚えちゃうなら、隠しておくほうが逆に危ないものね」


そう言って母さんがため息をつく。

だけどその表情はどこかうれしそうにも見えた。


「明日から魔法を教えてあげるわ」

「ほんと!? やったあ!!」


母さんの言葉に俺は飛び上がった。

やっと認めてもらえたんだ。


「だけど大切な準備もしないといけないの。だから明日からにしましょう」

「準備?」

「ええ。レイちゃんのための、特別な準備よ」


特別な準備が何か気になったけど、これ以上は教えてくれそうにない。

仕方ない。明日を楽しみにすることにしよう。



メリアが帰って夕食の時間になると、父さんがリビングに姿を現した。

母さんから俺の魔法のことを聞いて、目を丸くして驚いた。


「自力で魔法を習得したのか!?」


母さんの説明に、父さんは驚いて立ち止まる。


「うん。隠してあった魔導書を見つけて読んだんだ。もしかして、勝手に読んだらダメだったかな……」

「いいんだよ。あの本はレイのために取り寄せたものなんだ」

「え?」

「いつか魔法を覚えたいって言い出すと思ってね。その時のための初級魔導書さ」


そう言って父さんは頭を撫でてくれた。

でも、すぐに何か思い出したように眉を寄せる。


「でも、あの魔導書には身体強化までは書かれてなかったはずなのに……」

「メリアが無意識のうちに魔力で身体強化をしてたから、それを見て真似てみたんだ」

「見ただけで身体強化を……?」


父さんは溜息をつくと、ソファに深く腰を下ろした。


「そうか……」


なぜか肩を落として残念そうな表情を浮かべている。

やっぱり勝手に覚えたのはまずかったのだろうか。


「筋肉は大切なんだぞ。魔力に頼るなんて……。せっかく毎日一緒に鍛えていたのに……」


全然関係なかった。

父さんはどこまでいってもやっぱり父さんのままだな。

けどその落胆ぶりにどこか申し訳ない気持ちになったので、フォローしておくことにした。


「大丈夫、筋トレは続けるよ」

「本当か!?」


父さんの顔が明るくなった。


実際、魔力で体を強化すると消費量が激しくて、長くは持たないんだ。

今でこそ慣れてきたけど、使いすぎれば頭が痛くなるし、魔力が尽きれば気絶することだってある。


あの炎のイメージが頭の中を渦巻いた時のことは、まだはっきりと覚えている。

頭の中にあふれた魔法のイメージが暴れまわって、まるで体を蝕まれているみたいだった。


母さんが魔法は危険だと言っていたのは、つまりはああいうことなんだろう。

確かに慣れないうちは危険だ。

自分の中の魔力量や、効率的な使い方にも、まだまだ改善の余地がある。

覚えたいことはいっぱいだ。早く明日にならないかな。




そして次の日。

部屋で魔法の練習の準備をしていた。


今日からは母さんに教わるんだ。

きっと今までよりもずっと凄い魔法を教えてもらえるはず。

それとも、効率的な魔力の使い方になるのかな。

母さんが料理をしてるの時の魔力の動きは、本当に静かで自然なんだ。

俺もいつかあんな風に扱えるようになりたい。


いったいどんな修行になるんだろう。

そわそわしている俺の横で、メリアも何だか落ち着かない様子で本を手に取ったり置いたりしていた。


そこへ母さんと父さんがやってきた。


「レイちゃん、準備はできた?」

「うん! 今日はどんな練習をするの?」


母さんは優し気な微笑を浮かべた。

さっそく始まるんだな。

たくさんの質問を用意していたけど、母さんの次の言葉で全てが吹き飛んだ。


「今日は外に行きましょう」

「えっ?」


突然の言葉に、頭が真っ白になる。


「外って……家の外!?」

「もちろんよ」


まさか家の外に出られるなんて!

魔法の練習だと思って準備していたのに、こんな展開になるなんて思ってもいなかった。

思わず心臓が跳ね上がる。


「よかったね、レイ!」


隣でメリアも嬉しそうに笑ってくれた。まるで自分のことのようにうれしそうだ。


玄関の扉が開いた瞬間、森の香りが押し寄せてきた。

生まれて初めて感じる外の空気。土の感触。太陽の温もり。

今まで窓越しに見ていた景色が、全然違って見える。


「ああ……」


感動で声が震える。

外だ。俺は今外に出ている。

生きているって、こんなにも素晴らしいことなんだ!


