第2話 路地裏

「クレイ、これまですまなかった」

「父さん……ううん、いいんだ」


 道中、ヴィンスとも和解が出来た。少しぎこちない様子だったが、エリーシアに付き添われた事で覚悟を決める事が出来たのだろう。


「見て、あれが王都よ!」

「うわぁ……」


 一週間後。

 小高い丘の頂上に達すると、エリーシアが前方を指さして声をあげる。それに釣られるように、前を見た俺の視界に飛び込んできた光景は想像を越えていた。まず見えてきたのは高くそびえ立つ王城。王族が住まう場所だけあって、遠くからでもハッキリと分かるくらいに、大きい。そんな王城の周りを二重の壁が囲んでいる。壁の内側には、それぞれ街が広がっている。


「ねえ母さん、あの街はなんなの?」

「ん? あぁ、あれは平民街と貴族街ね。外壁と内壁の間にあるのが平民街で、内壁の中にあるのが貴族街よ」

「ほぇ~……貴族かぁ……」


 さすが異世界、と俺が感心しているとポッカポッカと馬車を牽いていた馬が止まっていた。どうやらご飯にするみたいだ。今日は、夜明け前から食事も取らずに移動していたし、朝食には丁度良いタイミングだろう。ロケーションもバッチリだ。


「さあ、どうぞ」

「ありがとう、母さん」


 母さんから手渡された飲み物で、喉を潤す。


「あ……れ…………?」


 食事を楽しんでいた、と思ったら俺はいつの間にか地面に倒れていた。おかしい、身体に力が入らない。何か危険が迫っていると、俺の本能が警鐘を鳴らしているのに、無情にも意識は遠のいていく。瞼がやけに重く、視界がだんだんと狭まっていく。最後の力を振り絞って両親を見上げたところで、俺の意識は途絶えた。



 そうして次に目を覚ました時、俺は路地裏に捨てられていた。



 いやはや。この一年で二回、裏切られてしまった。

 奴隷商に売られていないだけマシだと思うべきなのだろうか。


 そもそもここはどこなんだろう。転生してから、村の外に出た事がなかったからここがどこかすら分からない。

 とりあえず体力のあるうちに聞き込みをして現状把握をしておきたい。石畳に手をついてよっこいせ、と気合を入れて立ち上がる。前世でギックリ腰をやった時からのクセだ。


「なぁおっちゃん」

「へい、らっしゃい」


 俺が話しかけると、おっちゃんは少し眉間に皺を寄せながらも、呼びかけに反応してくれた。話しかけても無視されない、というだけで何だか嬉しくなってしまった俺は、この町について質問してみた。


「この町ってなんて名前なの……?」

「あ? 何言ってんだ、ここは王都に決まってるじゃねえか」

「王都?」

「あぁ、カヴァル王国のお膝元――ってこれ以上聞きたいなら情報料が必要だぜ?」


 おっちゃんは、露店に並んでいる野菜を指さして言う。つまり、目の前に置かれている野菜を買ったら、もっと情報を教えてくれるそうだが生憎手持ちがない。こちとらついさっき捨てられたばっかりの素寒貧、路地裏暮らしのおまけ付き。


「―――ないぞ」

「あん?」

「金なんか欠片も持ってないぞ」

「なんだよ、文無しじゃねえか! シッシッ! 商売の邪魔するんじゃねぇよ!」


 俺が胸を張って言うと、おっちゃんの態度は途端に変わった。まるで野良犬のように、露店から追い払われてしまった。もう少し詳しい話を聞きたかったのだけど、最低限の情報は手に入れたのでヨシとしよう。


 ここはカヴァル王国の王都で確定。ありがとう、おっちゃん。

 周囲をキョロキョロと見回せば、確かに俺の住んでいたガルーダ村とは比べ物にならないほど発展している。大通りは石畳が整備されているし、家も二階建てが中心でにぎわいを感じる。


 それに、一番目を引くのは俺の目線の先にある大きな城。

 カヴァル王国の隆盛を表すかのうような、巨大な白亜の城がそびえ立っている。城好きの俺としては、もっと近くで見てみたいのだが王都の内部を囲むように壁が建っており、鎧に身を包んだ兵士が門を守っている。


「さすがに中には入れないよなぁ……」


 あの門を通過するには、カヴァル王国の貴族になるか若しくは国内有数の商会の会長くらいの身分が必要なのではないだろうか。俺みたいな身分の低い人間が、下手に近付いてしまうと門兵に殺されてしまうかもしれない。


 くるり、と踵を返すとこちらにも壁が建っている。王都は内壁と外壁の二つの防衛機構を備えている。こうして大通りを少し歩いただけで、中世ヨーロッパか近代ヨーロッパ初頭くらいまで発展している事は分かった。


 特に店の窓にはめ込まれている透明なガラス。これは地球と比較して十七世紀頃の文明水準に到達している、という事を示す証拠だ。ガラスには黒髪黒目のあどけない俺の顔がしっかりと反射していた。前世とは違って将来性を感じる顔の作りをしている。


