第7話 再会
翌日。
日が昇って少しして目が覚めた俺は、昨日の残りのパンに口の中の水分を持っていかれながら、苦労して食べきった。
お陰で現在、俺の口の中はパサパサである。早急に水分補給をしたいところではあるが、生憎水を買うための金が無い。
「喉乾いたなぁ……」
口の中の渇きを意識する度に、俺がこんなに口の中をパサパサにするハメになった、あの少年の事を思い出してしまってだんだん腹が立ってきた。
「クソッ、せっかく忘れかけていたのに!」
ここで文句を言っていたって、俺の喉が潤う訳でもない。仕方がないので、俺は今日売る予定の皿とコップを布に包んで、古物商の店を目指して歩き始めた。
「おはよー!! 爺さーーん!」
古物商は――というか、さすがに朝が早すぎて大通りの店も少ししか開いていない時間に古物商へと着いてしまった。
仕方がないのでガンガンガン、とひたすらドアをたたき続ける。大通りを歩いている人からの視線を感じるが、そんなものは無視だ。
「あーけーろー!!」
「えぇい、こんな朝っぱらからやかましいのはどこの誰じゃ……!」
何度目かの挑戦で、ようやくドアがガチャリと開いた。
爺さんはまだ寝ていたのか、目をショボショボと擦りながら気だるげな様子でジロリとこちらを睨み付けて来た。
「爺さん、俺だよ俺!」
「んん? 皿の小僧じゃないか!」
「小僧って……俺にはクレイっつー名前があんの!」
まあ名前を付けた親に捨てられたんだけど、と内心で思っていると爺さんに手招きされた。どうやら開店にはかなり早いが、店に入れてくれるようだ。
「おい小僧、そこら辺に座って待っとれ」
「だから俺はクレイ――って、もう居ないし……」
一昨日も交渉で使ったテーブルを指さしていたので、お行儀よく座って待っている事にする。
爺さんは俺の事を「オメェ」とか「小僧」としか呼ばないので、どうやって俺の名前を呼ばせようかと考えていると、心なしかシャキッとした爺さんがテーブルへやってきた。
「ふぅ、一体こんな朝っぱらから何のようじゃ」
どかりと椅子に座った爺さんが、問いかけてくる。
「それがかくかくしかじかで――」
俺は爺さんに昨日あった事を、懇切丁寧に説明してやった。まず美味そうな店を見つけた事。その後、街でスリに遭った結果一文無しになってしまった事。お金を前借させて欲しい、という事。
「――で、こんなに朝早くにやって来たと」
「おう!」
胸を張って言い切った俺を、爺さんはジロリと見つめてくる。
「おう、じゃないわ! このバカタレ!」
「イテっ! 何すんだよ爺さん!」
「そりゃこっちのセリフじゃ!」
ガツーンとそこらにあった鍋で頭を叩かれてしまった。
何てことしやがるこの爺さん。視界にチカチカと星が飛び散っている。涙が出るほど痛かったぞ……。
「俺の貴重な水分を返せ!」
「やかましいわ……くぁーーーっと」
俺の訴え空しく、痛みでうずくまる俺を横目に爺さんは大きなあくびを連発している。
「ったく、朝早くに叩き起こしおって……その布の中身を早く見せんかい」
文句を言いつつも爺さんは、その布の中身を見せろと言わんばかりに手で催促してくる。俺は頭を
「ほほぉ……前に小僧が持ってきた物とは、ちぃと模様が違うのぉ」
「おうよ、今回はコップも持ってきたぞ!」
「皿が二枚に、マグカップだな。どれどれ……」
爺さんは一つ一つ、丁寧に検分していく。
貴族に売りつける物に、割れや欠けなどの
「おい小僧」
「なんだよ、急に改まって」
皿やコップをなめまわすように見ていた爺さんは、急に真剣な表情で俺に話しかけてきた。
「前回持ってきた皿もそうなんだが……」
「何か問題があったのか?」
もしや、貴族に売れなかったのだろうか。こういう時は、ネガティブな方向に思考が働いてしまう。
