第6話 無意識の結果

 翌日、俺は魔力が許す限り皿やコップを作り続けた。

 時にはわざと皿を割って、繋ぎの陶器を二つ入れてみたりもした。集中して作業していたからか、気付けばお昼時だった。


「ふぅ、何だかお腹空いたな……って太陽もかなり上ってるし、もう昼か?」


 そろそろ魔力も底を突きそうだったし、キリも良いので腹ごしらえをする事に決めた。腰に銀貨の詰まった袋をぶら下げて、大通りにやって来た。


「肉~、肉はいらんかね~!」

「新鮮な野菜だよー! いらっしゃいいらっしゃい!」


 活気溢れる大通りを、人の波に揉まれながら歩いていく。


 昨日の今頃は覚悟を決めて、古物商と交渉をしていた時間帯だなぁ、なんて思いながら行く当てもなく大通りをぶらついていると何やら美味しそうな香りが、俺の鼻腔を刺激した。


「ん? この匂いは……あの店か?」


 ややスパイシーな匂いを辿っていくと、そこそこお客が入っているお店にたどり着いた。


 少し距離を取って見ていると、皆何かを手に持って食べている。うーむ、今日の昼ご飯はあの店に決めた。


「すみませーん! さっきの人と同じヤツ、一つください!」

「はーい」


 エプロン姿が良く似合う赤毛のお姉さんに注文して、軒先でぼーっとしながら待つ事数分。


「はい、そこの少年。銅貨五十枚ね」

「ちょっと待ってね……はい、五十枚ね」

「毎度あり~」


 少し苦労して袋から銅貨を五十枚引っ張り出して、お姉さんに手渡した。


 しっかし、じゃらじゃらと大量の小銭を持ち歩かないといけないなんて不便だな。キャッシュレス、という便利なテクノロジーの恩恵にあずかっていた身からすると面倒極まりない。


「うーん、ちょっと辛いけどこれも美味い!」


 出てきたのはホットドッグのように、細長いパンに肉と野菜を挟んだ歩きながら食べられる惣菜パンだった。


 鳥肉のような淡泊な肉と野菜の上に掛けられた黄色いソースがピリリと辛く、程よいアクセントになっている。


 串焼きよりも高いけど、その分パンも大きいし、銅貨五十枚分の価値はあるな。


「あそこのお店はリピート決定だな」


 そんな事を考えつつ、パンを食べながら歩いていたからだろうか。俺は、前から歩いて来ていた俺と同じくらいの少年とぶつかってしまった。


 その際、少年の被っていた帽子が落ちて少しくすんだ赤髪が露わになった。


「うわっ!」

「おっと、ごめんよ!」


 食べ物に夢中になっていた俺も悪いのだが、ぶつかる寸前に一声掛けてくれても良かったじゃないか。


 危うく銅貨五十枚もしたパンがダメになるところだった。


 少年は、一言謝るとこちらを見向きもせず帽子を拾ってさっさと歩きだし、人混みの中へと消えてしまった。


「ったく、さっさと腹ごしらえするか……」


 今度は人とぶつからないように、路地裏でパンをゆっくりと食べる。うーん、ピリッとしたソースがクセになって美味い!


「あっという間に食べきってしまった。うーん、喉が渇いたな……」


 匂った通りスパイシーなソースだったし、食べ終わる前から少しずつ喉の渇きを感じていた。さて、銅貨も残っている事だし水売りはいるかな?


