第6話 自称お姉ちゃん登場

緑豊かなエルフの里は一年中気温が安定しているが、それでも夏や冬のように多少は温かくなったり涼しくなったりすることもある。

今はやや気温が上がってるから夏なんだろうなという時期に、母さんが女の子を家に連れてきた。


「レイちゃん、お客様よ」


そこには見覚えのある赤毛の少女が立っていた。

鮮やかな赤い髪を頭の後ろで短く結い、小さなポニーテールが尻尾みたいにぴょこぴょこ揺れていた。

あの時、窓越しに目が合った子だ。


「は、はじめまして」


おもわず緊張で声が震えてしまった。

そりゃそうだ。考えてみれば、3年以上も両親以外の誰とも話してなかったんだから。


俺があいさつすると、赤髪のその子は満面の笑みを浮かべた。


「初めまして! アタシはメリア! レイの家に遊びに来たかったんだ!」


元気いっぱいの声が響く。

メリアは俺の周りをクルクルと回りながら、ジロジロと俺のことを覗き込むように眺めてくる。距離がとても近い。

他人との距離感を全く気にしないタイプなんだろうか。

どちらかといえば陰キャな俺はちょっとたじろいでしまう。


「ふーん、本当に小さいんだね。アタシと同じくらいの歳なのに」

「そ、そんなに小さくない!」


思わず反論してしまう。

確かに体は小さいけど、言われるとやっぱり気になる。

これでもちゃんと毎日トレーニングしてるんだ。


でもメリアは、俺の反応が面白かったのか、くすくすと笑った。


「でも可愛いから良いよ。アタシが面倒見てあげる!」


まるで年上のお姉ちゃんのようにそう言ったのだった。




そんな出会いから、メリアは頻繁に遊びに来るようになった。

後で聞いた話だと、村には近い年齢の子供がいなくて寂しかったらしい。

窓越しに俺を見つけてからは、両親に何度も頼んで遊びに来る許可をもらったとか。


「レイはまだまだだからね。メリアお姉ちゃんに任せなさい!」


外に出るのが早かったという理由で、やたらとお姉ちゃんぶってくる。

でも、確かに体の弱い俺とは違って、メリアは元気はつらつの女の子だ。

明るくて運動が好きで、なにより世話焼き。

階段を上り終えたところで、疲れて休憩していると、メリアが手を引いて近くの部屋にまで連れて行ってくれた。


「しょうがないなあ。アタシが面倒見てあげる!」


これは彼女の口癖だ。

体の弱い俺の世話をできることが、お姉ちゃんとして嬉しいらしい。


「ねえねえ、メリアの家ってどこなの?」

「あそこだよ!」


メリアは窓の外を指差した。

なんと、あの樹の中にある家が彼女の家らしい。

木をくり抜いて作ったような、まるでファンタジーの世界から飛び出してきたような家だ。

まあ実際にここはファンタジーの世界なんだけど。


「木の中にあるなんてすごい。行ってみたいな」

「ふふん。そうでしょう」


メリアは得意げに鼻を膨らませた。


「レイが大きくなって外に出られるようになったら、案内してあげる。約束だよ!」

「今行きたいんだけど」

「アタシも案内してあげたいけど……ミライアさんと約束しちゃったから」


ミライアというのは母さんの名前だ。

どうも家で俺と遊ぶ代わりに、家の外にはまだ出さないと約束したらしい。

というか、家の中で俺を世話してあげて欲しいから母さんがメリアを呼んだ気がする。

心配性の母さんに、世話好きのメリア。相性抜群なんじゃないだろうか。


俺を外に出せない代わりに、メリアは外の村の話を聞かせてくれた。

木の上に作られた家の様子や、エルフたちが行き交う広場の賑わい。魔法の力で宙に浮く川。中には絵本に書かれていたものもあったけど、実際に存在するんだと思うと、やはりテンションが上がってくる。全てが新鮮で興味深かった。


