第8話 魔力の才能が開花する

魔法はまだ使えないけど、魔力を生み出して出せるようになった。

それから俺は魔力の練習を続けたんだ。


そしてある程度魔力を操れるようになった気がしたある日、俺は一階にある部屋にやってきた。

メリアと遊ぶときなどによく利用してる部屋だ。

本棚にはお気に入りの絵本が並び、おもちゃ箱には木製のおもちゃがしまってある。

俺の部屋、というわけじゃないけど、俺の部屋のように使ってる場所だ。


父さんと母さんもそれを知ってるから、用がある時くらいしかここにはやってこない。

ちょっとした秘密の訓練をするにはちょうどいい場所なんだ。


「よし、はじめよう」


まずは集めた魔力を確かめるように、両手を前に突き出す。

手のひらから何かが出るような感覚の後、床に立てておいた絵本がぱたりと倒れた。


よし。これくらいならもう簡単でできるようになってきた。

問題はここからだ。


手のひらにもう一度魔力を集める。

そして深く集中すると、頭の中のイメージを手のひらに移動させた。


「ファイア!」


……何も起きない。


「えっと……炎よ、燃えさかれ!」


これも駄目だ。

絵本で見た呪文を片っ端から試してみる。


「メラゾーマ!」

「オープン・セサミ!」

「……炎、出て?」


最後は情けない声になってしまった。

結局何も起こらない。


でも、手のひらから何かが出たような感触はあったんだ。

微かだけど、少しずつ成長してるのがわかる。


「よし、もう一回!」


夢中で練習を続けていると、頭がズキズキと痛み始めた。

でも、ここで止まるわけにはいかない。


「もう、ちょっとだけ……」


なんだか視界がぼやけてきた。

足元もフラついて、やけに頭が……




気がつくと床の上に倒れてた。

どうやら気絶してしまったみたいだ。

時間的には数分だろうか。


そういえば小さい頃は、筋トレしすぎて気絶してたっけ。

懐かしい感覚に、思わず苦笑してしまう。


「まあ、気絶すれば頭痛も感じないし、ぐっすり眠れるし、ちょうどいいかな」


そう自分に言い聞かせながら、練習を重ねていた。

そしてある日のこと。


「ファイア!」


手をかざした瞬間、目の前に立てかけていた木の板がコトンと倒れた。

火は出なかったけど、今までの魔力を飛ばしていた時とは違う。

確実に"何か"が飛び出したんだ。


やった! これが魔法なのかな……?


喜びに胸が震えた、その瞬間。

パチン。

まるで電気を消したみたいに、意識が真っ暗になった。

これまでとは感覚が違う。

手足が一つも動かなくて、視界は洗濯機のようにぐるぐる回って、ああ、これって転生した時と同じだな。


だんだん……視界も……よくわからなくなって……

からだも……つめたく……なって………………


「……レイちゃん! レイちゃん!」


母さんの声が遠くから聞こえてきた。

目を開けると、涙を浮かべた母さんが俺を抱きしめている。


「よかった……三日も目を覚まさないから、心配で心配で……」


えっ、三日!?

そんなに長く気を失っていたの?


「ごめん、お母さん……」

「レイちゃんが謝ることじゃないわ」


母さんは俺をもっと強く抱きしめた。その腕が少し震えている。

魔法は使えるようになってきたけど……。


俺は魔法の練習方法を改めることにした。

母さんをあんなに心配させたくない。


「レイちゃん、今日も手伝ってくれるの?」

「うん!」


台所で母さんは嬉しそうに微笑んだ。

母さんの料理の手伝いを始めたのには理由がある。

魔法の使い方を間近で観察するためだ。

最近は魔力が見えるようになってきたおかげで、母さんの魔法使いをより詳しく理解できるようになってきたんだ。


台所に立つ母さんの周りには、細かな魔力が集まってくる。魔力を扱うようになってから、その様子がより鮮明に見えるようになった。母さんは集めた魔力を自在に操り、火加減を調整したり、材料を切ったり。まるで料理の道具の一つのように、自然に使いこなしている。


