第4話 元侍女のセシリア

 外套がいとう羽織はおった小柄な人物が、鉄格子の前に現れました。

 その人物が外套のフードを外すと、私に向かって大きく口を開きます。


「ルシルお嬢様っ!」


 聞き覚えのある明るい声に、以前までよく見慣れていた栗色の茶髪。

 私はこの女性を、よく知っている。



「まさか、セシリア!?」


「はいっ! お久しぶりですっ!」



 セシリアは、私が心を許せる数少ない人物の一人です。

 なにせ、私の侍女をしていたのだから。


 我がローライト家は、爵位だけがやけに高い。

 そのこともあり、親戚であり封臣ほうしん一族でもある男爵家から、いつも侍女奉公を迎えるのが伝統になっていました。


 なので付き合いだけでいえば、セシリアは研究助手のアイザックよりも長いのだ。



「あぁ、お可哀そうに。こんなところにルシルお嬢様を幽閉するなんて、どうかしていますっ!」


 セシリアが私に手を伸ばしてきました。

 鉄格子を挟んで、セシリアの指と触れ合います。


 人肌が温かい。

 この独房は、冷たいものしかなかったから。



「お体は大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」



 セシリアは年齢が四つ上なこともあり、私は彼女のことを姉のように慕っていました。

 そんなセシリアは、私のことを実の妹のようにいつも面倒をみてくれていた。


 だからこそ、こんな状況でセシリアの顔が見られて心が安らぐ。



「セシリア……会いに来てくれて嬉しいです。でも、どうしてここに?」


「そんなの、ルシル様が心配だったからに決まっているではないですかっ!」


 セシリアの真っすぐな言葉が、心に染みる。

 私の家族は、自分の研究のことしか頭にないから、こんなところまでわざわざ来ることはない。

 それが研究一族であるローライト公爵家の家風。


 だから助手のアイザック以外、この世には誰も私のことを考えてくれる人はいない。


 そう思っていたのに──



「でも、どうしてセシリアが? あなたはもう、私の侍女でもなんでもないから、こんな危険を冒すことないのに」



 処刑されることが決まっている私に会いに来たというだけで、彼女にどんな災いがふりかかるかわからない。

 王太子に目を付けられる可能性だってある。



「たしかにあたしは、もうルシルお嬢様の侍女ではありません。ですが、一人の友人として……あなたが心配なんですっ!」


「セシリア……いいえ、サンセット夫人、お心遣い感謝いたします」


 セシリアは、半年前に私の侍女を辞めている。

 寿ことぶき退職をしたのが、その理由でした。


 結婚しても私の侍女を続けたいですとセシリアは言っていたけど、それを私は丁重にお断りした。

 私の侍女を続けたら、間違いなく新婚生活の邪魔をすることになるからです。


 私が物心ついた頃から、常に侍女として、そして時には姉のように、私のことを長年助けてくれたセシリア。

 そんなセシリアが嫁いだことで、私との主従関係はなくなった。

 だからこそ、今度は貴族のお友達として仲良くなろうと約束をしたのよね。



「実は今日は、あたしの夫……サンセット子爵の手を借りて、ここまで来ました」


 元侍女であり男爵令嬢であったセシリアは、いまや子爵夫人になっています。

 立場でいえば、ただの令嬢である私よりもしっかりとした立場ともいえる。

 だからこそ、子爵夫人に対する言葉遣いを改めます。


「やはりサンセット子爵が手を貸してくださったのですね。セシリア様との面会を叶えてくださり、御礼を申し上げますとお伝えくださいませ」


「セシリア様だなんて! いままで通り、セシリアとお呼びください」



 サンセット子爵とセシリアが恋に落ちたのは、私の竜研究がきっかけでした。


 ある日、私がセシリアと一緒にフィールドワークに出かけたときに、馬車が壊れて峠で立ち往生しているサンセット子爵と遭遇しました。

 その際にセシリアがサンセット子爵の目に留まったのが、二人の馴れ初めです。


 それから私が二人の仲を取り持ったことから、急速に彼との距離を縮めて、貴族では珍しく恋愛結婚をするまでに至った。

 そのせいか、サンセット子爵とセシリアは、私に恩を感じているようです。


 別に私は、竜研究のついでに困っている人を助けただけなんだけどね。



「なんとかしてルシルお嬢様を助けて差し上げたいのですが、子爵家の力ではなんとも……」


「ええ、わかっていますとも。その気持ちだけで嬉しいです」


「うぅ……せめて当主様がなにか手を出してくだされば」


「それはのぞうすね」



 当主様とは、ローライト公爵──つまり、私の父上のことです。


 我がローライト家は、代々研究者の一族。

 しかも、研究にのめり込むと他のことはどうでもよくなってしまうため、商売どころか政治も苦手。

 父上も代々のご先祖様と同じく、研究に一途なお人です。


 そのせいで研究費を捻出するために借金を繰り返し、いまでは領地のほとんどが借金のかたで失ってしまった。

 いまも莫大な借金のせいで、没落貴族のような生活を続けています。



「うちのローライト家よりも、ドラッへ商会のほうが力はありそうだけど、さすがにただの令嬢である私のことを助けてくれるとは思えないわね……」



 ローライト家がなんとか貴族の形を保っているのは、すべてドラッヘ商会のおかげです。


 隣国からやってきたドラッヘ商会は、我が家の研究に投資をするといって、無条件で莫大な資金を融資してくれました。

 なぜ融資してくれたのか理由はよくわからないけど、おそらく私が王太子と婚約しているからだと思う。


 理由はなんであれ、ドラッヘ商会がなければ今頃ローライト家は消滅し、一家は離散。

 私は借金のかたとして花街か、成金の年寄り商人にでも売られていたことでしょう。



 そういえば助手のアイザックは、ドラッヘ商会の会長と仲が良かった。


 私が処刑されれば、研究助手であるアイザックは路頭に迷うはず。

 アイザックなら、私亡きあとでもドラッへ商会の縁を頼って、なんとか仕事を見つけることができないかな。


 これまでアイザックは、ずっと私に仕えてくれた。

 私の、世界で一番大切な助手。


 私が死んだあと、アイザックだけが心残り。


 そんな彼のために、いまの私ができることといえば────そうだ、良いことを思いついたかも!



「最後にセシリアの顔が見れて良かったです。もう、親しい人と会うことは叶わないでしょうから」


「ルシルお嬢様……」



 社交界が嫌いだった私に、外の世界での味方はいない。

 いるとしたら、目の前の元侍女だけ。

 

 頼りになるのは、あなただけなのよセシリア!



「セシリア……あなたに、私の人生最後のお願いがあります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る