ただ、気になることもある。

メリアの話によると、普通のエルフの子供は20年も家の中に居させるなんてことはないそうだ。

「普通は5年くらいじゃない?」などと言われてしまった。


「20年もかかるなんて、やっぱりレイはまだまだね!」


いや、俺だって20年も家の中に引きこもるつもりはないぞ。そのために毎日筋トレを頑張っているんだ。

母さんにその話をしてみたけど、


「よそはよそ、うちはうち」


なんて日本人みたいな返事が返ってきた。

でも、メリアが来るようになって、少しずつ変化の兆しは見えてきた気がする。

母さんの表情が柔らかくなったというか。メリアと遊ぶ俺を見て、時々優しく微笑んでくれるんだ。

きっと、外に出られる日は近い。そんな予感がする。



家の中には見どころとなるところはいくつかある。

リビングに、俺と両親の部屋。台所に食糧庫。鍵がかかってて入れない部屋もいくつかある。

初めてメリアと目があった、見晴らしのいい3階の部屋ももちろん行った。

俺がいつも筋トレに使っている日当たりのいい遊び部屋もある。お客さん用の部屋も案内してあげた。


やっぱり内装は豪華みたいで、メリアはこんなすごい家は初めて来たと驚いていた。


「さすがレイのお父さんとお母さんはすごいね!」


両親が褒められたのに、まるで自分が褒められたみたいにうれしくなる。


案内も半分を過ぎたころ、足が重くなってきた。

日頃の訓練もあって家の中を自由に動き回れる程度にはなったけど、やっぱり途中で疲れてきたんだ。

まだまだ3歳児の体力には限界がある。


「あ、レイ疲れてきたでしょ? ここに座って!」


メリアが俺の手を引いて、近くの椅子に座らせると、用意していた飲み物を差し出してくれた。


「はい、これ飲んで」

「ありがとうメリア」

「気にしなくていいよ。だってアタシはお姉ちゃんだからね!」


すっごく嬉しそうな顔で言う。

世話を焼きたい性格なんだろうけど、俺が疲れると嬉しそうな顔をするのは、なんとも言えない気持ちになるな。


「でも、すごく用意がいいね。どうして飲み物なんて持ってたの」

「レイのことだからこうなると思ってたんだもん!」


そんなにひ弱に見えていたのか……。

おかげで助かったのは本当だけど、家の中で動けなくなるなんて思われていたのは情けない。

そんな俺に、メリアが明るい表情で話しかけてくる。


「ねぇレイ、外の世界の話聞きたい?」

「うん! 聞かせて!」


休憩になると、メリアは目を輝かせながら外の世界について話してくれる。

木々の間を渡る吊り橋の話や、精霊が住む美しい森の話。

俺が知らないことを教えられるのが、本当に嬉しいみたいだ。


休憩の後は、メリアと手をつないで歩いた。

「お姉ちゃんだから、弟を守るのは当然!」だそうだ。


そのときふと、廊下に不思議な光が浮かんでいるのが見えた。

蛍のような、でもそれよりも淡い光。

特に母さんが呪文を唱えた後に見えるのと似てる気がする。


「メリア、あの光見える?」

「え? どこに? アタシには見えないよ?」


どうやら俺にだけ見えているようだ。

手を伸ばして触ってみると、光は消えてしまうが、確かに温かみを感じた。

うーん。これはなんだろう。


奥にある光に近寄ろうとしてメリアの手を離すと、急に光も消えてしまった。


「えっ?」

「どうしたの?」

「メリア、もう一度手を握ってくれる?」


そういうと、メリアはなぜだかうれしそうな顔になった。


「もう、レイは寂しがりだなあ。お姉ちゃんがいないとダメなんだね」


そういう意味じゃなかったけど……。

とりあえずもう一度メリアと手をつなぎ、廊下の奥に目を向ける。

すると、さっきまで見えなかった光の玉がまた見えるようになった。


どうやら、メリアと手をつないでる時だけ見えるみたいだ。

これはいったいどういうことなんだろう。


気になりつつも歩き続けるうちに、また疲れがたまってきた。

メリアはそんな俺の様子を見逃さない。


「もう無理しちゃダメ! ここで休もう」


椅子に座ると、メリアは準備していた飲み物を差し出してくれた。


「ありがとう」

「いつでも頼っていいんだよ。だってお姉ちゃんだもん」


謎の光は気になるけど、ここはおとなしく休むとしよう。

あまりメリアに心配させるのも気が引けるし、それに同じ家の中なんだから、いつでも調べられるはずだ。



そんなこんなで夕方になった。

夕食はメリアを入れて四人で食べた。

メリアは母さんの料理を一口食べるたびに「おいしい!」と何度も言っていて、母さんを喜ばせていた。


そうして、メリアの帰る時間がやってきた。


「もう、こんな時間……」


メリアの声が小さく震える。

両手を前で組んで、足元を見つめている。

いつもの元気いっぱいな様子が消えて、幼い女の子らしい寂しさをにじませていた。

きっと、まだ遊んでいたかったんだろう。

毎日一人で過ごすことが多いと聞いていたから、今日は特別に楽しかったのかもしれない。


とぼとぼと歩く幼い背中に、俺は声をかけた。


「また明日」


メリアがぱっと振り返った。

まるで宝物をもらったような、そんな表情だった。


「うん、また明日! 絶対来るからね!」


メリアは両手を大きく振りながら、跳ねるように帰っていく。

さっきまでの寂しげな表情は、もうどこにもなかった。


自称お姉ちゃんは、ちょっとうるさくて、押しが強いけど、でも不思議と心地よい存在だ。


きっといい友達になれる。

そんな予感がしていた。

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