7 不運令嬢、馬に乗る(1)


「ブルーノさん」

「ルナ、どうかしましたか」


 ボルドーグ公爵家の大きな裏庭で公爵婦人とお付きの騎士を見守っている二人は暖かな風に吹かれいる。裏庭の広い敷地では栗毛の馬に乗った婦人と、それをエスコートする騎士の姿が小さく見えていた。


「どうして、エリアス様が旦那様の愛馬・カローニャ様を?」

 

 ブルーノは咳払いをし、少し沈黙してから


「エリアス殿は旦那様の右腕とも名高い騎士。旦那様にしか懐いていない愛馬も彼の言うことなら聞くのですよ」

「うーん、私はこのお屋敷でご奉仕を初めて三年になりますけれどそもそもエリアス様のことを知ったのは奥様が来てからです。それに、エリアス様ってどことなく旦那様に似ているような……?」

「ルナ。貴女が旦那様にお会いしたのはいつです?」

「三年前、このお屋敷に来た時に一度だけ」

「では、曖昧な記憶かと。変な想像はおやめなさい。そうだ、お二人のためにティーセットの準備を。それから、カローニャ様ににんじんとりんごを。食べやすい大きさにカットして園芸用のバケツに入れて」

「かしこまりました」


 ルナは納得がいかない様子で首を傾げつつ、執事であるブルーノに言われた通り準備をしに屋敷へと戻った。一方で、勘の良い後輩をうまく躱した彼はほっと胸を撫で下ろした。




*** 数時間前 ***




「初めてのわがままを僕に言ってみては?」


 馬車の中、エリアスにそういわれてルミティは口を開いた。


「私……乗馬がしたいわ」

「乗馬?」

「えぇ、私の実家は農業地区にあったから牧場なんかでお馬さんを見る機会はたくさんあったのだけどね。乗馬は危ないからって禁止されていたの。なんでもアルバンカ家の5代目のお嬢さんが落馬で亡くなった事件があったそうで……。けれど、お馬さんにのって駆け回れたらどんなに素敵かって夢見ていたから……」

 

 エリアスはふっと笑みを浮かべると「よし、乗馬をしよう」と彼女の願いに応えた。


「ボルドーグ家の裏庭とその奥に厩舎があってね。今馬車を引いている馬たちとヴェルズの愛馬が住んでいるんだ。おそらく、僕の頼みなら背に乗せてくれるはずだ」

「まぁ、厩舎があったなんて知らなかったわ」

「そりゃ、奥様に案内する必要のない場所だからね。まさか、わがままが乗馬だなんて」

「あまり、わがままを言うのに慣れてなかったからかも。うちでは末妹が可愛いわがままをいう担当だったしね」

「だから、奥様は面倒見がいいのかい? ほら、あのメイドの子」

「ルナ? ルナをご存知?」

「あぁ、君の世話係だからね。まだ若いがよくできた子だ」

「あぁ、きっと彼女が聞いたら卒倒するわよ」

「なんでだい?」

「ふふふ」


「ご到着でございます。奥様、騎士様」


 御者が馬車の扉を開き、エリアスが先に降りてルミティに手を差し伸べる。彼女は彼の手にそっと手を重ねゆっくりと馬車の階段を降りた。


「奥様、おかえりなさいませ。お荷物はこちらで……エリアス殿、奥様を食堂へ。昼食のご準備が整っております」


 ブルーノは馬車の中の本を受け取り、エリアスにそういうと御者に合図をした。二頭の馬がフンフンと鼻を鳴らして馬車を引いて歩き出す。


「ブルーノ爺。昼食後、カローニャを歩かせる準備をしてくれ。奥様に合わせたい」

「エリアス殿。カローニャ様は旦那様の言うことしか聞かない気難しい牝馬でございます。奥様にもしものことがあれば大問題ですぞ」

 ゴホンとブルーノがわざとらしく咳払いをした。

「大丈夫、僕はヴェルズとは旧知の仲だしカローニャにだって認められているんだ。頼むよ」

「だん……エリアス殿。かしこまりました。今日はたまたまシェフが人参を多く発注しておりましたのでカローニャ様のご機嫌も取れるでしょう」

「助かるよ」


「ごめんなさい、わがままを言ってしまって」


 ルミティはそう言いながら二人の顔を交互に見る。エリアスは「気にすることない」と優しい表情で、ブルーノの方は何やら心配で冷や汗を流している。


「奥様、旦那様の愛馬・カローニャ様は気難しい牝馬。くれぐれも彼女の後ろには立たず、エリアスのそばにお立ちくださいね。ささ、とにかく昼食へ」

「おっと、僕も一緒に昼食を頂こうかな。ブルーノ爺、今日の昼食は? あぁ、腹が減った。さ、奥様、行きましょうか」

「え、えぇ」


 エリアスにエスコートされながら食堂へ向かったルミティは、エリアスとブルーノの二人の会話がやけに親しいことに少し違和感を抱いたが、昼食に大好物のマッシュポテトが用意されておりすぐに忘れてしまったのだった。




 

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