第11話 いざ商業組合へ

 商会を立ち上げると決めたその日から、爺さんは積極的に動いてくれた。俺がどうやってあの陶器を作っているのか理解したのだろう。


 もちろん、俺のスキルについては教えていないので、どうやって作っているのかは分からないはずだけど、陶器と陶器を何らかの方法でくっつけているんだという事は理解したはずだ。


 俺達が爺さんの下から独立する形になるので、一見すると爺さんにはデメリットばかりで何のメリットもないように見えるが、ちゃんと爺さんにもメリットがある。


 爺さんが貴族にあの皿を売りこむ時、出どころがハッキリせずに苦労していたのが「ポラリス商会から買い取った」という事が出来るのが一つ。


 爺さんに集中している問い合わせを減らすことが出来るだろう。


 もう一つが陶器の増産が期待出来るという事。

 俺一人だと、準備や持ち込み・材料探しで一日に多くて四つくらいしか皿を作る事が出来ないが、役割分担をする事で、俺の自由な時間が増え、皿の制作に集中出来る。


 これまた、俺の皿を求めている貴族に、皿が行き渡り爺さんは本来の古物を取り扱う余裕が生まれるだろう。まだまだメリットはあるのだが、大きなところはこの二つ。


 さて、ソックと出会ってから三日後。俺とソックは王都にある商業組合へ、商会設立の手続きへ赴く事になった。


 ちなみに、商会で雇う事になる捨て子とはまだ顔合わせが出来ていないが、全員で十五人らしい。そこに、俺とソックを合わせた十七人が、商会の初期メンバーとなる訳だ。


「でっけぇー……」

「あぁ、確かに大きいな」


 俺達の居た大通りは、王都の西側にあったらしくお店が立ち並ぶ区画らしいが、商業組合を始めとした公共施設は王都の北側に集まっているらしく、王都をぐるりと一周する相乗りの馬車に乗って王都の北側へとやってきた。


 ここに捨てられる直前に丘から王都を眺めていて思ったが、王城と外壁までの距離は十キロくらいはありそうだ。


 半径十キロといえば、皇居から荒川を超えた向こう岸に掛かるくらいの大きさという事だ。


 東京二十三区の中でも目黒や品川の辺りまですっぽりと包み込んでしまうと言えば、その大きさが分かってもらえるのではないかと思う。


 王都に暮らしている人が多いのは、言うまでもないだろう。


 そんなこんなで俺達は、朝一番に乗合馬車に乗って西大通りから北大通りにある商業組合を目指していた。

 やがて、俺達の目の前に現れたのは石造りの大きな建物。周囲の建物より頭一つ分高いので、恐らく三階建てだろう。


「な、なぁ……俺達、あの中に入るんだよな?」

「なんだよ、ビビったのか?」

「ち、違うわい!!」


 そんな軽口を交わしつつ俺達は、というよりソックは恐る恐るといった様子で建物の中へ入った。


 俺? もちろん至って普通だったが? 

