第9話 提案
俺は、ソックを問い詰める。
「本当の事を話してくれないか?」
「なんだよ、俺が食いもんに使ったって、そう言ってるだろ!?」
俺が嘘吐いてるのかよ、と開き直った様子のソックは、俺に反論をぶつけてくる。
心なしか、身体の各所を揺らしている様子を見ると少し苛立ちも感じているだろうか。
「俺もこの金を手にしたその日は、露店でお腹いっぱいになるまで食べたさ」
「だ、だろ? なら――」
「だけど、その時は銀貨二枚くらいしか使っていないんだ」
「…………っ」
「服や靴を買ったという訳じゃなさそうだし、一体どこに消えてしまったのだろうね?」
具体的な数字を出された事で、黙り込んでしまうソック。
そう、俺が気になっていたのはそこだ。消えた銀貨四枚と銅貨二十枚で、服とか靴を買っているならそれを身に着けているはず。
俺と同じくらいの体格をしているソックが、銀貨四枚分の食事を食べきれるとは思えないんだよな。
「何が……何が言いてぇんだよ!!」
「俺は、俺と同い年くらいの少年が、たった一日で銀貨四枚を消費出来るとは思えないって、言ってるんだよ」
ソックとようやく視線が合った。
意思の強さを感じる目だ。
これを言ったら爺さんは烈火のように怒りそうだがコイツ、俺から金を盗んだことを悪いとは思っていても微塵も反省してないな。
「考えられるのは借金か、はたまた本当に食べ物を買っただけなのか……?」
「だから……さっきから食いもんに使ったって、言ってるだろうがっ!!」
「じゃあ何を買ったか、具体的に言えるかい?」
「それはっ……」
自分で食べたなら具体的なメニューを説明できるはずだけど、それも出来ない。となると、ますます俺の予想が現実味を帯びてくる。
「ソック、君は何を食べたか知らなくて当たり前だ。だって君は俺の銀貨四枚と銅貨二十枚を一切使っていないんだから」
「……」
「んなっ!」
爺さんがあり得ない、と言いたげな驚いた表情を浮かべる。
ソックは、先ほどまでの様子とは打って変わってガクリと顔を伏せてしまっていた。その様子を見て俺の予想は、確信へと変わった。
「ソック、君は他の捨て子に金を与えたんだろう?」
そう、二年前の不作で口減らしをしたのはソックの村だけじゃない。
王都にはソック以外にも捨て子が居たのだ。
ソックは、そんな捨て子を守るために爺さんに止めると誓っていても、腹を空かせた子供を見るとスリが止められなかったのだろう。
俺の金を子供に与えた後、ソックは再度スリを行うためにすぐにその場を立ち去った。
だから、子供が食事をした事は知っていても、何を食べたのかまでは知らなかったのだ。
「―――んだ」
肩を震わせながら、ソックが何やらぼそっと呟いたがよく聞き取れなかった。
「ん?」
「……だったら、なんだってんだ!!」
「うわっ!」
突然、ソックが立ち上がったと思ったら俺の方へ突っ込んできた。俺はロクに受け身も取れず、爺さんの店に置いてあるガラクタの山へ突っ込んでしまった。
「俺達の事を哀れとでも思っているのか!?」
「違う」
顔を真っ赤にしながら、鼻息荒くソックが俺のお腹の上に座った。俗にいうマウントポジションってやつだ。今にもソックにぶん殴られそうだが、ソックの問いかけに対して口は自然と動いた。
「なんだ、じゃあ優しい優しいお前が金でも恵んでくれるのか!?」
「そんな無駄な事はしない――ぐぁっ!」
ソックの拳が、俺の左の頬に突き刺さった。くそぅ……結構痛いぞ。それに、口の中が切れているだろうか、血の味がする。俺が痛みに呻いている間に、さらに二発ほど肩口を殴られた。
「無駄だって!? それじゃあ俺達みたいな捨て子はさっさと死ねって事なのか!?」
「……違う!!」
俺がソックの胸倉をつかんで力の限りを振り絞って顔を引き寄せる。
俺達は互いの息がかかる距離まで接近した。至近距離でしばし、互いをにらみ合っていたところ、散らばったガラクタを掻き分けて、爺さんがやって来た。
「止めんか! 小僧から離れろ!」
「クソっ! 放せ! 放せよジジイ!」
爺さんはなおも暴れるソックを羽交い締めにすると、俺の方へ何とかしろと言いたげな視線を寄越して来た。
