第5話 交渉

「銀貨十五枚……と言いたいところだが、銀貨九枚でもいいよ」

「何! それじゃあ――「ただし!」――なんじゃ」


 俺は、銀貨二十枚から一気に銀貨九枚まで価格を落とした。半値以下だ。


 爺さんとしては、「この皿は間違いなく貴族の珍しい物好きに売れる」と思っているだろう。


 だが、もし売れなかった時の事を考えると、なるべく安く買い取りたいはずだ。


「銀貨九枚で売っても良いが、条件がある」

「その条件とはなんじゃ……」


 俺としては銀貨六枚が目標だったため、もう少し交渉を長引かせたら交渉が成立する事はほぼ確実。


 だが、この皿の本当の価値は計り知れないと思っている。


【土あそび】だから出来たのだ。


【土あそび】を持った他の人が、俺と同じ発想に至らない限り、この皿は俺しか作る事の出来ない特別な皿という事になる。


「次から皿の売値の一割を俺に寄越せ」

「うむむ……」


 この皿は絶対に貴族に売れる。


 俺の知っている貴族は、とにかく珍しい物に目が無いというイメージだ。

 いくらボロい店とはいえ、この爺さんは大通りに店を構えているだけあって、貴族の顧客を持っている。


 爺さんは、この皿を真っ先に貴族に売りに行くだろう。その貴族は十中八九、皿を他の貴族に見せて自慢するはずだ。


「なあ爺さん。俺は爺さんを百戦錬磨の古物商だと見込んでるんだぜ?」

「し、しかし……まだ売れると決まった訳じゃ無いしのぅ……」


 するとどうだろうか。

 貴族が俺の作った皿を求めて爺さんの店にやってくる事は間違いない。


 爺さんとしては、「貴族からの覚えをよくしてもらうためにも、俺の皿を売りたい!」と思うはず。


「よし、じゃあこうしよう。爺さんは今回俺が持ち込んだ皿を貴族に売ってみる。貴族の反応がよければ、次から皿の売値の二割を俺が貰う契約を結ぶ。もちろん、今回の皿の売値はいらない……どうだ?」


 要は、俺と爺さんで組んで貴族相手に商売しようよ、と持ち掛けているのだ。


 これなら、爺さんとしては銀貨九枚分の初期投資で済むし、俺としても目標金額を超えた、銀貨九枚が手に入る。


「うむむ……分かった分かった。ワシの負けじゃぁ……」


 爺さんは参った、と言わんばかりに顔の横で両手をプラプラと動かして言う。


 よし、交渉成立だ!

 もし俺達の商売が成功すれば俺、爺さん、社交界の全員が嬉しい「三方よし」の状態が出来上がる。


 自画自賛ではあるが、メリットしかない素晴らしい話だと思う。


「ほれ、銀貨九枚だ。受け取れ」

「おぉ、爺さんありがとう!」


 前世で、長ったらしい説教がうざいと思っていたけど、営業部長の話が、ふとよみがえって来て役に立った。部長、ありがとう。


「フンッ、ワシは明日は店を留守にするからの。明後日、皿を持てるだけ持ってこいや」


 俺が両手を銀貨でいっぱいにしながら、店から出ようとすると爺さんから声を掛けられた。


「え……それって?」

「ええい、話は終わりじゃ! この袋でも持ってさっさと出ていけ!」


 銀貨をチャラチャラと鳴らしているのがうるさかったのだろうか。


 爺さんは小袋を顔面に叩きつけると、爺さんは俺を外に押し出して店のドアをガチャリと閉めてしまった。


「ちょっと――って鍵まで閉めるとか、爺さんやりすぎだよ……それに、今どきツンデレは流行らないっての」


 緊張から解放されたからか、ぐぅ~と盛大にお腹が鳴った。


 そうだ、とりあえず腹ごしらえだ。俺は、銀貨の入った袋をしっかりと握りしめて大通りを歩きだした。


 ◇


「うめぇ!」

「おぉ、良い食いっぷりだな」


 実に三日ぶりの食事。いや、もしかしたらそれ以上何も食べていなかったかもしれないが、そんな事どうだっていい。


 ちょっと焦げてようが、塩や胡椒こしょうが無かろうが、何でも美味く感じる。食べる物食べる物、全てが五臓六腑に染みわたっていく。


 串焼きにかぶり付く。

 ただ焼いただけの焼き鳥と呼ぶ事すらおこがましい料理だ。


 肉も筋張っているし、タレも全然美味しくないのに、一口噛んだ瞬間、口の中に溢れ出した肉汁が俺の食欲を刺激する。


「うまい……グスッ……美味すぎる……」

「お、おう。泣くほど美味いのか……だったらオマケでもう一本、いるか?」

「うぅぅ……いるっ!!」


 空っぽの胃にいきなり固形物を入れるのは、いけないと聞いたことがあるけど、そんな事はどうだって良い。


 俺は目についた露店で買い食いをひたすら楽しんだ。なんせ今の俺は銀貨九枚も持っているんだ。


 すでに銀貨一枚を使い切ってしまったが、ここ三日分の栄養を摂取したと考えたら、全く問題はない。


「串焼きのおっちゃん、ありがとう! 美味かった!」


 若干、引き気味の店主に礼を言って大通りを再び歩き出す。と、俺は水売りを呼び止めた。


 すぐ傍の溝にも、少し歩いたところにある広間にも水は流れているんだけどアレは飲めない。


 王都は上下水道なんて整備されておらず、ところどころに設置されている噴水の水なんて飲んだ日には、目も当てられない事になるのは間違いない。


「水ー、水要りませんか~! 清潔な水でーす!」

「ちょっと! 水一杯くれ!」


 小ぶりなたるを荷車に乗せて露店の周辺を練り歩いていた水売りがこちらに近付いてくる。


「あいよ! 器込みで銅貨十枚な!」

「はい、銅貨十枚ね。君、いくつなの?」


 銅貨十枚を渡して、木を削っただけの簡素なコップに、水を一杯注いで貰う。


 遠目からじゃ良く分からなかったけど、良く見ると水売りはかなり幼い印象を受けたので年齢を尋ねてみた。


「俺は九つだぜ! それじゃあ毎度っ!」


 水売りは、元気いっぱいといった様子で荷車を引いて練り歩き始めた。

 あの少年も石畳の上を裸足で歩いているし、毎日苦労してどこからか水を持ってきているに違いない。


 ゴクゴク、と喉をならして水を飲む。すると西日が差してきている事に気付いた。


「ぷはぁ……今日は帰るか」


 古物商を出た時はまだお昼頃だったのに、気付いたらもう夕方だ。俺が食事にありついていた間に、かなりの時間が経っていたらしい。


 俺のお腹もパンパンだ。明日の朝は何も食べなくても良いかもしれない。


「さてと、食後の運動としてはちょうど良いか」


 銀貨の残りは六枚。銅貨が八十枚。稼いだその日に銀貨二枚と銅貨二十枚を消費してしまった……。


 この懐具合では、宿屋に泊まる訳にはいかない。お腹を擦りながら、俺は路地裏の隠れ家を目指して歩き始めた。




 ――――――

 読んでいただきありがとうございます!

 よければ作品のフォロー、♡や☆の応援をよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る