第10話 隠された魔導書

魔法の扉で外に出るのはやめることにした。

外に出るときは、ちゃんと母さんに認めてもらってからにするべきだ。


「……そういえばこの扉どうしよう」


今も壁には外につながったままの扉が開いている。

このままだと父さんや母さんに見つかってしまう。

勝手に外に出る扉を作ったなんて知ったら驚くんじゃないだろうか。もしかしたら怒られるかも……。


そう思っていたら、魔法の扉は徐々に薄くなり、やがて完全に消えてしまった。

メリアもその様子を不思議そうに見ていた。

触って確かめてみても、特に変わった様子はない。完全に元に戻っている。

魔法だから効果は一時的なのかな。


おかげで助かった。

タンスとかを移動して隠さないといけないかと思ったけど、その必要はなさそうだ。

扉を使って外に出るのはあきらめたけど、実はもうひとつ思いついた方法があるんだ。


「メリア、4階に行ってみない?」

「4階なんてあったっけ?」


4階に通じる階段は、閉ざされた扉によってふさがれているんだ。

両親が決して入れようとしない、あの不自然な扉の向こうに、きっと何かあるはずだ。


「父さんも母さんも、あそこのことを聞くと話を濁すんだ。絶対何かあるはず」

「確かに面白そう!」


メリアの目も好奇心で輝く。

やっぱりメリアも気になるよね。あんな不自然な作りの扉なんだから。


俺とメリアは階段を上がって、4階への道をふさいでいる急ごしらえの扉の前にやってきた。

明らかに後から作って足したような扉だ。きっとこの先には隠された何かがあるはず。


メリアと手をつなぐ。

小さな手から伝わる温もりと共に、魔力が集まってくるのを感じた。

今までよりも繊細な作業になりそうだ。大きすぎる扉を作ってしまうと、後で跡が残るかもしれないし。


「メリア、準備はいい?」

「もちろんいつでもいいよ!」


目を閉じて意識を集中させる。

扉に馴染むように、出来るだけ小さな扉を作らないと。

二人分がやっと通れるくらいの大きさ。色も、元の板の色に似せて。

魔力が指先に集まってくる。ゆっくりと形を整えながら、壁に溶け込むように扉を作っていく。


「できた……」


二人の身長よりちょっと高いくらいの扉が、まるでずっとそこにあったかのように自然に浮かび上がった。

イメージしたとおりの扉が現れていた。

これが、魔法……。

メリアと顔を見合わせ、小さくうなずく。


「入ってみよう」


取っ手に手をかけ、そっと開く。

開いた扉の向こうは、まっくらな階段が続いていた。

普通なら明かりを放つ水晶があるのに、ここには何もない。


「なにかありそうだね」


メリアの声が少し弾んでいる。

俺も同じことを思っていた。

こんなに厳重に隠されているんだ。きっと、すごいものが隠してあるに違いない。


一歩、また一歩。

暗い階段は危険だとわかっていても、つい歩くスピードが速くなってしまう。

魔法の道具かもしれないし、珍しい本かもしれない。

それとも、この家の秘密が……想像するだけでワクワクしてくる。

俺の気持ちに気付いたのか、転ばないようにメリアが手をしっかり握ってくれた。


階段を上り切ったところで、壁にぶつかった。左右に続く廊下もない。

いきどまり……?

