第4話 ゴミ山とスキル

 西日に照らされて、割れたガラスの破片がキラキラと輝いている。

 直感で「これだ」と思った。


 金もない、頼れる人もいない状況で正直俺は詰んでいたと思う。一時の気の迷いで馬鹿な事をやらなければ、この場所にたどり着く事もなかっただろう。


 俺は【土あそび】のスキルを使って、地面を掘って隠れ家を作る事にした。地面が陥没しないように土を圧縮、地下に縦二メートル、横五メートル、幅三メートル程度の四角い隠れ家を作った。


 俺は捨てられるまでの一年間、ずっとスキルと魔力の特訓に費やして来た。


 そのおかげで、そこそこ器用にスキルを使う事が出来るようになっていた。見ろ、土を液体のように操る事だって出来るようになった。


【土あそび】の事について教えてくれたガルーダ村の神父には、感謝してもしきれない。


 土をひたすら圧縮して土の板を作り、それを組み合わせる事でこのように地上地下関係なく土のあるところならば、どこでも隠れ家を作る事が出来る。


 もっと魔力が増えれば、大きな建物を作ったり出来るのだがそれは俺の今後次第だと言える。


 最弱スキルと言われる【土あそび】は、かなり燃費が悪く俺の今の魔力では二十五メートルプール一杯分くらいしか土を操る事が出来ない。


 とにかく、明日は日の出とともに動き出さなければ……。空き地の一角に、隠れ家に通じる階段とマンホール状のふたを作る。


 お腹がグーグーと鳴っているが、明日はお腹いっぱいになっていることを夢見て眠ることにする。


 ◇


 翌日、日の出とともに俺は動き出した。


 ガラスや陶器の破片を踏んで怪我しないように注意しつつ、俺はゴミ山の中から目についた陶器の食器や破片を取り出していく。


 小一時間ほどすると、かなりの量の陶器が集まった。どれも欠けたり割れたりしていて、このままでは使う事が出来ないし、銅貨一枚の価値もない物だ。


 陶器の主な材料は陶土とうど磁土じどだ。両方とも、「土」という字が含まれている事に気付いた事だろう。


 俺は、捨てられた陶器を見た時、全身が雷に撃たれたような錯覚を覚えた。


 俺の考えている事が正しいなら、【土あそび】は最弱スキルではなくなるはずだ。


「さて、やりますか」


 胡坐あぐらをかいて、欠けた陶器の皿と全く色の異なる陶器の破片を手に持ち、二つを重ね合わせる。


 俺が手に取ったのは柄も大きさも、全く合っていない陶器同士。


 一方は少し欠けている花柄の青い皿、もう一方は湯呑のような手触りの茶色い欠片。


 うまくいってくれと何度も祈りながら、スキルを発動させた。


「【土あそび】!」


 両手を伝って魔力が抜け落ちる感覚を感じる。

 春なのに、俺の両手は、じっとりと嫌な汗が浮かんでいた。


(頼む…………!!)


