第13話 我に秘策有り

「貴族に推薦じゃと?」

「うん。推薦というか、後ろ盾になって貰いたいんだよね」


 俺が以前、スキル組合に訪れた時もそうだったけど、身分のあやふやな俺みたいな子供は金の有る無しに係わらず信用度が低いと感じた。


 そこで社会的に強い権力を持つ貴族に俺達の事を推薦してもらうのだ。

 出来れば俺の皿を気に入っていて、男爵か子爵くらいの地位の低い貴族が良いのだけど、そんな貴族はいるだろうか。


「うーむ……まあ心当たりが無くはないが」

「爺さん、頼むよ! 今度の売買の時に、手紙で一筆貰ってくるだけでも良いんだ!」


 なんと、いるらしい。

 俺のイメージでは、男爵子爵はかなり貧乏で芸術なんてあまりお金をつぎ込まないものだとばかり思っていた。


「まあ、言ってみるだけならええが、 断られたときの方法を考えて置くのじゃぞ?」

「うん、分かったよ! ありがとう爺さん!」


 爺さんはあまり乗り気ではなかったものの、俺のお願いを承諾してくれた。


 翌日、件の貴族の下を訪ねるというから、俺は隠れ家で皿を作りつつ何事もない一日を過ごした。


「他の商会とかに頼む手もあったのはあったけどさ……」


 隠れ家で淡々と作業をしていると、ついつい独り言が口をついてしまう。


 俺だって、出来る事なら貴族と関わりを持ちたくはなかったさ。


 だけど俺達の商会が大きくなった時に、ライバル関係になるであろう商会に借りを作るのは悪手だと思うんだよ。


「パトロンになってくれるかなぁ……」


 もちろん、その商会が俺達の足を引っ張らない可能性もあるけど、この一年間の経験を通して俺は大人を信じる事が出来なくなってしまったのだ。


 当然、神父やガルーダ村の村人みたいに善人がいる事も分かっている。


「だけど、金に支配された大人は何があっても信用できない」


 ヴィンスとエリーシアだってそうだ。あの二人は、俺のスキルによっては奴隷商に高値で売りつけようとしていたに違いない。


 それを考えると、五歳の時に授かったのが【土あそび】で良かった、と思えなくもない。


「はぁ……寝よ」


 気付いたら思考が脱線して、別の事を考えてしまっていた。


 昨日一昨日と、立て続けに出来事が起きたし、俺は思ったよりも疲れていたのだろうか。明日も忙しい一日になりそうだし、さっさと寝てしまおう。


 翌日、俺は日が昇って少ししてから爺さんの店を訪れた。


「おはよう爺さん」

「おーう、ちょっと待っとれ!」


 店の奥から爺さんの声が聞こえて来た。作業中だったのか。


 近くの露店で買ったホットドッグもどきを食べながら爺さんの作業が終わるでも待つか、と店にあるテーブルへ視線を向けるとそこには俺の知らない先客がいた。


 顔を隠すように、ローブを羽織っていてあんまり近寄りたくない。


「やあ」

「あ、どうも……」


 声からして男。そんな怪しさがプンプンと漂う先客に手招きされたので、渋々ではあるが対面に座る。


「…………」

「…………」


 向かい合って座ったは良いけど、静寂が凄く気まずい。

 俺が椅子に座る時に、ローブに隠された素顔がチラリと見えたのだけど俺の目の前に座っている男は、貴族の関係者である可能性が高い。


 近付くとハッキリ分かったが、平民街ではお目に掛かれないレベルの布を使ったローブなんて自分が貴族関係者だと言っているようなものだ。


 俺のお願いした事に関係しているのだろうけど、貴族相手の礼儀作法なんて知らない。

 爺さん、頼むから早く来てくれ……。


 チビチビとホットドッグもどきを食べ進めていると、俺の顔に視線を感じた。顔をあげると、ローブの奥から覗く一対の青い瞳が、俺の手元をじっと見つめていた。


「あのぅ……」

「なっ! 何かな!?」


 食事中にじっと見つめられるのが堪らず、つい話しかけてしまった。


 俺が声を掛けると、ローブの男は肩をビクリと跳ねさせた。

 男の声は上ずっているし、俺が声を掛けた事で相当びっくりしている様子。


「食べるところをじっと見られると、食べにくくて困るんだけど……」

「すっ、すまない。私は窓の外でも眺めているとしよう!」


 そういうと、ガタガタと椅子の向きを変えて窓の外へ視線を送るローブ男。


 外を見ると言いつつ、ガラスの反射でこちらをガン見しているのがバレバレだ。


 ホットドッグもどきを右へ動かすと、視線も右へ。左へ動かすと、視線も左へ移動する。何だか猫じゃらしで遊ぶ猫みたいだな。


「見えてるよ……」

「何ぃっ……ってしまった!?」


 いちいちリアクションが大袈裟だ。

 最初見た時は、怪しさしかなかったのだけど、このローブ男からは意外と取っつきやすい雰囲気を感じてしまう。


「おう、小僧! 待たせたな……って閣下!? いつの間にいらっしゃってたんですかい!」


 かっか…………閣下!?


「うぇっ!? 閣下って、このローブ男、貴族本人かよ!!」


 貴族関係者だとは思っていたが、まさか貴族本人がこんなオンボロ古物商を訪れる訳無いと思っていた俺は、つい思っていた事を口にしてしまった。


「コレ! 無礼じゃろうが!」

「痛っっっってぇ!!!」


 血相を変えた爺さんの拳骨が降って来て、目の前に星が飛び散った。ソックが食らっていたいたけど、こんなに痛かったとは……。


 頭を抱えて床を転げまわる俺をしり目に、爺さんは平身低頭で閣下と呼ばれた貴族に謝っている。


「閣下、申し訳ありません! まだ世間も知らないガキでして……」

「ハッハッハ! 私はこの少年に身分を明かしていなかったのだから、気にしていないとも!」


 閣下と呼ばれた貴族はバサ、とローブを下ろしその素顔を露わにする。


 数日前に見た金髪とは輝きが違う、正真正銘の金髪に碧眼、オマケにイケメンと来た。


 佇まいからヒシヒシと感じる自信と品格。清々しいほどに貴族らしい男だ。若そうだし、こいつはモテそうだな。


 貴族らしいのだけど、それが鼻に付かないのはこの男のイケメンたるゆえんだ。


「しかし、まさか閣下ご本人がいらっしゃるとは……」

「驚いただろう? 本来なら執事がここに来る予定だったのだがね、あの見事な皿の制作者に会いたくなって少々無理を言って来たのだよ!」


 作業着のままこちらにやってきた爺さんの肩をバシバシと叩き、上機嫌に話す姿は俺の目にも、かなり好印象に映った。


 その閣下は、俺の方へ向き直ると懐から巻かれた羊皮紙を取り出した。


「さあ少年、これを受け取りたまえ! 商会設立の推薦状だ!」

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