第5話 大きな家の小さな冒険
3歳になって半年が過ぎた。
俺は今日も誕生日にもらった本を読み返していた。
分厚い本は、何度も読み返したせいでページがめくれやすくなり、お気に入りのシーンは少し角が擦り切れている。
これは王道の冒険小説だった。
小さな村で育った少年リードが、仲間と共に冒険の旅に出る物語。
苦難を乗り越えながら成長し、世界を救うエルフの王として活躍するんだ。
一緒に旅をする戦士のグレイ、魔法使いのミーナ、弓使いのセシル。
みんな未熟だけど、窮地に陥るたびに助け合い、強くなっていく。人の絆の大切さ、偉大さが描かれている。
それだけに、何度読んでもリードが初めて仲間を失うシーンで涙が出てしまうんだよな。
それでも彼は前を向き、新しい仲間と出会い、共に戦い、そして成長していく。
俺は最新刊の5巻を閉じると、思わずため息が出た。
ああ、今回も素晴らしい話だった。
まさか異世界に来て、こんな素晴らしい冒険ファンタジーが読めるなんて。
いったい誰が書いてるんだろうか。
日本ならもちろん全部空想だろうけど、ここはエルフが実在するファンタジー世界だ。
もしかしたら、いくつかは作者の実体験とかも混じっていたりして……
そんなことを思いながらリビングの壁を、その壁の向こう側に思いをはせた。
きっとあの向こうには、広い世界が広がっているんだろう。
「うう……リードみたいな冒険がしたい! したい! したいよぉ!」
せっかくファンタジーの世界に転生したのに、まだ家から出られないなんて。
そんな感じで駄々をこねていたある日。
俺の様子を見ていた母さんが、俺に近付いて何かを小声で呟いた。
今まで聞いたことのない言葉だ。
これまで聞いていたエルフ語とも違う、神秘的な響きの音で……。
俺が不思議に思っていると、母さんは俺の方を見ながら、だけどどこか遠くを見ているような視線で何かを確認し、そしてうなずいた。
「そうね。レイちゃんも男の子だし、家の中で遊びたいわよね」
そう言って、扉の取っ手に手をかける。
これまで一度も開かなかったリビングの扉が、ゆっくりと開いていく。
「それじゃあ一緒にお部屋の外で遊びましょうか」
「やったー!」
そうして俺の新たな冒険がはじまったんだ。
だけど思っていた以上に、この家は広かった。
廊下を曲がるたびに新しい扉が現れ、部屋の数が半端じゃない。
階段を昇っていくと3階以上もある。
なぜ「以上」かと言うと、それより上には行けないように即席の扉で塞がれていたからだ。
たぶん俺がこれ以上先に行けないようになんだろう。
この先には一体何があるんだろうか。気になる。
三階の窓から外を覗くと、そこにはエルフの村が広がっていた。
今まではリビングの窓から見ているだけだったからよくわからなかったけど、3階の窓からだと村全体を見渡せたんだ。
思っていた通り、ここは森の中にあるエルフの村のようだった。
木々の間に建つ家々は、前世のゲームで見たファンタジーの世界そのもの。
大きな木をくり抜いて作った家もあれば、キノコの形をした屋根の家まであった。
なんだあれ。元ゲーム会社で働いていた身としてはめっちゃテンション上がるじゃないか!
