第12話 身体強化魔法
「レイ、おはよ!」
いつも元気な声で挨拶するメリアだけど、今日も俺の手は握ってくれない。
危ないことはもうしないと約束したけど、まだ完全には信用してくれていないようだ。
しかたないから、今は一緒に家の中を探検したり、トレーニングの真似事をしたりしている。
たまに父さんも混ざって一緒にしていたから、父さんはうれしそうだった。
なんだかんだでメリアも体を動かすのは好きだから楽しそうだ。
そうやってメリアの目の届くところで、地道に体を鍛えながら、1人の時はちゃんと魔力の訓練も続けている。
といってもちゃんと約束は守って、危険なことはしていない。
前のように魔力を体の中で集めて、手のひらから打ち出す。その繰り返しだ。
最初は本当に小さなことしかできなかった。
あの日、初めて魔力を飛ばした時は、立てかけた板を倒すのがやっとだった。
それも、魔力をたくさん使いすぎて気絶してしまうほど。
次に試したのは、絵本を動かすことだった。
一番薄い絵本でも、最初は揺らすことさえできなかった。
でも、毎日少しずつ練習を重ねていくうちに、倒せるようになった。
薄い絵本が動かせるようになったら、今度は少し厚めの本に挑戦。
やっぱり最初は全然歯が立たなかったけど、やがてこれも倒せるようになってきた。
そうすると絵本を2冊重ねて立てる。それもできるようになったら3冊、4冊と増やしていく。
そうやって動かせる重さが増えていく。
それに気絶することも減ってきた。体が魔力に慣れてきたのかもしれない。
「ずいぶん上手くなったな」
絵本を魔力で動かしながら、俺はつぶやいた。
どうも体の中の魔力の流れが、変わってきたみたいなんだ。
魔導書を読んだ時の体験が、体に何か特別なものを残していった感じがする。
まるで体の中に通路が作られたかのように、魔力が自然と流れるんだ。
「もしかして、これがいわゆる魔力回路というやつなのかな」
以前なら適当に飛び散っていた魔力が、今では決まった道筋を通るようになってきた。
体の中に張り巡らされた見えない回路を、魔力が静かに巡っていく。
集めた魔力を一度その回路の中で巡らせてみる。
体の中を一周させてから、手のひらに集中させる。
すると、今までより遥かに濃い魔力が、まるで水が流れるように自然と集まってきた。
そういえば母さんも、魔法を自然に操っていた。そうか。こうやっていたんだ。
これまでは無理やり押し出すように魔力を使っていたけど、回路を通すことで魔力が整えられ、より扱いやすくなる。
これが本来の魔法使いの方法なんだ。
手のひらに集まった魔力を解き放つと――
「うわっ!」
積み上げた10冊の絵本が、一気に壁まで飛んでいった。
今までにない手応えに、思わず声が出る。
でも……
これを利用すれば、もっとできるはずだ!
俺は魔力を吹き飛ばすのではなく、粘土のように形作って、吹き飛ばした図鑑を包み込んだ。
そしてゆっくりと、こちらに引き寄せてくる。
「んぎぎぎぎ……」
重い。
額に汗が滲む。頭の中で血管が破裂しそうになる。でも諦めない。
これまで自分の手では持ち上げるのも一苦労だった重い図鑑が、少しずつこちらに近づいてくる。
最後の力を振り絞って、図鑑を手元まで引き寄せた瞬間、力尽きて床に倒れ込んだ。
「はあっ、はあっ……」
全身が汗まみれで、息切れもひどい。しばらく立ち上がれそうもない。
でも、以前のように意識が遠のくことはない。
むしろ自分の体の状態がはっきりと分かる。
魔力を使い切った後の、心地よい疲労感。
体の芯のさらに奥から温かくなっているのを感じる。
「こんなに魔力を使っても、気絶しなくなったんだ」
床に寝転がったまま、天井を見上げる。
以前なら、この程度の魔法でも動けなくなっていた。
今では数分休めば回復できるようになってきている。
それも魔力回路のおかげだろうか。
「でも、まだまだだな……」
魔力を操作するだけじゃ大したことはできない。
物を動かしたり押したりするくらい。
早く母さんみたいに、ちゃんとした火の魔法とか使えるようになりたい。
床に倒れたまま心地いい疲労感を感じる。
その時ふと、自分の周囲に魔力が漂っているのを感じた。
実は、魔力回路を意識し始めてから、今まで気づかなかった変化にも気がつくようになったんだ。
自分の魔力の流れを感じ取れるようになったことで、周囲の魔力にも敏感になってきたというか。
今まではあまりそのことを気にしてなかったけど。
「もしかして、自分の魔力を追いかければ……」
最初は自分の出した魔力がどこまで届くのかを確かめる実験から始まった。
目を閉じて、放った魔力の行方を追ってみる。
すると不思議なことに、魔力の軌跡が頭の中に浮かび上がってきた。
まるで見えない糸を手繰るように、魔力の流れを感じ取れるようになった。
その感覚を磨いているうちに、今度は自分以外の魔力も感じられるようになってきた。
母さんが料理をする時、火を操る微かな魔力が台所から漂ってくる。
父さんの書斎からは、いつも静かで落ち着いた魔力が流れ出している。
さらに練習を重ねると、魔力の質の違いまで分かるようになってきた。
母さんの魔力は温かく柔らかい。父さんのは深くて重厚な感じがする。
それぞれの魔力には、その人らしい特徴があるんだ。
「これって、目を閉じていても魔力のある場所が分かるってことじゃないか」
気づいた時には、もう家の中の魔力の流れが手に取るように分かるようになっていた。
こんな風に魔力を感じ取れるようになるなんて、少しずつだけど確実に成長しているんだな。
静かな部屋で魔力の感知を試していた時、突然とてつもない魔力の気配が襲ってきた。
なんだこれは……やばい……
本能が警告する。
この存在に逆らってはいけない。
自分より次元が上の存在だ。逆らってはいけない。
本能が繰り返し警告した。
廊下を歩いてくるその存在からは、まるで光が溢れ出るような魔力が放たれている。
父さんや母さんの魔力とは比べものにならない。
というより、二人の魔力を足し合わせても及ばないほどの強さだ。
「こんなに強い魔力、いったい誰が……」
足音が近づいてくる。魔力の気配も強くなる一方だ。そして――
扉が開き、メリアが顔を覗かせた。
「レイ、今日も練習?」
いつもの明るい声。いつもの笑顔。
でも、その姿から溢れ出る魔力の量は尋常ではない。
今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
「メリア、もしかして……魔法の天才なの?」
思わず口にした言葉に、メリアは目を丸くする。
「え? どういうこと?」
一瞬の驚きの後、メリアの顔がパッと輝いた。
「よくわからないけど、やっぱりアタシはお姉ちゃんってことね!」
いつもの調子に乗った様子に、思わず笑みがこぼれる。
メリアの周りの魔力が、まるで喜びを表現するかのように、きらきらと輝いていた。
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