 土を操る時みたいに、両手に持った陶器全体に染み込ませるように魔力を注ぎ込む。


 全神経を集中させて、慎重に魔力を注ぎ続ける。

 額から汗が垂れてくるのも気付かず、ゆっくりと陶器に俺の魔力を練りこむように注いでいく。


 徐々に陶器は全体に魔力が染み込んだと思った次の瞬間、皿の欠けていた部分に色調の異なる陶器が溶け込むようにして一枚の皿となった。


 後は、皿の形を変形させないようにスキルをすぐに解除すれば一枚の皿の完成。


 ――成功だ。


「は、ははは……成功だ! やったぞ! これでお金が稼げる……これで空腹とはおさらばだ!!」


【土あそび】というくらいだから、土を材料にしている陶器ならば俺のスキルで操る事が出来るのではないかと思っていたのだが、その目論見もくろみが見事に成功した。


 捨てられている陶器を見つけては、スキルを使って修復。それを古物商に売りつける事で俺はお金を得る事が出来るという寸法だ。


 ひとまず、この空腹をどうにかするためにあと二、三枚は古物商へ持っていきたい。


 俺は早速次の皿の修復へ取り掛かり、十分後には皿の一部に異なる柄の入った一風変わった皿が三枚出来上がった。


「よし、残りはここに帰ってやるとして……ここからどうやってあの大通りに出れば良いんだ?」


 残った陶器を隠れ家に仕舞い、路地裏で拾った布に皿を包んで出発の準備を整えたまでは良かったものの、大通りにある古物商までの道が分からない。


 ひとまず、遠くに見える城を頼りに歩く事にする。その際、路地裏の壁に矢印を付けて帰り道を分かるようにしておくのも忘れない。


「はぁ……大通りに出るまでに餓死して死ぬかと思った……」


 人が飲まず食わずで生きていられる限界は三日程度。


 三日目は路地裏から出られずに終わるんじゃないか、と危機感を覚えるくらい相当複雑に入り組んでいて、一時間ほど彷徨ってようやく大通りに出る事が出来た。


 さて、あのオンボロ古物商に定期的にリサイクルした陶器を売りつけに行こう。


「すみませーん!」

「いらっしゃい――ってなんだ、オメェか。何度頼みに来たってオメェは雇わないって言ってるだろ」


 カランカラン、とドアベルの音を響かせて店内に入ると胡散臭そうな丸眼鏡をキラリと反射させた爺さんが、店の奥から顔を覗かせた。


 爺さんは低身長かつ白髪で髭もじゃだったので、初めて見た時「ドワーフだ!」と指さしてしまい、死ぬほど怒られた。


 どうやらこの世界でもドワーフという概念は通用するらしい。


「ワシだって暇じゃねぇんだ、諦めて余所よそを当たりな」


 やってきたのが俺だと分かるや否や、ガラガラ声で断り文句から入ってきた。

 そんなんだから閑古鳥が鳴いてるんだぜ……とは今は言わないでおく。


「ふっふっふ、甘いね古物商の爺さんよ。今日の俺は一味違うんだぜ、コイツをよーく見てみなよ!」

「ん? 何じゃ、その汚いボロ布を売ろうってのか? 言っとくがカヴァル銅貨半分にもならんぞ……」


 カヴァル銅貨、とはこの国の通貨だ。カヴァル銅貨百枚でカヴァル銀貨一枚分、カヴァル銀貨百枚でカヴァル金貨一枚となる。


 カヴァル銅貨半分にもならないとはつまり、このボロ布に値は付かないという事だ。


 爺さんは眼鏡を外して身に着けているエプロンで拭きながら、じろーっと胡乱げな視線を送ってきた。


 どうやら俺が持ってきたボロ布を売り物だと勘違いしているようだ。俺は人差し指をピン、と立ててチ、チ、チと爺さんの勘違いを正す。


「違う違う、これはただの布。重要なのはこの中身さ」

「なーんか、いちいち鼻に付くのぅ……まあえぇわ。一応見てやるから、さっさとその布をどけんかい」


 さあ、ここからが勝負だ。

 俺が作ったこの皿の価値を爺さんに認めさせれば、俺は今日ご飯にありつけるし、認められなかったら恐らくそこで終わりだ。


 正直、体力・気力共に限界が近い。前世のサラリーマン時代に、外回りでコテンパンにされた経験から培ったポーカーフェイスで、表面上取り繕っているだけ。


「これを見よ!」

「こりゃ! そんな汚い布を振り回すな――って何じゃその皿は!?」


 布をバッと退けると、古物店のカウンターの上に埃とか砂とかが飛び散ったから爺さんから文句を言われたが、そんなのは気にしない。


 俺は腕を組んで、爺さんの驚きに包まれた表情を眺める。


 そうだろう、衝撃だろう。

 まるで皿同士を融合させたような皿なんて、百戦錬磨の古物商でさえ見た事もないはずだ。


「爺さん、交渉と行こうか」


 掴みはバッチリ、重要なのはここから。


 まず、絶対に焦ってはいけない。もちろん、古物商の爺さんは俺が金に困っていると百も承知なのだが、俺がどの程度金に困っているかは知らない。


 今日金が必要なのかもしれないし、三日後金が必要なのかもしれない。


 皿を見つめたまま固まっている爺さんだが、それに騙されちゃあいけない。

 この珍しい皿を手に入れるために必要な金額を、現在進行形で計算しているところだろう。


 そして提示された金額に飛びつくと、それは爺さんの思う壺。


「……銅貨六十枚」


 ほら来た。

 爺さんはポツリと買い取り金額を呟いた。


 銅貨六十枚なんて、ご飯一食分にしかならないじゃないか。そこらの露店で売られているご飯を買ったら、すぐに一文無しに戻ってしまう。


(チッ……さすがは爺さん。俺が相当金に困っている、という事を見抜いているな。考えなしだったら思わず頷いてしまいそうな金額だ)


「ハッ、安すぎるね。銀貨二十枚」


 もちろん俺としてもかなりのリスクを抱えている。

 俺は一昨日王都に捨てられたばかりで、爺さん以外の古物商を知らない。


 体力が限界に近い中、この交渉が失敗してしまえば古物商を探すところからやり直しとなるため、ほぼ詰んでしまう。


 なので、爺さんの口車に乗らないようにしつつ、交渉を成立させるための妥協点を探らなければならないのだ。


「それは高すぎじゃ、銀貨三枚」


 だけど、爺さんとしてもこの皿は手に入れたいはず。銅貨五十枚から一気に値段を吊り上げてきた。


 銅貨百枚で銀貨一枚と同等の価値を持っているから、銀貨三枚というのは銅貨三百枚分。六食分の金が手に入るという事だ。


 皿に反射する爺さんの目はギラついている。絶対にこの皿を手に入れたい、という古物商としてのプライドが現れだろう。


 うっかり眼鏡をかけるのも忘れてしまう程に、その目は皿を見つめたままだ。


 ここで俺は次のカードを切る。

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