社用馬車で迷宮回ります ― 魔道具メーカー営業、今日も納品へ

bnd

第1話 初訪問――はじめまして、ギルド南支部さま

夜明け前の支社構内。馬屋の灯りはまだ橙色だ。

荷台の社用馬車には、木箱が十。耐震灯、静音杭、検符板、目印紐、簡易結界炉。

箱ごとに荷印を確認し、揺れ留めの麻袋を差し込む。車軸のブレーキ、良し。馬具の当たり、良し。


「早朝からご苦労様です、カイさん。会社には慣れましたか?」


背後から落ち着いた声。振り向くと、髪を低く束ね、帳簿を片手に立つ女性が視界に入る。

アルカナ工機 西方支社 第二営業課の課長で、俺の上司にあたるベルンさんだ。


「おはようございます、ベルン課長。まだ不慣れな部分はありますが、なんとか」

「それはよかったです。今日の予定は――冒険者ギルド南支部のご担当者さまと顔合わせと、ご要望のあった商品の商談でしたね」

「はい。迷宮を探索する新人の増加傾向に合わせ、魔道具“新人セット”二十名分と共用安全パックの所定配置をご提案してきます」

「二週間後の比較集計までお約束をいただくこと。売上はその結果として付いてきます」

「承知しました。必ずお伝えします」


課長にスケジュールを伝え、馬車に乗り込む。

手綱を取り、馬に声をかける。


「ブラン、頼むぞ」


社用馬車は社名布をかけた二輪。

重い箱は手前、軽い箱は奥――重心が高くならないように積む。

石畳へ出た瞬間、脚に微かな痛み。

この膝の違和感で、俺は冒険者をやめた。

――あの日、冒険者として迷宮探索をしていた俺は油断して退路を作らなかった。結果、仲間は助かったが、俺は膝を潰し迷宮に冒険者に戻れなくなった。

だから今の仕事に就いた。

他人に同じ過ちを繰り返させないために。

アルカナ工機の魔道具なら、誰でも安全に探索する仕組みにできると信じて。


                 ◆


冒険者ギルド南支部の門。守衛に商会札を見せ、来訪票へ記帳する。

「アルカナ工機 西方支社 第二営業課のカイと申します。本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます」


短めの黒髪を耳にかけ、金縁の細い眼鏡を掛けた女性が出迎えてくれる。

背筋は伸び、歩幅が乱れない。


「ギルド南支部、物資担当のセナです。どうぞ会議室へ。――社用馬車は裏手へ回してください」


指示どおり裏手の荷受け口に社用馬車を止め、木箱を三箱だけ小台車に積み替える。

会議室の前に小台車を付け、商談用に魔道具を取り出す。


「改めまして、アルカナ工機 西方支社 第二営業課のカイでございます。試験導入の件でお時間を頂戴します。どうぞよろしくお願いいたします」

「――では早速、何をどう減らせるのか、結論から伺えますか」

「承知しました。減らしたい数は二つです。

迷宮を探索する新人冒険者の増加に伴い発生が増えた『危険兆候記録件数』と『軽微事象件数』です。効果測定として、《新人二十名さまへ配布》《共用備品の所定配置》《比較期間二週間》をご提案します。記録様式の用意と集計支援は当社で行います」


セナの視線は正面のまま。


「道具の説明を、私にも分かる言葉でお願いします」

「承知しました。まずは耐震灯です。迷宮内の揺れの兆しを“光の脈”で見せる灯りです。脈の速さで危険度を可視化できます」


壁に向けて固定し、つまみを上げる。灯りが心臓のように脈を打ち、すぐ落ち着いた。

セナは表情を変えず、目線で次を促す。


「続いて目印紐です。魔力を流すと床や地面に貼りつくので、通った道を一本の線にして残せます。撤退時の退路確認や、簡易なマッピングに有効です。油面は避け、曲がる所は直角に折らず“丸皿一枚ぶんの丸みで曲げてください。直角は端が浮きやすく危険です。そしてこれが簡易護符となります。弱い悪影響を“薄める”札で主に上層で起きる異常状態に効きます。

こちらは検符板は小窓から覗くと、拾得品の真贋や劣化具合を一目で確認できます。」


間を置かず、共用について触れる。


「また、他の冒険者の方にも使っていただけるように共用備品としては検符板、耐震灯、静音杭、簡易結界炉の支部内所定配置をおすすめします。

静音杭は周囲の生活音を少しだけ弱め、会話が通る静けさを作ります。屋外では短時間、用が済んだら外すのが原則です。

簡易結界炉は薄い膜を出す箱で、小型の魔物なら数分止められます。」


セナは慣れた手つきで手帳に要点を書き付ける。


「わかりました。価格は全て終わった後に拝見します。――二週間、『危険兆候記録件数』と『軽微事象件数』の比較、まずはこちらでよろしいですね」

「はい。記録用紙はこちらをご利用ください。日付/場所/班/起点/取った行動/結果だけのチェック式です」


席を立つ。


「本日はご説明のみで失礼します。明日、実地の短時間デモを準備いたします。社用馬車で見本を運び込み、実際の使用場面をご覧いただけるようにいたします」

「お願いします」


裏手に戻ると、ブランが鼻を鳴らした。社用馬車の帆布をかけ直し、手綱を握る。

――安全な迷宮探索の仕組みなら作れる。今日は、その最初の挨拶ができた。

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