 ある程度確認が出来たので俺は一旦、適当な路地裏に入って壁に寄り掛かった。


「しかし、夜までに寝床を探さないとな……」


 さっき大通りを端から端まで往復して分かった事がある。

 それは、俺みたいに一人で出歩いている子供はいないという事だ。大体の子供は親子で歩いていたし、そこそこ大きくなった子供は腰に剣を帯びていた。それにすれ違った子供は皆、小さな靴を履いていた。


 俺の住んでいたガルーダ村ではありえない事だった。

 子供は一人で勝手に出歩くし、腰に剣を帯びるなんてありえない。そもそも村で剣を持っていいのは選ばれた大人だけだった。


 子供用の靴なんて、もってのほか。村には石畳なんてなかったから、大きくなる子供の足に合わせて靴を用意するのはお金の無駄だったのだ。


「足が痛いな……」


 石畳を裸足で歩いた所為か、小粒の石が足に刺さって痛みを感じる。王都で暮らすなら靴は必須だな。しかし、何をするにしても金がない。それに歩き回ったからか、お腹が空いてきた。


「異世界にはギルドがあるのがテンプレだろうがっ!」


 数時間後、俺は路地裏で途方に暮れていた。

 大通りで白い目で見られながらも、聞き込みを行った結果この世界には冒険者ギルドという物は存在しない事が分かった。普通、異世界と言ったらギルドだろ。俺の冒険者計画は、早々に破綻した。


 さらに聞き込みを続けたところ、冒険者ギルドの代りにスキル組合なる組織ががある事を知り、俺はかなりの時間を歩いて王都の北に建っているスキル組合を訪れたのだが……登録を断られた。俺のスキル【土あそび】は最弱で有名なためロクな仕事がない、かつ登録料として銀貨一枚が必要だと言われたからだ。


「クソッ! 何が『最弱スキル持ちはスキル組合には要りません』だ!」


 今思い出してもムカついてきた。アイツら、人を小馬鹿にしたように見下しやがって……。


「はぁ……いかん。叫んだら余計にお腹が減ってきた……」


 ぐぅー、とお腹が鳴る音が薄暗い路地裏に響き渡る。早いところ俺にも出来る金策を考えないと本気で餓死してしまう……。早いとこ飲み水を確保したい、喉がカラカラだ。

 王都にも生活用水を得るために井戸は掘られている。だけど、水は少し濁っていて飲料には適していない。俺は、大通りにほど近いところで眠りに就いたのだった。


 翌日、俺は大通りの目についた店全てに「ここで働かせてくれないか」と自身を売り込んだ。服屋、八百屋、肉屋、宿屋、古物屋、商会等、全てのお店に断られてしまった。計算が出来る事もアピールしたし、言葉遣いも問題なかったはずだ。何故、と疑問ばかりが俺の頭を埋め尽くす。


 「くそ……なんで誰も雇ってくれないんだ」

 「おら、そんなとこに居たら邪魔だから出ていってくれよ!」


 そうして店から追い出され人混みに流され続けた結果、見慣れた風景となってしまった路地裏に立っていた。空はもうオレンジ色に染まっている。貴重な一日を無駄にしてしまった。

 お腹が空いていた事もあって、いつも以上にむしゃくしゃしていた俺は居ても立っても居られなくなり、路地裏を全力疾走した。


 いつもだったらこんな馬鹿な事は絶対にしなかった。ぼんやりと薄暗くて人の気配がしない路地裏は不気味だ。大通りが見えるところは比較的安全だが、入り組んだ路地裏にはどんな危険が潜んでいるか分からない。


 だけど、俺はそんな路地裏をひたすら全力で走った。不安だったのだ。これまでの人生、ここまで精神的にも肉体的にも追い詰められた事はなかった。俺は背後からヒタヒタと迫ってくる得体のしれない不安と恐怖から逃げるように、一心不乱に走り続けた。


「ぐえっ……はぁ、はぁ、はぁ……」


 そうして右も左も分からなくなった頃、俺は何かに躓いてコケた。石畳の上でコケたらどうなるんだろう、と思いながら受け身も取れず地面に倒れたのだけど、どうも様子がおかしい。俺の全身に伝わるこのザラザラとした感触は、土だ。


 どうやら石畳も整備されていないほど奥まったところにたどり着いてしまったらしい。路地裏には、何かがカランカランと転がる音と、俺の呼吸音だけが響き渡る。

 ゴロンと身体を仰向けにして息を吸う。馬鹿みたいだ……体力を無駄遣い出来ないのに、こんなに無駄に走り回るなんて――本当に馬鹿だ。


 カランカランと何かが音を立てて俺の方に転がってきた。無造作に広げた手に当たったそれを何の気無しに持ち上げてみた。俺が蹴り飛ばしたのは、ここに捨てられていたゴミだった。


「俺は馬鹿だ……馬鹿だけど、今日の俺は本当にツイている!」


 割れてしまったガラスや陶器の欠けた皿、はたまた大きな家具までも雑に捨てられている。どこの誰がこんなに物を捨てたのだろうか。目を凝らすと、鎧のような金属まで見つける事が出来た。何と勿体ないのだろう。他の人から見たらタダのゴミの山だったが、俺には宝の山に見えていた。


「これなら、何とかなるかもしれない」


 俺は、暗闇の中に一筋の光を見たような気がした。

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