「ん……あれぇ?」


 爺さんに貰った袋から銅貨十枚を取り出そうと、腰に手をやると何と袋が無かった。


 どこかで落としたのだろうか。慌てて路地裏を飛び出した俺は、歩いてきた道を逆走し始めた。


「俺の銀貨……どこだ……」


 あの中には俺の全財産が入っていたのに、どこかに落としてしまうなんて……。目を皿にしながら、俺は地面に袋が落ちていないか探し続けた。


 そして一向に袋が見当たらないまま、俺は先ほどパンを買ったお店まで戻って来てしまった。


「あれ? さっきパンを買ってくれた少年だよね?」


 お昼時が終わって暇なのだろうか、店内の客はまばらでカウンターでのんびりしていたお姉さんに声を掛けられた。


 もしやこの店で買い物をした時に、落としてしまったのではないだろうか。


「お姉さん、銀貨が入った袋って落ちてませんでしたか!?」

「うーん……見てないなぁ」


 お姉さんも知らない、か。店の人に聞いてみても、そんな袋は知らないと言う。


 腰から落ちないように紐でちゃんと結んでいたはずなのに、一体どこで落としてしまったんだろうか。


「どこで落としたんだ……」

「君、もしかして袋をられたんじゃないか?」


 俺も大通りを歩いていたら財布を掏られちゃってさ、とお客の一人が話しかけてきた。


「掏られたって……金を盗まれたって事!?」


 意味を理解するのに、少し時間が掛かってしまった。なんてこった……。その考えは眼中にすら無かった。


 そうか、当たり前だけどここは日本じゃないんだ。


 裕福な日本でも時たまスリが発生しているのに、それよりも圧倒的に貧しいこの王都にスリがいない訳がなかったんだ。


 しかしいつだ。いつられてしまったんだ!?


「あぁーーーっ!! あの時俺にぶつかってきた子供か!?」


 俺が記憶を思い返していると、少し前俺にぶつかってきた赤髪の少年が居た。もしやあの時盗まれたのか!?


「ちょ、少年!?」

「ああ……全財産、失った……」


 あまりのショックの大きさに足の力が抜けてしまい、地面に座り込んでしまった。カウンターで事の成り行きを眺めていたお姉さんが慌てて声を掛けてきた。


「え、えぇ!? いくら入れてたの!?」

「……銀貨六枚と銅貨三十枚」

「あちゃぁ……大金じゃない……」


 今からあの少年を探しても無駄だろう。


「ハハハ……今日も晩御飯抜き……ハハハハハ」

「しょ、少年! ちょっと、少年!!」


 閑話休題おちつきました


「本当にありがとうございます!」

「いいのいいの、どうせ売り物にもなんないし」


 俺の様子があんまりに可哀想だったのか、お姉さんからパンの切れ端袋いっぱいに貰った。お陰様で、今日の夜はお腹を空かさずに済みそうだ。


 お姉さんやお店の人に何度もお礼を言うと、今度は誰にも盗られないように両手が真っ白になるくらい袋を握りしめながら足早に隠れ家へ向かう。


「よーし、今日は腹いっぱい食べるぞー!」

「やったー!」

「何食べても良いの!?」


 帰宅途中、俺よりもボロボロの服を着た子供十人くらいとすれ違った。雰囲気からして俺と同じ捨て子だと思うが、どうやら彼らは今日のご飯にありつけるようだ。


「いいなぁ……」


 そう思って彼らの様子を眺めていたのがいけなかったのだろうか。子供達のリーダーみたいな女の子とバッチリ目が合ってしまった。


 俺は慌てて路地裏に飛び込んで隠れ家を目指す。


 ただでさえひもじいのに、子供達の事を羨ましいと思っている自分を自覚してしまったせいで、さらにひもじく感じてしまった。


「はぁ……しかし、油断していた」


 隠れ家でパンの切れ端をつまんでいると、スられたと思わしき時の光景が脳裏に蘇ってくる。


 くそぉ……ちょっとでも俺が警戒していれば、俺だって今頃は美味しい夕飯にありつけていたはずなのに……。一気に一文無しへ戻ってしまった。


「あの少年め……今度会ったらただじゃ置かないぞ……」


 幸いにも明日は、貴族と商談を終えたであろう古物商が、俺の来店を首を長くして待っているに違いない。


 借りを作ることにはなるが、今日作って置いた皿やコップの代金を前借させてもらおう。

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