「もう、大げさねぇ」


母さんに笑われてしまったけど、この気持ちは大げさでも何でもない。

ずっとこの日を夢見てきたから、夢がかなって本当にうれしいんだ。


家の外にはメリアの両親も来ていて、みんなで一緒に村の中を歩いていくことになった。


メリアの両親は二人ともくすんだ緑がかった髪をしている。

メリアの鮮やかな赤い髪とは大違いだ。


以前に会った時も気になっていたけど、エルフの遺伝ってどうなっているんだろう。

メリアに聞いてみてもいいけど、あまり聞かない方がいい話かもしれないし……。

そもそもエルフに、血のつながりとか、夫婦の在り方とか、そういうことを気にする考え方があるのかも分からないけど。


あとで母さんにこっそり聞いてみようかな……。

父さんは……なぜか信用度が低いんだよな。なんでだろうか。


そんなことも、村の中を歩き始めればすぐに気にならなくなってきた。

初めて見る家々に目を輝かせ、きょろきょろと落ち着かない俺を見て、メリアは呆れたように笑った。


「もう、勝手にどこかに行っちゃダメだからね」


そう言って、しっかりと俺の手を握ってくる。

まるで落ち着きのない弟を見守るしっかり者の姉みたいだ。

実際メリア本人はそう思ってるんだろうけど。


それぞれの家族が後ろから、そんな俺たちの様子を微笑ましく見守っていた。

ふと気になったけど、みんなから見ると、俺たちってどんな風に映るんだろう。

もしかして、将来は……なんて考えられているのかな。


でも、メリアはそういう存在には感じない。

ずっとお姉ちゃんだと言われ続けてきたから、本当にお姉ちゃんなんだ。

きっとメリアもそう思っているはず。いつもそう言ってるし。


ふとメリアの横顔を覗き込むと、同じことを考えていたのか、丁度メリアも俺の方を見た。

二人で顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。


「アタシはお姉ちゃんだからね?」


それはきっと、その言葉通りの意味なんだ。

改めて確認しただけ。だから俺も静かに頷いた。


「今はまだね」

「あっ、それどういう意味?」

「いつか絶対腕相撲で勝って、僕がお姉ちゃんになるから」

「レイのくせに生意気!」


突然のケンカに、後ろを歩く両親たちが心配そうな顔を見せる。


「レイちゃんがお姉ちゃんになりたいってどういう意味かしら?」

「これが新しい世代という事かな……」

「私たちがあれこれ言うことではないのかもしれないですが……」

「成長が早すぎるのもやはり考え物なのかも……」


なんだか妙な勘違いをされている気がするなあ……。




家々の間を抜けて歩いていくうちに、だんだん周囲に建物が少なくなってきた。

木々が生い茂る方へと向かっているみたいだ。

そういえば、どこに向かっているんだろう。

今まで外に出られた喜びで頭がいっぱいですっかり忘れていたけど、元々は魔法を教えてくれるって約束だったはず。


「ねぇ、お母さん。どこに向かってるの」

「もうすぐ着くから心配いらないわよ」


そう言われてもうしばらく歩いていると、やがて森の奥に一軒の小さな家が見えてきた。

木々に囲まれた、まるで童話に出てきそうな家だ。


「ここが魔法使いのおばあさんのお家よ」


母さんの言葉に、思わず足が止まる。魔法使いのおばあさん?

