第14話 予想外の来訪

「あ、ありがとうございます」


 まだ頭がズキズキと痛いが、貴族からの推薦状を受け取らない訳にはいかない。


 前世で、卒業証書を受け取った時の事を思い出しながら両手で受け取る。


 推薦状とは、クルクルと巻かれたこの羊皮紙の事のようだ。しかし、書いた本人直々に手渡されるなんて思ってもみなかった。


「ふぅ~む! 少年よ、特別に私に気安く話しかける事を許そう!」

「あ、ありがとうございます」

「ノンノンノォ~ン! 少年、私は気安くと言ったはずだ!」


 何か突然気安く話しかける事を許された。それに何故かめちゃくちゃテンションが高い。


 いや、でもなぁ……と助けを求めて、爺さんの方をチラリと見るとブンブンと首を横に振っていた。何が言いたいのか分からん。しょうがない、腹をくくるか!


「あ、ありがとう閣下!」

「イエェーッス! そうそう、それでいいんだよ! あ、ちなみに私の名前はオズワルト・フィリウス。爵位は伯爵、『魔法伯』と呼ばれている!」

「えっ……」


 この男が伯爵だって!?

 爺さん!! 俺、男爵か子爵がいいって言ったじゃないか……。


 目の前の男が、実はとんでもない大物だった事に、思わず頭を抱えそうになってしまった。


 しかも『魔法伯』とかいう二つ名を持っているという事は、その権力は計り知れない。


(ってか待てよ……なんでオズワルト・フィリウスは、俺に商会設立の推薦状を手渡して来たのだ!?)


 一気に背筋が凍り付いた。

 何故分かった!? 俺はある程度身体が大きくなるまで、正体を隠して活動するつもりだったのにどうしてバレたんだ!?


「少年の作る皿は実に美しい。まるで皿と皿をくっつけてしまったかのうような、新しい皿だ……この私ですら、どうやって作ったのか分からない不思議な皿だ」


 うっとりとした様子で、俺の皿に対する品評は続く。


「あの斬新なデザインの陶器は、今や陶器好きの貴族の間で羨望の的になりつつある。私は君の作品の一ファンとして、忠告に来たのだよ」

「ち、忠告……?」


 伯爵が俺の皿のファン?

 呆気なく正体がバレた事で緊張してしまい、喉から絞り出した声は掠れていた。


 ああ、やけに喉が渇いてきた。

 今すぐ水を一気飲みしたい気分だ。一体何を言おうとしているのだろうか。


「気を付けたまえ。古物商が、少年の商会設立の手助けを頼もうとしていたスカラ男爵には後ろ暗い噂があった」

「な、なんですと……」


 爺さんが呻いているが、呻きたいのは俺の方だ。

 力を得る前に正体がバレてしまうのは非常に拙い。出どころ不明の覆面芸術家としてある程度資金を貯めたかったのだが、よりにもよって貴族にバレてしまった。


「少年、そう不安がるな。私は君のファンだと言っただろう。当然、この皿の正体を他の貴族へ言いふらしたりしないし、出来る限り君の商会の後ろ盾になる事も約束する」


 考えようによっては、これで良かったのかもしれない。


 遅かれ早かれ、貴族の後ろ盾を得たいと思っていたのだ。


 ただ、それが少し早くなっただけ。オズワルト・フィリウスの言っている事が本当なら、俺の心配事はかなり減る。


(ええい、どのみちこの男は皿の作成者が俺だって確信している。否定したって何の意味もない。商会の経営に口を出される可能性はあるが、今のところはこの男の誘いに乗った方が得だ……)


「分かった…………オズワルト・フィリウス伯爵。俺達、ポラリス商会の後ろ盾になって欲しい」

「もちろんだとも! ひとまず明日、我が家の執事と共にその推薦状を持って商会の設立を済ませて来たまえ。設立資金は用意出来ているね?」


 オズワルトはパッと破顔して、俺の両手を取ってブンブンと上下に振る。


 俺だけだと、また盗んだんだとか難癖を付けられる可能性があったのだけどさすがは貴族。抜け目ないな。


 とりあえず、明日はその執事とやらと合流して商業組合に再チャレンジだ。


「ふむ、こんなに小さな手からあのような作品が生まれるのだな……素晴らしい事だ」

「あ、アハハ……それほどでも無いよ」

「ふふっ、今はそういう事にしておこうじゃないか。そのうち、私の言っている事が理解出来る日が来るさ」


 オズワルトは今にも俺の手に頬ずりでもしてしまいそうな勢いだぞ……てか、オズワルトはホットドッグもどきじゃなくて、ずっと俺の手を見つめていたのでは? 


「この手から次はどんな素晴らしい作品が生み出されるのか、待ち遠しいよ……古物商よ、次は私の屋敷へ一番に持ってきてくれたまえ。待っているよ」

「は、ははぁ……」


 やけにホットドッグもどきに熱い視線を注いでいたと思っていたのは勘違いだったのか! 


 ぞわぞわぞわっ!

 ふとそんな考えがよぎった瞬間、手の平から頭のてっぺんまで、ぞわっとしてしまった。


 言っておくが俺にソッチの趣味はない。俺は女の子が好きなんだ。


「そうだ、君の名前を聞いていなかったね」


 帰宅の準備をしていたオズワルトがはた、とその手を止めて俺の名前を尋ねて来た。そういえば名乗ってなかったっけ。


「俺はクレイ、今はまだただのクレイだ」

「そうか。ではクレイ、また会おう!」


 オズワルトは、バサリとローブを翻してローブで顔を隠すと店を出て行った。


 店から姿が見えなくなった途端、どっと疲労を感じて俺と爺さんは床に座り込んだ。


「まさか閣下本人が足をお運びになるなんて思ってもみなかったのぅ」

「ふぃー、本当だよ。嵐のような男だった……ってかさ、護衛もなしに一人で出歩くって貴族としてどうなんだよ」

「何じゃ小僧、『魔法伯』の二つ名を知らんかったのか。『魔法伯』オズワルト・フィリウス伯爵は先の大陸統一戦争に齢十五で参戦して、マガ帝国や南部諸国家軍の将兵を次々と倒した国の英雄じゃぞ」


 ん? 色々と知らない単語が出て来たが、まあそれは今はどうでも良い。


「あの男、そんなに強いようには見えなかったぞ……」


 体型もそこまでガッシリとしている訳でもなかったし、顔に戦争で出来た傷痕があった訳でも無い。


 それなのに、実は戦争で大活躍した英雄でした、とかもはや詐欺だろ。あれはどこからどう見てもただの好青年にしか見えなかったんだが……。


「小僧もそう思うたか。ちなみに今年で四十八歳らしいぞ」

「マジかぁ……ありゃ新手の詐欺だな」


 俺達は顔を見合わせて力なく笑う。


 しかし、男爵や子爵に一筆書いてもらおうと思っていただけなのに、とんでもない人物が出てきてしまったな。


「爺さん、お疲れのところ悪いけどこの皿も販売よろしくね」

「おぅ……そのテーブルに置いといてくれぇ」


 爺さんに皿を渡そうとしたけど、精神的に疲れてしまったようでテーブルの方を指さしてきた。どうやら今は休憩したいらしい。


「全く。小僧のせいで、寿命が五年は縮んだわい……」

「シャレにならないからそんな事言うなって! じゃあまた明日!」


 明日からも忙しくなりそうだ。

 俺はテーブルの上に作ってきた皿を置くと、そそくさと古物商を退散したのであった。

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