第11話 魔力と体の関係
「絶対ダメ!」
もう一度書斎に入って魔導書を読もう、と言ったところ、メリアが両手を広げて立ちはだかった。
「大丈夫だって。今度は注意するから」
「この前みたいに気絶したらどうするの!」
メリアの声は震えていた。
本当に心配してくれているんだ。
でも、もう一度あの魔導書を読まないといけないんだ。
「今回は違うよ。前は魔力を使い切った状態で読んじゃったから具合が悪くなったんだ」
昨日は魔法で扉を作り、魔力を消費した状態で魔導書を読んだのがいけなかった。
でも今度は全回復の状態だ。
説明する俺に、メリアは疑わしそうな目を向けてくる。
「うーん……」
「お願い! メリアお姉ちゃん!」
「!!」
メリアの目がキラッと輝いた。
「も、もう一回言って?」
「お願いメリアお姉ちゃん!」
「よし、特別に許可してあげる!」
満面の笑みで許してくれた。ちょろすぎる。
自分で言っといてなんだけど心配になってきたな……。
「そのかわり、約束して。少しでもおかしくなったら、すぐに止めるって」
「わかった。約束する」
俺は右手の小指を立てる。
メリアも小指を出し、固い約束を交わした。
やがて書斎に移動し、小さな扉を作った。俺たちがくぐれるギリギリくらいの大きさだ。
前回の反省を活かして、極力魔力の消費を抑えたんだ。
「ほら見て、扉も小さくしたでしょ?」
「レイのくせに賢いじゃない」
「まあね」
「でも! 少しでもおかしくなったら即座に中止! いい?」
「もちろんだよ」
書斎に入ると、昨日見た魔導書がすぐに目に入った。
昨日見つけた位置に戻されている。きっとメリアが片付けてくれたんだろう。
本を手に取り、深く息を吸う。
手が震えているのは、興奮と恐怖と、両方のせいだろう。
メリアの心配そうな視線を感じながら、ゆっくりとページを開いた。
一行目の文字が、まるで生き物のように蠢いていて見える。
不思議な感覚だ。読めないはずの文字なのに、頭の中に炎のイメージが広がっていく。
この本はどうやら火の魔法について書かれているみたいだ。
文字が頭の中で踊るように、次々とイメージが浮かんでくる。
まるで目の前で炎が渦を巻いているかのよう。赤と橙の炎が、美しい模様を描いていく。その様子に見とれていると――。
「レイ? 顔色悪いよ?」
メリアの声が遠くから聞こえる。
「まだ……大丈夫……」
「もうだめ! 止めなさい!」
「あと少し……」
その言葉が最後だった。
「レイ!」
メリアの悲鳴が聞こえた気がした。
その直後、意識が闇に沈んでいく。
「……っ! レイ! レイって!!」
目を覚ますと、またしてもベッドの上だった。
メリアが涙目で睨みつけてくる。
「約束したのに! 約束したのに!」
メリアが目に涙をいっぱいにためながら叫ぶ。
「ごめん……」
「バカバカ! レイのバカ! もう知らない! レイが危険な目にあうようなこと、二度と手伝わない!!」
そういって、ベッドに横たわる俺の体に顔を押し付けた。
「メリア……」
泣いてるメリアを慰めようと体を起こすと、急にめまいがして体が横に傾いた。
そのままベッドの外に落ちそうになる。
「レイ!」
メリアが飛び起きて、俺を支えてくれた。
「もう! 起き上がることもできないくせに無理して!」
怒ってたはずなのに、慌てて助けてくれるメリア。
「ごめんね」
「ほら、ちゃんと横になって。まだ回復してないんでしょ」
「うん」
ベッドで横になって体力を回復しているうちに、空が茜色に染まってきた。
そのあいだメリアはずっと俺のそばにいてくれた。
「そろそろ帰らなきゃ」
「うん、そうだね」
「それより……」
立ち上がったメリアが、急に真面目な顔になる。
「危ないことは、もう絶対しちゃダメなんだからね」
「分かった。約束する」
「本当に?」
「本当だよ。信じてくれないの?」
メリアは黙ったまま、じっと俺の顔を見つめている。
その目には不安と疑いが混ざっている。無理もない。この数日で二回も気を失って、メリアを心配させてしまったんだ。
さすがにもう手伝ってはくれないよね……。
落ち込んでうなだれる俺に、やがてぽつりと言葉がかけられる。
「じゃあ、もう一回約束しよ」
メリアは唇を尖らせながら、立てた小指を向けてきた。
俺も小指を立てて、メリアの指と絡める。
「約束する。もう危ないことはしない」
「ほんとだよ?」
「ほんとだよ」
ようやくメリアの表情が和らいだ。
「じゃあ、また明日ね」
やっと安心したのか、メリアはいつもの明るい笑顔を取り戻して帰っていった。
その背中を見送りながら、今度こそ心配させないようにしないと、と心に誓った。
***
その夜の食卓。
母さんの手料理の香りが漂う中、俺は決意を固めて切り出した。
「お母さん、お父さん。僕魔法の練習がしたい」
父さんの箸が止まる。
「おお! レイもそんなことを興味を持つようになったのか。それじゃあ──」
「駄目よあなた」
母さんの声が、優しくも毅然とした調子で父さんの言葉を遮った。
「レイちゃんには、まだ早いわ。魔法は危険だもの」
「どうして危険なの?」
母さんは一瞬ためらいの表情を見せ、それから静かに説明を始めた。
「魔力というのはね、使う人の体に負担がかかるの。特に子供は影響を受けやすくて……」
母さんは言葉を選ぶように、少し間を置いて続けた。
「大人になって体ができあがっていれば大丈夫だけど、子供の時は魔力の力に体が負けてしまうの。だから、体が十分に成長するまでは、とても危険なことなのよ」
「そうだぞ、レイ」
父さんも真面目な顔で頷く。
「だからこそ、筋トレが大切なんだ」
本当かなぁ。父さんは脳筋だからな。
でも、俺が半信半疑な様子を見せていると、母さんが優しく微笑んだ。
「ごめんね。意地悪を言ってるんじゃないの」
母さんが優しく俺の頭をなでる。
「レイちゃんに魔法の才能があるのは分かっているわ。だから本当はすごく教えてあげたい」
テーブルの上で、母さんの手が少し震えている。
「でも魔力が危険なのも本当なの。強すぎる魔法は、そのイメージだけで術者の心を焼き尽くしてしまう……。体が魔力に負けないくらい成長したら、必ず魔法を教えてあげる。だから、それまで待ってて」
その言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
「……うん、わかったよ」
「ありがとう。やっぱりレイちゃんは賢しこくて、優しいわね」
そういって母さんが抱きしめてくれる。
確かにこの前の魔導書のこともあるし、魔力を使いすぎれば気を失ってしまう。
母さんの言うことにも一理ありそうだ。
その後、父さんと筋トレをしながら、魔導書についてこっそり聞いてみた。
魔導書は魔法の文字で書かれているため、魔力がないと読めないのだという。
だから俺が間違って読むことのないように、鍵のかかった書斎に保管していたんだそうだ。
やっぱり予想通りだった。
子供の今は読めなくて当然ってことみたいだ。
残念だけど、今は体を鍛えることに専念しよう。
早く魔法を教えてもらいたい一心で、父さんと一緒に筋トレに励んだ。
体を鍛えることで魔力への耐性が付くなら、それまでは地道に頑張るしかない。
トレーニングが終わると、母さんがデザートのプリンを持ってきてくれた。
疲れた体に、控えめな甘さが染みわたる。
母さんの期待に応えるためにも、少しでも早く成長しないとな。
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