第3話 子供の成長は早い

あれから数か月ほどが過ぎた。

窓から差し込む光の色も変わってきた気がする。


春先の淡い緑色から、今では秋の黄金色だ。

エルフたちの住む世界にも日本のような四季があるんだろうか。


(この世界での生活にも、だいぶ慣れてきたな)


エルフの言葉は大体わかるようになってきた。

やっぱり自分でしゃべれるようになると理解度も上がるんだな。

俺が言葉を覚えたのが嬉しいらしくて、両親があれこれと話しかけることが増えたのも大きい。


最初は「ごはん」とか「おやすみ」とか、簡単な単語ばかりだったけど、今では普通に会話する時と同じように話してくれる。

ただ……


「あうあう……」


実際にしゃべるとなるとまた別なんだよな。

どうも舌の動きがまだ追いつかないというか、頭の中では発音が分かっていても、実際に声に出そうとすると上手くいかない。


そういえば日本人だったころも、耳で聞いたとおりに英語を発音しようとしても、そもそもどうやってその音を出せばいいか分からなかったしな。

仕事が忙しいことを言い訳にして英語もちゃんと勉強しなかったから、結局話せないままだったけど……。

でも、その時と違って今回は本気だ。

エルフ語が話せないと生きていけないんだからな。


「おかあさん」

「あらあら、どうしたの」


(母さん、俺は肉が食べたいんだ。今日こそ離乳食のような薄味のおじやとかじゃなく、どでかいスタミナステーキを食べさせてくれ!)


「あうあう!」

「あら、もうお腹が空いたの? もうちょっとでおかゆが出来るから待っててね」


まったく伝わらなかった。

やはりまだ言葉をしゃべるのは難しい。

でもご飯のこと言ったのは伝わったようだ。

「ごはん」だけは上手く発音できたのかもしれないな。

とりあえずは一歩前進かな。


とにかく、こうやって少しずつ覚えていこう。


「はいできたわよ。レイちゃん、ご飯の時間よ♪」


母さんがフーフーして冷ましてくれた食事を、スプーンですくって食べさせてくれる。

相変わらずの薄味のおかゆだったけど、最近は不思議と美味しく感じられるようになってきた。

薄味というか、母さんの優しさが感じられる味というか……


人間はどんな環境でも慣れるもんだな。

今はエルフだから人間とは違うのかもしれないけど。



ご飯を食べてひと眠りした後は、食後の運動を始めた。

早くベッドの外に出て色々したいのだが、ベッドを出るのはまだ危ないからダメですよーなどと母さんに言われてまだ出られないんだよな。


どうも話を聞いていると、エルフというのは超長寿で、何千年も生きられるらしい。

そのせいなのか、時間感覚もかなり違うらしい。

人間の1歳ならそろそろ家の中をハイハイさせてくれても良さそうだが、ハイエルフの親たちは、まだ早いからあと10年はこのままみたいなことを言っていた。


10年って嘘だろう?

10年も子供用ベッドの中から動けないのか?


そんなのハイエルフは耐えられても日本人の俺には耐えられない。

とにかく毎日筋トレをしよう。

立って歩けるようになれば、きっと外に出ても問題ないとわかってもらえるはずだ。


というわけで食後は筋トレが俺の日課になっていた。

ますは腹筋だ。

赤ちゃんの俺は、初めの頃こそ腹筋1回するだけでほとんどまともに動けなくなって、眠くなって寝てしまっていた。


最初はそれだけで一日が終わっていたけど、何日か続けると一日三回くらいできるようになり、さらに続けると一日10回はできるようになってきた。

こうしてできる回数が増えると、成長してるんだと実感できてうれしくなってくる。


そういえばこちらに転生してくる前の会社員のころも、新人の頃は毎日筋トレをやってたっけな。

意識が高かったというか、若かったというか……。

忙しくなるといつの間にかやらなくなってたけど……。


今度はちゃんと毎日やるようにしよう。

健康的な毎日を送っていれば、過労死なんてこともなくなるはずだしな。


腹筋が毎日できるようになると、今度は背筋を行うようにした。

やがてそれもできるようになってきたので、腕立ても行うようになった。


毎日ベビーベッドの中で筋トレを行う俺を、父さんが驚いた目で見ていた。

それからなぜか、リビングにある俺のベッドの前で筋トレをするようになった。

……俺へのアピールなんだろうか?


「きゃっきゃっ」


とりあえず父さんの真似をして俺も筋トレをするようにしてみた。

そんな運動する俺を見て、父さんはますます張り切って筋トレを始めた。

父さんはいかにもエルフの王子様という金髪碧眼の超美男子なんだけど、脱ぐと意外と筋肉質なんだよな。

あの体質が俺にも遺伝、してたらいいんだけどなあ。


「もう、リビングが修行場になってるわよ」


母さんは呆れていたけど、今では父さんと俺の筋トレタイムのために、特製の軽いおやつを用意してくれたりするようになった。

おかげで俺も父さんも、ますます運動に励むようになった。


「ふふ、男の子たちって本当に可愛いわね」


母さんの慈しむような笑顔に、俺の心は温かくなる。

なんとなく俺は母さん似な気がする。

細い腕を見ると少し不安になるけど、まだ子供なんだし、これから鍛えていけばいいさ。



そうして半年ほどが過ぎたある日のこと。


(できた……!)