急にドクドクと聞こえだした心臓の鼓動を、聞かなかった事にしながら、何やら言いにくそうにしている爺さんに続きを促す。
「コイツらって盗品じゃねぇんだよな?」
「はぁあ!? 爺さん、いくら俺が金に困ってるからって――あぁ?」
真剣な表情で何を言い出すかと思ったら、俺が持ち込んだ物を盗品だと疑っていたのか。
疑われた事で俺が怒ったと感じたのだろう、爺さんは慌てて「違う違う」と胸の前で両手を振る。
「小僧が前回持ち込んだ皿、あったじゃろ?」
「おう、それがどうしたんだ? 貴族に高値で売れただろ?」
あの皿がどうしたっていうんだ。爺さんの話の続きを待つ。
「何故それを知っとる……まあいいか。とにかく、ワシが言いたかったのは小僧が持ち込んだ皿は、たった一日で社交界で注目の的になってしもうたのじゃ」
「はぁ。それでどう盗品とつながってくるんだ?」
「良いか一回しか説明せんからちゃんと聞けよ?」
爺さんが言うには、こうだ。
俺の考えていた通りあの皿は、珍しい物が好きな貴族に売ったらしいのだがその貴族が昨日の夜に夜会を開いたらしい。
珍しい物好きな貴族の夜会には、当然珍しい物が好きな他の貴族が集まってくる。
そこで貴族のコレクションを見せ合って、美術的センスやお抱えの芸術家の腕で貴族が勢力争いをする訳だ。
そこで、異なる陶器同士がくっついたあの皿はかなりの注目を集めたそうで――
「昨日の夜会が終わった後、貴族の使いが何人もワシの店に訪ねてきてのぅ……眠いからと無下に扱う訳にもいかんし……」
そうか、だから爺さんはあんなに眠そうだったのか。俺の所為で何だか申し訳ないと思ってしまうが、それと盗品とどうつながるんだ?
俺が頭に疑問符を浮かべていると、爺さんは続けて言った。
「ええか、要は貴族が物を欲しがっとるっちゅーのに物が無いではワシも貴族も困る訳じゃ」
まあそれは分かる。
爺さんは商人として、物を用意して貴族とのつながりを持ちたいだろうし、貴族は珍しい物好きとしても貴族としても負けられないという事だろう。
「あぁ、分かったぞ爺さん。つまり、俺がコイツらを大量に用意出来るかが知りたい訳だな?」
「そうじゃの。盗品じゃったら数も用意出来んし、そうなれば小僧は貴族の不興を買って打ち首じゃ」
「う、打ち首ぃ!?」
事もなげに放たれた言葉に、ギョッとして爺さんに聞き返す。
不興を買っただけで死刑とか恐ろしすぎるんだが……。寒くもないのに、何だか首元がスースーとして来た。
「ま、まあ安心しなよ爺さん。時間と物さえあればあの皿はいくらでも用意出来る」
「ふぅむ……」
その時、カランカランとドアベルの涼やかな音が店内に響き渡った。
「おいジジイ! 今日はよぉ! 何かガラクタを買いに来てやったぜ!」
この甲高い声からして少年だな。ドタバタとこちらに近寄ってきたのに、急に静かになってしまったので、気になって横目で少年の様子をチラリと見る。
すると、目を見開いてこちらを凝視する少年と目が合った。
「や、やべっ……」
ボロボロの服に、裸足。一目見て分かった。少年は俺と同じ路地裏暮らしだと。
だが何やら少年は俺を見て焦っているようだが、誰かと勘違いしているのではないだろうか。
チリ、チリ……と頭の隅で何かが引っ掛かった。
(なんだ? 俺はこの少年を見た事がある?)
そうして少年の少しくすんだ赤髪からつま先まで見下ろすと、少年が手に持っているある物を見つけてしまった。そうだ、思い出した!
「あーーー! お前、その赤髪にその袋!!」
そこにいたのは、俺の全財産が入った袋を高々と掲げた姿勢で固まっているスリらしき少年だった。
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