第12話 押してダメなら
「ははは! あのソックのぽかんとした顔、最高だったな!」
「う、うるさい! あんな勘違いしやすい事を言ったお前がいけないんだよ!」
俺達は今、西の大通りに帰るための乗合馬車に乗っている。
結局、俺達は商会を設立する事は出来なかった。おまけに用意していた銀貨五十枚も、あの男に奪われてしまった。
「商会の設立資金も奪われちまっただろ……」
あの男の言い分としては「これは私直々に衛兵に渡しておいてやる。ありがたく思え」との事だった。
十中八九、自分の懐に入れたのだろう。銀貨五十枚程度に釣られるなんて、しょうもない男だ。
「ソック、そういえばあのドアの花ってなんて名前なんだ?」
「あぁ、あの花はカヴァルサンフラワーってんだ。外壁の近くだと森にいけば生えてるぜ?」
サンフラワー……ああ、どこかで見た事があったと思えばあの花は前世でも見た事があった。
ドアに描いてあったのはこの世界のヒマワリの花。花言葉は多岐に渡るが「偽りの富」、「偽の金貨」というのもあったはず。
この世界の花言葉がどんな意味かは知らないけど、俺達は嵌められたのだ。
つまり、あの部屋はずっとそういう事に使われてきたのだろう。俺達をあの部屋に案内した受付嬢が見せた、あの目の意味も今なら理解出来る。
俺達のような弱者を、一体どれだけの人を食い物にしたのだろうか。想像しただけで腹が煮えくり返る思いだ。
(コケにしやがって……)
今日のところは、大人しく撤退してやる。だが、次はこうはいかない。
俺は、外壁へ沈もうとしている夕日を眺めながら、そう誓った。
翌日。
「何ぃ!? 商会設立を断られただとぉ!?!?」
爺さんの店を尋ねて商業組合での出来事を報告した。
話を黙って聞き終えた爺さんは、腕を組み瞑目したままじっとしていたのだが、次の瞬間今にも怒鳴り込まんとする勢いで怒りだしてしまった。
「ジジイ待てって!」
「とーまーれーーー! 俺に秘策があるんだって!」
俺と、偶然店の前を通りかかったソックの二人掛かりで何とか爺さんのカチコミを阻止する事が出来たが、二人共乗合馬車の駅までズルズルと地面を引きずられてしまった……。
もう少し早く冷静になって欲しかった。お陰でご近所さんから笑われたじゃないか。
「何じゃ、それを早く言わんか!」
「いや、それは俺のセリフだよ。もっと早く止まれって……」
服に着いた土を手で払い落しながら、爺さんの店に戻る。ついでに、昨日の売り上げも爺さんから貰えた。
「ほれ、これが昨日の分じゃ。皿一枚が金貨百枚、ティーカップ一個が金貨二百枚で売れたからの」
皿二枚とティーカップ一個で、売り上げが金貨四百枚。その一割……つまり、この袋の中にはで金貨四十枚が入っているという事だ。
「ほら、これ食事代な。無くすなよ?」
「おう、ありがとよクレイ!」
袋の中から、金貨を二枚ほどソックへ渡す。
一食を銅貨五十枚と仮定すると、一日三食で銅貨百五十枚を消費する計算だ。
ソックも含めて子供は十六人。すると、一日で銅貨二千四百枚が消えていく計算になる。
銅貨二千四百枚とはつまり、銀貨二十四枚だ。少し余裕を持たせて多めに渡しているが、金貨二枚というのは子供十六人が一週間は暮らしていけるだけの金額という事だ。
「毎日ジジイのところは覗くようにしておくから、伝言があったらジジイに言っといてくれよー!」
「おう、じゃあな~」
そういうと、ソックは金貨を握りしめて店から出て路地裏へ入って行ってしまった。恐らく、子供達にお金を渡しに行ったのだろう。
「ワシは古物商であって、伝言屋じゃないんじゃぞ……ソックのヤツ、分かっとるのか?」
爺さんはソックに声を掛けるが、時すでに遅し。ソックは店の外だ。
「さて、今回はどんな皿を持ってきたのか見せてもらおうかの」
「おうよ。今回も自信作だぜ!」
これで、爺さんとの取引は三回目だ。つまり、現時点で俺は二回分の売り上げを貰っている。
今回の売り上げを合計すると、金貨八十枚が俺の手元にある。
あ、昨日銀貨五十枚を盗られたから、正しくは金貨七十九枚と銀貨五十枚だな。
「ふぅむ……今回も高く売れそうじゃ……ところで小僧」
「ん? どうした?」
「服とか買い替えんのか? また組合に行くならそれなりの格好をした方が良いんじゃないか?」
確かに、爺さんの言っている事の方が正しいと思う。
正直、服や靴を買うだけの金はあるけどまだ買わない。宿にも泊まらないし、豪華な食事をしたりもしない。だけど三食は欠かさずに食べる。
今はこれで良いのだ。
「うーん、それをしちゃうとそこそこで終わっちゃうじゃん?」
「終わるぅ? 何がだ?」
「俺がこんだけお金を持ってるのは、今日を生き延びるために足掻いた結果じゃん。確かにそのお金を使えばフカフカのベッドで寝たり、美味しい食事を食べる事だって出来る」
そりゃそうだ。金があればきっちりとした服を着て、人並みの生活なんて簡単に送れる。
俺だけは硬い土の上で寝なくても済むし、俺だけはお腹いっぱい食べる事だって出来る……俺だけは、ね。
「それじゃあダメなんだ。今も路地裏で暮らしているソック達と商会をやろうって時に、一人だけ宿屋でぬくぬくと暮らしてる俺を子供達は仲間として受け入れてくれると思う? 思う訳ないよね。この金貨を全部賭けたって良い。俺だったら、そんな奴助けようなんて気も起きないね。どうせ自分だけ良い暮らしが出来たら満足なんでしょ、って心のどこかで思うに決まってる」
そうなったら仕事も何もあったもんじゃない。俺達は金だけを求めて、ずるずると代り映えのしない日常を過ごす事になるだろう。
そうしていつかどこかで誰かの限界が訪れて、俺達は道を
「だから、俺が稼いだ金でも安易に使う事はしない。これから商会の建物を探したりしないといけないし、お金は他の事で入用になってくるからね……」
「うむむ……小僧が納得しておるならワシからは何も言わん。じゃが、商会を持つなら相手に舐められぬように、ドレスコードに沿った服も用意しておかねばならんぞ?」
もちろん分かっている。何も、ずっとこの服装のままでいる訳ではない。
いずれは商会の代表に相応しい恰好をする事もあるだろう。
「うん、商会の代表として締めるところはきっちりと締めるようにするよ」
「それが良いじゃろうな……ところで、商会の設立はどうするつもりなのじゃ?」
商会なぁ……多分、大人である爺さんについてきて貰うのが良いとは思うのだけど、それだけだと万が一もあるし
爺さんにはまた面倒をかけてしまうけど、ある事をお願いしようと思う。
「爺さん、俺の皿を特に気に入ってそうな貴族を教えてよ」
「なんじゃ、そんな事を気にしてどうするんじゃ?」
爺さんは不思議そうに首を傾げる。
「貴族に俺の商会設立を推薦してもらうんだよ」
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