家の前に立つと、何もしてないのに自然と扉が開いた。


中から小柄な老婆が姿を現す。

色素が抜けた落ちたような真っ白の長い髪に、深いしわの刻まれた優しい表情。

でも、その瞳は若々しく輝いていた。

おばあさんは俺とメリアを見て、目を見開いた。


「おやおや……さすがは『金色』のハイエルフの御子息と、10000年ぶりの『炎髪』。どちらもとんでもない魔力量じゃ」


おばあさんは楽しそうに笑った。

不思議そうに立ち尽くす俺とメリアに、母さんが微笑みながら教えてくれる。


「この方は、ハイエルフのマクガウェル様よ。魔法を極めた方で、今でもエルフの里で私たちに魔法を教えていらっしゃるの」

「まあまあ、昔のことは置いておきなさい」


おばあさんは穏やかに微笑む。


「数え切れないほどの歳月を生きてきたからのう。15000まで数えたあとは、年を数えるのは止めてしまったわい」


そういって軽やかに笑う。

15000年なんて、想像もできない途方もない年月だ。

背筋が自然と伸びてしまう。


「それで、わしに見てほしいというのはこの二人のことかの?」

「はい。よろしくお願いします」

「ではまずはお二人の腕前を見せてもらおうかの」


そう言って、懐から水晶のようなものを取り出す。

おばあさんがそれを空中に放つと、水晶はひとりでに浮き上がり、俺たちの目の前にとまった。


「それは、いわゆる魔力測定器じゃ。それはあらゆる魔力を吸収し、どれだけの魔力が込められていたのかを表示する。まずはそれに向かって魔法を使ってみるのじゃ」

「任せて!」


メリアが真っ先に名乗りを上げた。やけに張り切っているな。


メリアは俺のようにいろんな魔法を使いこなすことはできない。

炎の魔法だけなら魔導書を読みながらだと使えるけど、それ以外は全然なんだ。

だけど、その炎の魔法は俺よりもはるかに強力だ。


「炎よ出でよ」


短い呪文を一言つぶやくと、とんでもなく巨大な炎の玉を生み出して、それを水晶に向けて放った。

炎は一瞬にして水晶に吸い取られてしまったけど、水晶はまるで太陽のように強く光り輝いた。


だけど、おばあちゃんが注目したのは別のところだった。


「ふむ。お嬢ちゃんは身体強化魔法も得意なようじゃの。その水晶を全力で握ってくれんかの」

「にぎればいいの?」

「うむ。壊すつもりで握るのじゃ」

「わかった!」


メリアは容赦なく水晶を握る。

魔力測定器が強く光り輝き、ヒビが走った。


「なんと……。魔力測定器にひびを入れるとは……とんでもない魔力量じゃ……」

「へへん!」

「まだ5才にもなっておらぬのにこれほどとは……」


おばあさんは感心したように呟く。

メリアの両親もなんだか嬉しそうだった。


「では次は坊ちゃんの方じゃな。遠慮せずに全力で魔法を使ってくれて構わぬよ」


おばあさんがそういうと、ヒビの入った水晶はあっという間に元に戻った。

確かにこれなら遠慮はいらなそうだ。


「炎よ出でよ」


手のひらから炎を生み出して水晶に放つ。

炎はすぐに吸収されて、強く光り輝いた。


「ほう、坊ちゃんのほうもすさまじい魔力じゃの。嬢ちゃんには及ばぬが、それでも……」

「水よ出でよ」


今度は噴水のような水流を生み出して、水晶に向けて放つ。

水晶がさらなる強い光を放ち、水晶に亀裂が走った。


「おお、なんと……」

「土よ出でよ」


巨大な岩石を生み出して投げつける。

その後、さらに風の刃を生み出して打ち出した。


水晶でできた魔力測定器は、俺が魔法を使うたびに電球のように光り輝いた。

そして最後の魔法を使うと、ひときわ強い光を放って、粉々に砕け散った。


あっ。

やりすぎちゃった、かな……


魔法を使えることがうれしくて、つい張り切ってしまったかもしれない。

メリアが目立っててついうらやましくなったのもあったかも。


怒られるかもしれないと思って恐る恐るおばあさんを見ると、おばあさんはうれしそうな笑い声をあげた。


「ほっほっほ。いやはや、まさかその年で四元素魔法をすべて扱えるとは……。とんでもない才能じゃ」

「そうなんですか?」

「どんな生物にもそれぞれ得意な魔法がある。4属性を扱えば必ず偏るものじゃが、魔力数値はどれもほぼ同じ……。無属性魔法か、あるいは……」


そう呟いて、すぐに首を振った。


「ふむ、決めつけてはいかんの。それはこれからわかること。魔法は常に自由であらねばな」


そう告げると、俺たちの両親のほうに向き直る。


「それでは約束通り、二人には魔法の使い方を教えていこうかの」


そういっておばあさんは家の中に戻ると、一冊の古めかしい本を手に戻ってきた。


「これは初級魔法の魔導書じゃ」


本を俺たちに渡しながらおばあさんが続ける。


「まずはここに書かれている事をすべて覚えることじゃ。覚えるのは魔法だけではない。魔力を増やすこと。それと効率的な魔力の使い方を学ぶことじゃ。まあ、おぬしらほどの才能があれば、100年ほどもあれば終わるじゃろうがの」


そう言ってまた朗らかに笑う。


俺とメリアは顔を見合わせた。

初級魔法なんかに100年も?


メリアも同じことを考えたらしい。

100年も必要ない。最速で終わらせて驚かせてやろう。


俺たちはそんなことを思い、密やかな笑みを浮かべあった。

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