こうしてみると、その魔力の使い方がいかに優れているのかよくわかる。

俺は深い集中をしてようやくほんの少し出せるだけなのに、母さんはまるで息をするかのように自然に魔力を扱っているんだ。


「お母さん、すごいね」

「ありがとう。レイちゃんもお手伝いできてえらいわね」



一人になると、こっそり練習を始める。

母さんの料理を身近で見て分かったことがある。


それは、魔法に深い集中はいらないということ。

もっと自然に、呼吸をするようにできるものなんだ。

俺はまだ日本人の感覚が抜けてないんだろう。

魔力は特別なものじゃない。空気のように吸って吐くことができる。

俺はもっと難しくて、すごいものだと思っていた。

でも違う。実はもっと簡単なものなんだ。


それに気づいてからは早かった。

最初は光の粒程度にしか扱えなかった魔力が、今では手の中で小さな渦を巻くようになってきた。

粒が糸のようにつながり、その糸が絡み合って渦になる。

今まではそんなことできるなんて考えもしなかった。


不思議なことに、魔力には様々な性質があることにも気がついた。

集中すると、温かい感じにしたり、冷たい感じにしたりすることもできる。

まるで粘土をこねるように、少しずつ形を変えられるようになってきた。


時々気絶することはあるけれど、もう長時間意識を失うことはない。

むしろ、ちょっとした昼寝くらいの感覚だ。

体が魔力に慣れてきたのかもしれない。


「レイって、なんか最近変わったね」


遊びに来たメリアが、不意にそう言った。

いつものように本を読んでいた時だった。


「え? そう?」

「なんか……前より元気になったっていうか、目が輝いてるっていうか」

「僕、そんなに死んだ目をしてたのかな?」

「そういうんじゃなくて、なんていうのかな……うーん……」


メリアが考え込む。

でもさすがは自称お姉ちゃんだ。鋭い。

確かに最近は魔法の練習が楽しくて、つい目が輝いてしまうのかもしれない。

でも、まだ言えない。もう少しだけ秘密にして、あとで驚かせたいんだ。

いつは俺のことを弟だと思ってるみたいだから、たまには凄いってところを見せないとな。


「気のせいだよ」

「ふーん」


メリアは納得していない様子だった。

でも、それ以上は追及してこなかった。


そしてある日。ついにその日がやってきた。

熱くさせた魔力を集中させて、一気に解き放つ。

パチッという小さな音と共に閃光が走った。

指先から飛び出した火花は、一瞬だけ部屋を明るく照らす。


「やった……!」


思わず叫んだ。

ついに魔法らしきものが使えるようになったんだ!