ついに俺はベッドの中で立ち上がることができた。


その時の両親の喜びようは、俺が始めて話した時と同じだった。

その日の夜は料理も豪勢になり、いつものおかゆに加えて、スープもつくようになった。しかも肉まで入っているんだ!


(にくうめー!)


肉と言っても、ベーコンの欠片みたいな小さいものだけどな。

それでも大きな進歩だ。


肉の味はやっぱり薄かったけど、それでもやっぱり美味しい。

エルフの世界でも肉は美味しいんだな。

実は直前まで、エルフだから野菜しか食べないんじゃないかとか疑ってたんだけど、そんなこともなかったみたいでよかった。


てか母さんが料理上手なんだよな。

いつも手間暇かけて料理しているし、愛情たっぷりのご飯が毎日食べられるなんて、俺は幸せ者なんだろうな。


第二の家族だけど、俺はすっかりこの家族のことが気に入っていた。

たくさん愛された分、ちゃんと恩返ししたい。

今はまだ無理だけど、大きくなったら必ず。


ということを、俺は拙いなりに俺の言葉で伝えた。


「あうあうあうあ」

「はいはい、そろそろおねむの時間ね」


まったく伝わらなかった。

むう。まだまだ練習が必要だな。



それからは毎日、ベッドの中を歩く練習を繰り返した。


「おかーさーん」


ベッドの柵をつかんでガタガタゆすって、外に出たい気持ちを主張するのも忘れない。

安全の魔法がかかっているためか、あまり大きな音は出ないけど、母さんはその行動に気づいてくれた。


「相変わらずレイちゃんはやんちゃね。そんなに遊びたいの?」

「もちろん!」


もちろんだ。これは外に出してもらえるのか!?

と思ったら、母さんは子供用のおもちゃをくれた。


「ベッドの外はレイちゃんにはまだ危ないから駄目よ。あと10年くらい成長してからね♪」


そんなに待てるわけないだろ!

母さんはいつもベッドの外は危ないっていうけど、どう見てもこのリビングは安全にしか見えないんだけど……


母さんは俺のことを溺愛してくれてるし、心配してそう言うんだろうけど、日本人が10年もこんな狭い子供用ベッドに入れられていたら暇すぎて暇死してしまう。

しかたなくもらった木製のブロックで遊ぶことにした。


これは積み木だよな。

世界が違っても子供のおもちゃは同じっていうのは、なんだか不思議というか、共通点みたいなものを感じられてうれしくなる。


とりあえず積み木を振り回して筋トレグッズにしたり、家を作ったり、ダンジョンを作ったりして遊んでいた。

俺としては特に大したことをしていなかったつもりだったのに、それを見た母さんは目を丸くしていた。


「まあ、それは家に、もしかして洞窟? 家なんて見たこともないはずなのに、そんなものまで作れるなんて」


やべっ。

たしかにそうだ。

ベッドから出られないんだから、家の形なんてわかるはずが無いし、ダンジョンなんて知ってるわけがない。

ついつい何も考えずに作ってしまったけど、もしかして疑われたりとか……


恐る恐る母さんの顔を見ると、母さんは満面の笑みを浮かべていた。


「レイちゃんって、想像力が豊かなのね♪」


すごく喜んでくれていた。

よかった……

いやまあ、俺が転生者だなんて知られて困ることもないのかもしれないけど、なんとなくな。


とはいえ、やりすぎてびっくりさせるわけにもいかないからな。

これからは大人しく……


いや、待てよ。

いいことを思いついた。


俺は母さんが背中を向けたすきに、積み木を文字通り積み上げて高い建物を作った。

そしてそれを足場にベッドの柵を昇った。


「あ、こら!」


それに気づいた母さんがものすごい勢いで駆け寄ってきた。


「そんなことしたら危ないでしょ!」


慌てて俺を抱き上げると、ベッドの中に戻した。

それからベッドの中に造られたものを見る。


「まさか、積み木で階段を作ったの? そんなことまでできるなんて……」


これくらいできるんだから、俺はもうベッドの外に出ても平気だよ。

そう思いを込めて言葉にした。


「あうあう」


難しくて言葉にできなかった。

でも、母さんは、ふふっと柔らかく笑った。


「そうね。レイちゃんも男の子だし、外で遊びたいわよね」


どうやら伝わったらしい。これが母の愛って奴だろうか。

この日から、俺は母さんが暇な時だけ、母さんと一緒にベッドの外に出られるようになったんだ。

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