「早く外に出て、あの家の中も見てみたい!」
そういったけどもちろん母さんは許してくれなかった。
しかたない。まずは家の中を探検してからだ。
リードだって、最初は小さな村から始めたんだから。
母さんが一階のリビングや台所で何かをしている間、俺は家の中を歩き回れるようになった。
母さんの見えないところでも大丈夫かなと思ったけど、2階とか3階で何かがあっても、母さんはすぐに俺のところに来てくれた。
俺が転んでひざがほんの少し赤くなった時なんか、ワープしてきたのかってくらいものすごい速さで俺のところに駆けつけてくれたくらいだ。
というわけなので、俺は一人で家の中を探検していた。
しばらく探検するうちに、だいぶ分かってきた。
部屋には思いがけないものが置かれていることもある。
まだ読んだことのないような本が、ところどころに置かれていたりするんだ。
絵本や小説、植物図鑑のようなものまであった。
図鑑のような大きな本はまだ持てないから、その場で開いて読んだりしていた。
探してみると次々と新しい発見があって、まるでダンジョン探索みたいで楽しい。
見つけた本はもちろん全部暗記した。
そんな俺を両親は変わらずベタ褒めしてくれる。
「今日見つけた本も全部覚えたよ」
「まあ、すごいわ! レイちゃんって本当に賢いのね」
母さんが嬉しそうに微笑む。
「やはりうちの息子は天才だなあ。将来が楽しみだ」
父さんも俺の頭を優しく撫でながら言った。
「えへへ、もっと難しい本も読めるようになりたいな」
さりげなく催促してみる。
両親は顔を見合わせて、にこやかに笑った。
「レイちゃんったら、やる気いっぱいね」
「ああ。どんどん成長していくな」
それにしても、この家の広さは尋常じゃない。まるで家自体がダンジョンみたいだ。
もしかしたら俺の家は、エルフの中でも特別裕福な家柄なんだろうか。
そういえば3階の窓から見た時も、他の家よりも奥のほうにあった気がしたし……
そのあたりを調べるためにも、家の中をもっとたくさん探検したいのだが、そもそも家がめちゃ広くて、家の中を歩き回るだけで疲れてしまう。
そこはやはりまだまだ3歳児ということなんだろう。
探検中に疲れて廊下で寝てしまうことも何度もあった。
そういう時はいつも必ず、目が覚めるとベッドに戻されていて、リビングで母さんが編み物をしていた。
物音に気付いたのか、母さんが手を止め、優しい笑顔で振り返った。
「あらレイちゃん起きたの? いっぱい走り回って疲れたでしょう。すぐご飯にしましょうね♪」
相変わらず母さんの料理は美味しい。
それに最近は肉も多くなってきた気がする。
俺の成長に合わせてくれているんだろうか。
それに、やっぱりなんだか光り輝いているんだよな。
昔からこうだったっけ? うーん、あんまり覚えてないけど……。
「おかわり!」
「ふふ、いっぱい作ってあるからたくさん食べて大きくなってね」
とにかくいっぱい食べて大きくなろう。まずはそれからだ。
母さんの愛情たっぷりの料理で満腹になると、また眠くなってきた。
ふああ……。
もう夜だし、今日の探検はここまでかな。
ある日のこと。
家の中を探検しながら窓の外を見ていると、ふと村の中を歩く赤い髪をした女の子と目が合った。
その子は俺を見ると、驚いたように目を丸くし、それからぱああっと顔を輝かせた。
3階から見てもわかるくらいの明るい笑顔だった。
そして、その後どこかへ走り去ってしまった。
あれは他のエルフの子供なんだろうか。
でも、まだ俺と同じくらいの年齢に見えたのに、一人で外を歩いていたけど……。
(もしかして、俺だけ過保護に育てられてるのか?)
さっそく台所で食事の用意をしていた母さんに話しに行く。
「母さん、外に女の子がいたよ! 俺と同じくらいの、赤い髪の子で」
「あらそうなの」
「僕も外に遊びに行きたい!」
「家の外なんてまだ危ないでしょう。もう少し大きくなってからね」
母さんの話では、普通は外に出て、しかも遊び始めるには50年くらいしてからなんだとか。
いやいや、さすがにそんなに待ってられないって。
早く俺が平気だということをアピールしないとな。
ちなみに俺の部屋はまだなかった。
ベッドのあるリビングを中心に生活していて、寝るときは父さんと母さんに挟まれて、リビングで川の字で寝ている。
三人で寝ながら、日本で暮らしていた頃を思い出した。
あの狭い家からは想像もできないような生活だ。
それでも、やっぱり早く自分だけの部屋が欲しい。
心の中では、ここがいいなっていう場所も決めているんだ。
一階にあるあの部屋、俺の秘密基地にぴったりだと思うんだ。
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