その瞬間、背後で物音がした。

嫌な予感がして振り向くと、そこにはメリアが立っていた。


「レイ……」


驚きに見開かれた瞳。いつもの明るい表情が消えている。

そのまま、メリアは走り去っていった。


「待って!」


追いかけたけど、メリアの足の速さには敵わない。

廊下を駆け抜けながら、後悔が込み上げてくる。なんで気づかなかったんだろう。

いつもならメリアが来る時間だったのに、魔法の練習に集中しすぎてて忘れていた。


メリアは廊下の途中で立ち止まっていた。

振り向いたその顔には、予想もしていなかった表情が浮かんでいる。


驚きではない。悲しみだ。


「どうして……隠してたの?」


小さな声が、廊下に響く。


「それは……」

「アタシはお姉ちゃんなのに。レイのこと、ずっと大好きだったのに……」


涙が零れ落ちる。

その透明なしずくを見て、俺はショックで立ち尽くしてしまった。


そうだよ。メリアは俺と同じ4才だ。

たったの4才なんだ。

なのに俺と同じように感じてしまっていた。


そういえば、メリアは一度も秘密なんて作らなかった。

自分の考えていることを、いつも素直に話してくれた。なのに俺は……。


メリアの幼い泣き顔に胸が締め付けられる。

俺はメリアの優しさに甘えていた。転生前から数えたら30歳を超えそうなのに、4才の女の子に依存していたんだ。

まったく。これじゃあ俺のほうが年上だなんていないよな。

姉に甘える弟のままだ。


「メリア、聞いてほしい。大切な話があるんだ」


メリアの濡れた瞳が俺を見る。

正直に伝えたら驚くかもしれないし、引かれるかもしれない。それでもいい。

今まで隠していたことをすべて話すことにした。



「俺は日本ってところから生まれ変わった転生者なんだ」



泣くのも忘れてポカンとするメリア。


でも、もう止まれない。

言葉に詰まりながらも、俺は今まで誰にも話せなかった真実を話し始めた。

前世のこと、その記憶を今も覚えていること、そして魔力が見えるようになったこと。


すべてを話した。

話し終えた後の沈黙が、異常に長く感じられた。


メリアの返事が怖い。

信じてくれたかな。呆れられたかな。

……怖がられたりとか、しないよな。


自分でも驚くほど心配していた。

それくらい俺は、このメリアという年下のお姉ちゃんのそばにいられることが楽しくなっていたんだ。

やがてメリアは、予想外の反応を見せた。


「ぷっ……あはははは!」

「え?」

「なにそれ! レイって変な本の読みすぎだよ!」

「う、嘘じゃないよ! 本当なんだ!」


必死で言い訳をする俺に、メリアはさらに笑い転げる。


「はいはい。それで、さっきのはなんなの? 火花みたいなの」


……はあ、なんだよ。

ものすごい決意して話したのに……

でもまあ、いきなり転生者だとか言っても、信じられないのも当然か。


とりあえず魔法の証拠なら見せられる。

まずはこっちを信じてもらおう。

深く息を吸って、魔力を集中させる。


「見てて」


指先から、小さな火花が弾ける。

一瞬の光が、メリアの表情を白く照らし出した。


「へーすごいねー」


予想外に冷静な反応に、今度は俺が戸惑った。

てっきりまた、姉のアタシにできないことを弟ができるなんてずるい、と駄々をこねると思っていたのだが。


でも不思議と、その反応に救われたような気がした。

笑い飛ばされたことも、信じてもらえなかったことも、どこか心が軽くなる。

本当のことを話せたからだろうか、なんだか体が軽くなったような気がしていた。

胸のつかえが取れたような、すがすがしい気持ちだ。


そう思ったら、疲れが一気に押し寄せてきた。

魔法の練習に、転生したことの告白に、色々あった一日だ。


本当はメリアに手伝ってもらいたいことがあったんだけど、明日にしよう。

魔法を使うのは気力も精神力も消費する。

万全の状態で始めたいからな。


「じゃあ、また明日ね」

「うん! また明日」


メリアはいつも以上にいつも通りな笑顔で手を振って帰っていった。


なんだか色々あったけど、結果的には丸く収まってよかった。

よし、明日からも頑張るとしよう。


***


赤髪の少女は、ハイエルフの屋敷を出ると、無言のまま自分の家に向かって歩き始めた。

何かをこらえるように胸の前でぎゅっと手を握りしめ、時折立ち止まっては屋敷の方を振り返り、また歩き始める。

それを何度も繰り返し、自分の声が完全に聞こえないくらい離れたのを確認すると、我慢していた言葉を大きく吐き出した。


「……びっっっっっくりしたあ~~~」


急にあんなことを言うなんて思わなかった。

転、生……だっけ? まさか知らない世界から来たなんて……。

そんなの絵本でも聞いたことがない。


信じられないけど、でもお姉ちゃんのアタシにはわかる。レイのあの目は本当のことを言ってる時の目だ。

まさかそんなことが本当にあるなんて……。


でも、それって……

この世界でずっと一人だったってことだよね……

きっと、寂しかったよね……


「……うん。やっぱりレイのことは、お姉ちゃんのアタシが面倒見てあげないといけないってことだよね」


まったく本当に世話の焼ける弟なんだから! ふふふっ。


帰り道を歩く赤髪の少女の足取りは、いつもより弾んでいた。



──────

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