第9話 秘密の弟妹の力

「おはよー! レイ!」


次の日、メリアはいつも以上に元気よく部屋に飛び込んできた。

昨日のあの告白の後、どんな反応をするか心配していたけど、むしろいつも以上に明るい様子だ。


「それで今日はなにしよっか。なんでもお姉ちゃんに任せてね!」


メリアは俺の目の前まで来ると、両手を腰に当てて得意げな表情を浮かべる。

いつも通りのメリアと言えばそうだけど……なんだか普段以上に張り切っている感じがするな。

いつも近い俺との距離が、さらに縮まってる気がする。

なんだろう。帰ってからいいことあったのかな……。

まあ、いつもどおりでよかった……。


ついほっとしていると、急にメリアが俺の顔を覗き込んできた。

その顔がニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「ふうーん? その顔、やっぱりお姉ちゃんに会えなくて寂しかったんでしょ?」


ニヤリと意地悪な笑顔を浮かべるメリア。

な、なんでわかったんだ。


「んふふ~。やっぱりね。そうだと思ったんだ。だってお姉ちゃんだもん」


いつもなら、はいはいなどといって適当にあしらうところだけど、今はその言葉が妙に頼もしく聞こえた。


「あのさメリア。実は頼みたいことがあるんだけど……」


その言葉を聞いた瞬間、メリアの目が一気に輝いた。


「やっぱりアタシがいないと何にもできないんだね」

「う、うん。そうだね」


認めたくはなかったけど、事実なので否定もできない。

そうすると案の定、メリアはますます得意げになった。


「まったくしょうがないなーアタシの弟は」


そんなことを得意げに言いながら、俺の頭をなでてくる。

今まであまり意識してなかったけど、4才の女の子に頭をなでられてると思うと、今までとは違う恥ずかしさがあるな。

こうなるから調子に乗らせたくなかったんだ……。


「えっと、実はね、メリアと一緒に魔法の練習がしたいんだ」

「魔法? 昨日の火花みたいなやつ?」

「うん。メリアと手をつないでると、魔力がもっとよく見えるようになるんだ」


その理由は今でもわからないけど、きっと何か理由があるんだろう。

メリアは真剣な表情で俺の話を聞いている。


「それで、もしかしたら一緒に練習すれば……」

「もっと凄い魔法が使えるかも!」


俺の言葉を先取りするように、メリアが目を輝かせて言った。


「よーし! じゃあ準備しよう!」


メリアは早速動き出した。まずは的にするための木の板を探しに行く。

でも、途中で立ち止まって考え込んだ。


「でも、もし大きな魔法が出たら危ないよね」

「そうなんだ。だから水も用意したいし……」

「あ! うちに良いのがあるかも。ちょっと待ってて!」


メリアは一度家に帰ると言って走り去った。

しばらくすると、革の袋や布きれ、それに水の入った瓶を両手いっぱいに抱えて戻ってきた。


「これ、魔法の練習用の道具なの。お父さんが使ってたやつ」

「メリアのお父さんも魔法使うの?」

「うん! だからこういうのあるんだ」


メリアと手をつないでると魔力が見えるようになるのは、それも関係してるのかな?

まあ今考えてもしょうがないか。


二人で的を立てて、水を配置して、もしもの時の準備を整えていく。

他の部屋にまで被害が出ないよう、家具も端に寄せた。


そうして二人分の準備が整うと、俺たちは向かい合って手をつないだ。

小さな手のひらから、確かな温もりが伝わってくる。

今までとは明らかに違う手ごたえに俺の胸は高鳴った。

これならきっといける……!


「じゃあ、始めるよ」


目を閉じて集中する。いつもより遥かに多くの魔力が集まってくるのを感じた。

手をつないだメリアからも不思議な力が伝わってくる。

その力を手のひらに集めて、俺は大きな炎をイメージした。


これはただの魔法じゃない。

成功すれば、これからは火だけじゃなく、水や土も作れるようになるかもしれない。

母さんも喜んでくれるし、そのおかげで外にだって出られるようになるかもしれない。

外に出たら行きたい所も、やりたいことも、いっぱいあるんだ。


その思い描く未来には、いつの間にか隣にメリアもいるようになってたけど……

それも悪くない。


手のひらの熱を感じながら、まだ見ぬ未来が次々と浮かんでくる。

今は小さな火花でも、いつかは大きな光になる。

この魔法は、ただの火の魔法じゃない。

俺の将来を暗示する、未来への扉なんだ。


「炎よ、出でよ!」


手から確かに魔力が放たれた。

でも、的の板は倒れない。


「え……?」


俺とメリアはそろって目を見開いた。


目の前の壁が、まるで霧がかかったように揺らめき始める。

そこから、見たこともない扉が浮かび上がってきた。


「ええっ!?」

「これってレイの魔法なの?」

「ううん、こんなの初めてだよ……」


木目の美しい扉は、まるでずっとそこにあったかのように自然に見える。

でも、さっきまでそんなものは確かになかった。


「開けてみようか……」

「う、うん」


震える手で取っ手に触れる。

ゆっくりと開くと、向こう側には見覚えのある景色。隣の部屋だ。


「すごい……壁に扉を作れるなんて」

「ねぇ、レイ。もしかして……」


メリアと顔を見合わせる。

きっと俺と同じことを考えていた。


「外に出られるかも!」


もう一度集中して、今度は家の一番外側にある壁に向けて扉を思い浮かべる。

するとまた壁が揺らぎ、新しい扉が現れた。


「できちゃった……」

「ど、どうしようか?」


メリアもちょっと心配そうだった。

俺はごくりと喉を鳴らした。


「開けてみよう」


取っ手に手をかけた瞬間、胸が高鳴る。

ゆっくりと扉を開くと、そこには……


「本当に外だ……!」


明るい日差し。揺れる木々。

エルフの村の景色が、目の前に広がっていた。


出られるんだ。やっと外に……


その瞬間、母さんの顔が浮かんだ。

三日間も意識を失っていた時の、涙を浮かべた表情が。心配そうに看病してくれた優しい手が。俺の脳裏に浮かび上がってくる。


俺は……ゆっくりと扉を閉めた。


外に出たいとずっと思っていた。

でも、母さんの気持ちを考えると、どうしても一歩が踏み出せない。


うなだれる俺の頭に、柔らかな感触が乗せられる。

メリアの小さな手がそっと撫でるように動いた。


「アタシもそれがいいと思うよ」


俺の決意に賛同してくれた。

それだけでなく、まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「レイはやっぱりレイのままだね」

「どういう意味?」


困惑する俺に、メリアは優しく微笑んだ。


「なんでもない。レイはそのままでいいと思うよ」


メリアの口元に浮かぶ笑みには、何かを見透かしたような色があった。

まるで俺の心を読むみたいに的確な言葉をかけてくる。


昨日からやたらと撫でてくるのはなんなんだろう。別にそんなことしなくても……。

でも、メリアの目が本当に嬉しそうに輝いているから、黙って撫でてもらうことにした。


「ふふふ~」


今までは「アタシが上!」って感じだったのに、今日はどちらかというと、母さんのような優しさが感じられた。


「なんだか今日のメリアは、本当のお姉ちゃんみたい……」

「だって本当のお姉ちゃんだからね。何かあったらお姉ちゃんが守ってあげるよ」


元気づけようとしてくれているんだろう。

意味は分からないけど、頭を撫でる小さな手の感触が妙に心地いいから、そのままになっていた。

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