驚く俺に、メリアが声を弾ませた。


「ここにも扉を作ってみようよ!」

「それだ! ナイスアイディア!」

「ふふん、お姉ちゃんだからね」


もう一度魔力を集中させ、新しい扉を作り出す。

今度は大きめに。どんな発見が待っているか分からないから。

ゆっくりと扉を開けると、そこには──


「外……?」


眩しい陽射しに、思わず目を細めた。

高い場所から見るエルフの村は、3階の窓からよりもずっと遠くまで見渡せる。

でも、それだけ。他には何もない。


「あれ、本当に何もないの?」


期待していた秘密の部屋も、不思議な道具もない。

ただの行き止まりの壁。

3階の階段を封じていたのは何かを隠すためじゃなくて、単に行き止まりだからだったのか。


なんでこんな階段を作ったのかわからないけど、設計ミスか何かなのかな……。

メリアと顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。

こんなに期待して登ってきたのに、拍子抜けもいいところだ。


3階に戻ろうとしたところで、急に足元がふらついた。

階段を降りようとした瞬間、体が前のめりに倒れる。


「……あれれ」

「レイ!」


倒れそうになった俺を、メリアが慌てて支えてくれた。

また魔力を使いすぎちゃったのかな……。

頭が痛い。最近は魔力も増えてきたつもりだったのに、実際に魔法として使うとなると、やっぱり別格みたいだ。


「大丈夫、自分で、歩けるよ……」

「レイはそうやってすぐ嘘つく! お姉ちゃんは騙されないよ!」


そういってメリアが俺の体を抱え上げる。

その仕草は慣れたもので、まるで軽い荷物を運ぶような自然さだ。

体格はほとんど変わらないのに、メリアの腕の中では全く重さを感じさせない。


自分だったらとても無理だろうな。メリアを抱き上げるなんて想像もできない。

やっぱりメリアは特別なのか、それとも単に俺がひ弱すぎるのかな。

考えているうちに、もう3階の部屋まで運ばれていた。


「はい、ここに横になって。それからお水、ゆっくり飲んでね」


部屋に連れてきた俺を、メリアがてきぱきと世話をしてくれる。

その動きは慣れたものだ。考えてみればいつも倒れた時は世話になってるもんな。


「いつもありがとうメリア」


素直な気持ちを口にすると、メリアは得意げに胸を張った。


「お姉ちゃんだもん、当然でしょ!」


何度も聞いた言葉なのに、フラフラの疲れた頭には特別頼もしく聞こえた。

いつも傍にいてくれる存在の有難さを改めて実感する。

もうこのあいだみたいなことは、しないようにしないと。


実は他にもいくつか、鍵のかかった気になる部屋があったけれど、メリアに今日はもう休むように言われた。

普段なら反論するところだけど、素直に従うことにする。

今の疲れた体では、新しい発見どころじゃないだろう。



次の日。メリアはいつもより早く家にやってきた。

さっそく新しい場所に行こうという俺に、メリアお姉ちゃんの厳しい指導が始まる。


「昨日は一日で何回も魔法を使ったから倒れちゃったでしょ。だからあの魔法は1日2回までだよ」


断固とした口調で言うメリア。

今まで見せたことのない、本気の表情だ。


「でも、もう大丈夫だよ。昨日は疲れてただけで……」

「ダメ! 約束を守らないと手伝ってあげないからね!」


俺はしぶしぶ頷いた。

この魔法はメリアが手伝ってくれないと使えない。

昨日、こっそり一人で試してみたけど、全然駄目だったんだ。


「行きと帰りでちょうど2回。1日1部屋しか入れないってことだね」


自分の言葉に自分で頷きながら、どの部屋を調べようかと考える。


「じゃあメリア、行きたい部屋があるんだ」


そう言ってやってきたのは、3階にある重厚な扉の部屋。

他の扉とは明らかに違う分厚い木材で作られていて、いつも鍵がかかっている場所だ。


「父さんが時々入るんだけど、後をつけて入ろうとしても、すぐ見つかって追い出されちゃって」

「なんの部屋なのかな」

「だから今日はここを調べてみたいんだ」

「わかった。いいよ」


メリアと手を繋ぎ、新しい扉をイメージする。


「まずは小さな扉を作って……」


子供の俺たちが屈んでようやく入れるような、小さな扉が現れた。

外から見えないように布をかけて隠すことも忘れない。

それから取っ手に手をかけると、深呼吸をしてゆっくりと開いた。


扉の向こうは、書斎だった。

壁の一面を埋め尽くすように、天井まで届く本棚が並んでいる。

中にはたくさんの本が隙間なく詰め込まれていた。

絵本とか植物図鑑とかもあるけど、今まで見たこともなかった本も多い。


「すごい……」


思わず声が漏れる。

難しい本が多いからか、メリアはあまり興味がなさそうだった。

でも俺は、どの本から手に取ろうか迷うくらい心が躍った。


手に取った本をパラパラとめくっていく。

難しい単語がたくさん並んでいて、すぐには理解できそうにない。

でも問題ない。読めるようになるまで練習すればいいだけだ。


どの本を読もうかな。

持ち帰りたい気持ちもあるけど、さすがに無くなったらバレてしまう。

でも、これだけあるなら1冊くらいは……。


そんなことを考えながら、次々と本を開いて中身を確認していく。

その時、一冊の本が目に留まった。

他の本と違って、背表紙の文字が見慣れない形をしている。


「なんの本だろう」

「あ、それ魔法の文字だよ」


メリアがのぞき込んでくる。


「うちにも何冊かあるの。魔法の使い方が書いてある本なんだ」


魔導書――


思わず息を呑む。

これを読めば、もっと色んな魔法が使えるようになるかもしれない。


急いで本を開く。

最初の一行に目を通した途端、不思議な感覚に襲われる。

見たこともない文字で、読み方もまったく分からない。もちろん意味なんて想像もできない。

なのに、なぜか意味だけが分かるような気がした。

炎のような、渦巻く蛇のような、見たことも聞いたこともないイメージが頭の中に流れ込んでくる。なんだこれ。


その時、視界が揺らめき始めた。

体の芯から力が抜けていく。


「レイ!」


メリアの声が遠くなっていく。

意識が燃え盛る炎の闇へと沈んでいった。




気がつくと、柔らかなベッドの上だった。

いつの間にかリビングのベッドに寝かされている。

メリアが連れてきてくれたに違いない。


「もう、心配したんだからね!」


隣で椅子に座っていたメリアが、すぐに俺の顔を覗き込んでくる。

本当に心配していたんだろう、目が少し潤んでいた。


扉が消える前に倒れたのが不幸中の幸いだった。

もし扉が消えた後で倒れていたら、メリア一人では俺を運び出すことさえできなかっただろう。


「ごめんね」

「レイは弱いんだから、無理しちゃダメだよ!」


メリアは怒っていた。

言葉は厳しいけれど、手で俺の額を拭う仕草は優しい。

俺はもう一度謝りながら目を閉じた。


魔導書の文字を読んだだけなのに、急に倒れてしまった。

でもあの意識を失う時の感覚は、魔法を使いすぎて魔力切れを起こしたときに似ていた。

きっと魔導書を読むには魔力を使うんだ。

魔法の本なんだから、そういうこともあるだろう。


だったら、対処法はある。


そんなことを思いながら、俺の意識は夢の中に落ちていった。

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