「まあ落ち着けって。人の話は最後まで聞くべきだぞ、ソック」
「うるせぇ! テメェに俺達の何が分かるって言うんだ!?」
「分からねえよ、知るかそんなもん」
いい加減にうるさくなってきたので、俺はソックに言い放ってやった。
俺の言葉に、ぽかんと口を開けたまま固まるソックと爺さん。俺が言った言葉をだんだんと理解しててきたのか、ソックの顔がさらに赤くなっていく。
「そもそも、俺も捨て子なんだよ。俺だって捨てられていたのに、誰も助けちゃくれなかった。ソック、お前は恵まれてるよなぁ……爺さんに拾って貰って、こんなに心配もしてもらえてよぉ」
ソックに息つく暇を与えないように、俺は畳みかける。
「そんな爺さんの厚意をふいにするように店を勝手に飛び出して、挙句の果てにスリなんて俺だったらこの店の敷居を
「じゃあ、どうすればよかったってんだよ……俺は見ちまったんだ、あのチビ共がガタガタと路地裏で震えているのを」
暴れるのを止めたソックが呟いた。ソックは他の捨て子を無視出来なかったのだろう。
ソックはソックなりに、他の捨て子を助けようとしたのだろう。
「俺だって、スリがダメだって分かってる、分かってるんだ! だけど、誰も俺達の事を助けてくれない! ギリギリの生活をしてた爺さんに『他の子供の面倒も見てくれ』なんて口が裂けても言えなかった! 何もしなかったら、俺達は路地裏でひっそりと死ぬだけなんだ、じゃあ俺がやるしかないだろ!!」
腹の底から絞り出すように、ソックは自分の思いを吐き出した。ようやく事の真相を知った爺さんは、ソックの事を抱きしめながら言った。
「この……この、馬鹿者が……ワシの事なんぞ、気にせずに頼ってくれれば良かったんじゃ……!」
「爺さん、ごめん……ごめん!」
ソックも、涙を流しながら爺さんに謝罪を繰り返していた。うんうん、俺がわざわざ殴られた甲斐があったというものだ。やっぱり子供は素直にならないとね。
感情の高ぶりも治まった頃合いを見計らって、俺はソックに話を持ち掛けた。
「なあソック。お前も含めて他の捨て子全員、俺が面倒を見てやるよ!」
「何の冗談だよ……。お前も捨て子だって言っていたじゃないか、どこにそんな金があるんだよ。それよりも、俺の代わりに爺さんに雇ってもらえよ」
ソックは、泣きはらした目で俺に爺さんのところで働くように薦めてくる。
捨て子が何人いるか分からないけど、皿の売買で全員を食べさせていけるだけの金は手に入るはずだ。
「じゃあ、ソックはスリをせずに子供達を食べさせていけるのか?」
「それはっ……それは、何とかする!」
「どうやって?」
そう、そうなのだ。俺が定職に就けたとしても、ソックがスリを止められなければ意味が無い。
今もどこかでお腹を空かせているであろう子供もそのままだし、ソックが万が一衛兵にでも捕まってしまえばそのまま餓死してしまうだろう。
「それも……今から考える!」
俺に爺さんの店を薦めておきながら、ソックはどうやって金を稼いでいくのか。そこでソックを説得するために、俺は爺さんに協力してもらう事にした。
「なあ爺さん、あの皿がいくらで売れそうかソックに教えてやってよ」
「ぬ? あの皿じゃと……金貨百枚は堅いの」
「き、金貨百枚だと!?」
俺は徐に、爺さんに話しかけるとあの皿の売買価格を教えてもらった。
うーん、金貨百枚!
さすがは貴族、金払いが良いね。そんな俺達の会話を聞いて、ソックは顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けて驚いていた。
「あのマグカップはさらに高いぞ。金貨五百枚はするのぉ」
「ごひゃく……きんか、ごひゃくまい……?」
おや、どうやらソックは考えるのを止めてしまったようだ。
ふむ……これで、俺の言葉を信じてくれただろうか?
―――――――――――――
これにて1章終了です。
少しでも面白いと思っていただけましたら、励みになりますので、作品のフォローや♡☆で応援いただけると幸いです!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます