第5話 断頭台のルシル

 私が幽閉されてから、どれくらい経ったのでしょうか。


 あれから何日も監禁され、ついに処刑当日になりました。

 どうやら私は、ギロチンで処刑されるらしいです。



「ルシル、最後に言い残すことはあるか?」



 元婚約者であるクラウス殿下が私に声をかけてくれました。


 いまの私が願う、最後のこと。

 助手のアイザックについてはセシリアにお願いした。

 だから、心残りは私の研究についてだけです。


 これまでの研究で、山で何か異変が起き始めていることはわかっている。

 それらの成果を誰かに引き継ぐことができれば、それだけでこの世に私が生きた証にもなる。

 


「私の研究成果の中に、竜の山の伝承をまとめた書類があります。それを読んでくだされば、あの山で起きている異変のことがわかるはずです」


「お前の研究室は、昨日燃やした。だからもうこの世にはない」



 ──そ、そんなあ。


 私の10年の結晶が……。



 うなだれる私は、そのまま断頭台だんとうだいに縛られました。


 私の人生のすべてと一緒に、研究室に保管していた竜の爪も失った。

 宝物はこの世から消えた。


 もう、私には何も残っていない。



 ああ、このまま私、殺されるのか。

 もっと竜の研究、したかったなあ。


 叶うなら、一度で良いから、この目で本物の竜を見て、触ってみたかった……。



「ルシル、いま助けるぞ!!」



 広場に異変が起きます。

 処刑を見物に来た群衆をかき分けながら、誰かが近づいて来たのです。



「アイザック!」



 彼だ。

 私の研究助手だ!


 良かった、無事だったんだね。

 捕まっていなかったのなら安心したよ。

 

 でも、見ていて胸が苦しくなります。

 だってアイザックは、どう見ても私を助けようとしてくれているから。



「あれはアイザックか。釈放しゃくほうしてやったのにこりないやつだ」



 クラウス殿下が、衛兵たちにアイザックを取り押さえるよう命じます。



「や、やめてください! アイザックは無関係です!」



 私の言葉は王太子にも衛兵にも届くことはなく、アイザックは再び衛兵たちに取り押さえられてしまいます。


 アイザックはただの研究助手。


 戦闘経験なんてないはず。

 だから無理よ!


 私は断頭台から、彼が傷つけられるのを見守ることしかできませんでした。



「なんで、私なんかのために……」



 元侍女のセシリアに、私がお願いしたこと。

 それは、アイザックのことでした。


 もしもアイザックが、先日私を助けようとしたせいで捕まっていたら、助けてあげてほしい。

 そして、私が死んだあと、アイザックの面倒をみてほしいと。


 あのドラッヘ商会なら、きっとアイザックを雇ってくれるはず。

 次の就職先が決まるまでの間でいいから、アイザックの後ろ盾になっていてほしいと、セシリアにお願いしたばかりです。


 それなのに、処刑される私を助けようとしたら、また捕まってしまうかもしれない。

 こんな公衆の場での暴挙なのだから、アイザックには何かしらの罪をされるはずだ。


 そうなればアイザックをドラッヘ商会へ就職させることも、水の泡になるかもしれない。



 侍女をしていた時のセシリアは、決めたらすぐに行動する子でした。

 おそらく、すでにアイザックはセシリアからの接触を受けて、サンセット子爵家の支援を受けていたはず。


 それなのに、アイザックはすべてを捨てる覚悟で、命をかけて私を助けようとした。

 

 

 そのことが、たまらなく嬉しかった。



 

「アイザック……!」



 最後に、彼と目が合った気がする。


 断頭台からそれなりの距離があるから、ただの私の気のせいかもしれない。

 けれども、彼の想いが私には伝わった。


 最後には抵抗もむなしく、アイザックは衛兵たちに連行され、広場から消えていきました。



「こんな私のために、ありがとう……」



 死ぬ前に、彼をひと目でも見られて良かった。


 思い残すことはたくさんあるけど、もういい。

 アイザックにこれほど想われていたという事実だけで、もう満足。


 これで本当に、悔いはない。



「ごめんねアイザック。私はここまでみたい」



 これまで私のわがままに付き合ってくれてありがとう。

 ダメな主だったと思う。ごめんね。


 アイザックは私のことなんか忘れて、自由に生きて欲しい。

 でもこれは私の願望だけど、もしも私の竜研究を引き継いでくれたら、嬉しいな……。



「もういいだろう。ルシルを処刑せよ」



 クラウス殿下が、衛兵に命令を下します。

 ギロチンの小さなレバーに、手がかけられました。


 ついに最後の瞬間です。


 いまさらだけど、痛いのはイヤだな。

 できれば痛みを感じずに命を散らしたい。


 目をつぶって、歯を食いしばります。



 ──その時でした。



 突如、広場の向こうから大きな爆発音が聞こえたのです。


 アイザックが連れていかれた方角のはず。

 すぐに、広場の誰かが叫びます。



「なんだあれは!?」



 観衆が空を見上げながら指を差しました。

 続けて、広場に大きな影ができます。


 何事かと、顔を上げました。


 そして驚きのあまり、から目が離せなくなります 



「まさか、そんな……いったいどうして……?」



 バサリと風が舞う。


 私の瞳には、信じられない光景が映っていました。


 これまで長い間、恋焦こいこがれて仕方のなかった、私の研究対象。

 いまではもう伝承にしか存在しない、伝説の生き物。



「ドラゴン……!?」



 空に、巨大な竜が飛んでいたのです。

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