 前世サラリーマンを舐めるんじゃない。日本には、ここよりもっと高くてもっと大きい建物がいっぱいあったのに、何にビビれと言うんだ。


「おいソック、ビビってたら置いていくぞ?」

「ま、待てってクレイ!」


 それでも腰が引けた様子のソックを、半ば強引に連れて建物の中に入ると、中に居た人からの視線が一斉に集まってきた。


 しかし、入ってきたのが子供二人。それも二人共靴を履いていない貧乏な子、という有様だったので集まった視線は霧散した。


 一階には受付らしきカウンターがある。受付嬢が五人程度仕事をしていて、そのうち三つは客の対応中だった。


 空いている二つの内、カウンターの一番端の方へ向かって歩いていき、手すきだった受付嬢へ話しかけた。


「あのー、すみません」

「……はい、本日はどういったご用件でしょうか?」


 返答までに少し間があったが、それ以上動揺することなく用件を尋ねて来た受付嬢。俺はそんな受付嬢の対応に内心驚きつつも、話を先へ進めた。


「商会を立ち上げようと思っていて……」

「はい、商会設立の申し込みですね? 少々お待ちください」


 明らかに捨て子だと分かるくらい小汚い俺達を見ても、眉一つ動かす様子は見受けられない。


 うむむ、もしかしたら商会の設立自体を拒否されると思っていたけどすんなりと第一関門を突破してしまった。


「ソック、しっかりとしろって……おい!」

「うわぁ、美しい……グェッ!」


 ぼーっと固まったままのソックを連れて綺麗な受付のお姉さんに目を奪われている様子のソックを、肘で突きながら俺はこれからの事について考えていた。


 本来は、ここの商業組合に加盟している爺さんと一緒に、訪れる予定だったのだけど爺さんは貴族の屋敷へお呼ばれされてしまったので、ここにはいない。


「商会設立の件でお待ちの方、こちらへどうぞ……」

「ソック、行くぞ!」

「お、おう……」


 商業組合の壁際で待っていると、案外早く受付嬢に呼ばれた。またもや、受付嬢の顔を見てぼぅっとしているソックを、引きずるようにして受付嬢の後をついていく。


「こちらの花の絵の部屋でお待ちください」


 カウンターの横を通り、組合の建物の奥へと案内された俺達は、ドアに前世でも見た事のある、ヒマワリっぽい黄色い花の絵が描かれた部屋へと通された。


 部屋へ入る際、受付嬢の俺達を見る目の色が少し気にはなったが、まあいい。


 さて、数十年前に組合に加入した爺さんが覚えていたのはここまで。

 商会の設立資金である銀貨五十枚は、すでに稼いでいるしこの後も何事もなく終わればいいが……。


「おいソック、お前何しにここまで来たんだよ」

「す、すまんクレイ。つい目で追ってしまってよぉ……」

「ったく、気をつけろよ?」


 俺が「捨て子達の生活が懸かってるんだぞ」と、少し厳しめに注意をするとソックは反省した様子だった。


 俺達が案内された部屋で椅子に腰かけて足をプラプラさせていると廊下からコツコツと革靴の音が聞こえて来た。


 恐らく面談が行われるのだと思うがどんな事を聞かれるのだろうか、とふと不安な気持ちが鎌首をもたげてきた。


「スゥーーー、ハァーーー」


 知らず知らずのうちに少し緊張していたのかもしれない。


 一度深呼吸をして、身体中を脱力させる。

 俺が姿勢を正したのとほぼ同じタイミングでドアが開いた。


 現れたのは眼鏡の奥から切れ長の黒目が覗く、やや薄めの金髪を丁寧に撫で付けたいかにも神経質そうな男だった。


「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「フンッ……君たちかね、商会を設立したいと言ってきたガキは」


 挨拶を無視して俺達をジロリ、とめつける男。そうして口を開いたと思ったら、開口一番からかなり態度が悪い。声色が冷たい所為か、やけに刺々しく感じてしまう。


「ガキとはなんだこの――」

「ああ、どうも不快にさせてしまったようで、申し訳ありません」


 ソックがすぐに言い返そうとするのを制して、俺は男へ深々と頭を下げた。


 ソックも、そんな俺を見て不満気な顔で渋々頭を下げる。


 そのまま三十秒くらい頭を下げ続けただろうか。男は盛大に舌打ちをすると、コツコツとテーブルへ歩き出した。


「チッ……商会の設立金はあるんだろうな」

「はい、ここにあります」


 手に持っていた袋をテーブルへ乗せる。

 中には、俺の皿を売って出た利益である銀貨五十枚が入っている。


「チッ……そんな汚い袋に触れるか。今ここで、十枚ずつ積み上げろ」

「はい」


 いちいち舌打ちしないと死んでしまうのだろか。この部屋に入った瞬間からイライラした様子の男の指示に従って、銀貨を十枚ずつ積み上げる。


 そんな様子を見ながら、男は大判の羊皮紙がまとめられた本をペラリペラリと捲っている。


「出来ました」

「……どこから盗んで来た」

「は?」

「その金はどこの誰から盗んだ金だ、と聞いたんだ」


 男は椅子から立ち上がり、座っている俺達を見下しながら言う。子供だけでは面倒事が起きてしまった。やはり爺さんと一緒に来た方が良かったかな。


「盗んでなんかいねぇ!!」

「お前達のような薄汚いガキが、銀貨五十枚なんて用意出来る訳がないんだよ……さあ、さっさと出どころを言え!!」


 たまらずソックが言い返すと男は拳をドン、とテーブルへ叩きつけて俺達を威圧するような態度を取る。


 男は、一見すると真面目に仕事を熟す上で銀貨の出どころを疑っているように見えるが、目的別にあるはずだ。


 恐らくだが、商業組合は最初から俺達に商会を設立させるつもりがなかったのだ。


 だけど、カウンターで俺達に文句をつけると商業組合の評判が下がってしまう。だから、こうして密室で俺達はいちゃもんをつけられているという事なのだろう。


「盗んでねぇって言ってんんだろうが!!」

「盗んでないとは言うがね、君みたいな薄汚い人間の言う事など信用出来ない。本当に盗んでいないというのならば、それを証明してみたまえ!」


 ソックも男へ必死に言い返してはいるものの、男の方が一枚も二枚も上手だ。


(うーん、ここで俺達が金の出どころを証明出来ない以上、この男と言い争いをするのは得策ではないな……別に手を考える必要があるな)


「よし、ソック。商会設立は諦めよう!」


「…………は?」

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