第3話 監禁された令嬢

「はぁ、どうぜ監禁するなら、研究室にでも幽閉してくれればいいのに」



 ここは、王城地下にある独房。


 鉄格子の檻と固い壁が、私を囲いこんでいました。

 暗くてジメジメして、そして冷たい。


 こんなところに長居しようものなら、頭がどうにかなってしまいそう。



「このままだと私、本当に処刑されちゃうのかな……」



 捕まってしまったとはいえ、まだ実感がない。


 なにせ何もやましいことをしていないのだ。

 むしろ自分の竜研究が、民のためになると確信している。



「あの山崩れ……ここ数日は地鳴りも酷かったし、偶然ではないはず。なんとかして、理由を解明したいけど」



 なにせ、いまの私はそれどころではない。


 このままでは、自分の命が危ないのだ。

 そのことを考えると、つい竜研究について頭がいってしまう。


 もしも自分が本当に処刑されるのなら、せめてこれまでの研究成果を誰かに託したいところだけど。



「でも、私の竜研究を目のかたきにしているあのクラウス殿下が、そう簡単に許してくれるとは思えないわね……」



 殿下のことは、小さい頃からそれなりにお慕いしていたつもりでした。

 一応、私たちは許婚の関係だったから。


 それに、没落寸前の我が家を建て直すためにも、王太子との結婚は重要。

 もしも自分が王太子と婚約していなかったら、我がローライト家は本当に没落していたことでしょう。


 だからクラウス王太子には、それなりに感謝をしていました。

 私が王太子妃になることが決まっていたから、商会から融資を受けることができ、ローライト家は借金に潰れることがなくなったのだから。



 けれども、クラウス王太子にはこれまで何度も研究の邪魔をされてきた。

 それらの行為に対して、将来この人の妻になるのだと思いずっと我慢してきた。


 許すことができた理由は、私が王太子をお慕いしているから──だと思っていたけど、どうやら違ったみたい。

 いざこんな状況になってみると、違っていたのではないかと気が付く。


 私は、別に王太子のことを、好きでもなんでもない。


 ただ私がとにかく竜が好きで、研究するのが好きだから、王太子の妨害を我慢し続けることができたのだ。


 あれだけのことをされてきた王太子のことを少しも憎んでいなかったのは、たんに竜のほうが大事だから。

 竜を研究することが私の生き甲斐であり、義務であり、ひいてはそれが国の民の為になるから


 他人を憎む時間があれば、竜研究に費やしたい。

 そう思うことで、これまでどんな波乱にも耐えてきた。



 けれども、さすがに今日のことは堪えたね。

 だって私、許婚に裏切られて、捨てられたんだから。


 婚約者の口から、直接「処刑する」と言われてしまった。



 私はただ、竜の研究をしていただけだったのに。



「私、死にたくない……」



 こんなところに幽閉されても竜研究のことを考えていたのは、ただ竜研究がしたいからだけじゃない。


 自分が処刑されるという事実から、目を背けたいだけだった──現実逃避をしていただけなのだ。



「死にたくないよう……誰か、助けて」



 そう呟いたところで、誰かが階段を下りる音が聞こえてきました。



 足音は、二人分。


 衛兵だけなら、足音は一人のはず。

 ということは、誰かが私に会いに来たのだ。



 ここまで来て、面会をすることができる人物。

 婚約者であったクラウス王太子のことが、脳裏をよぎる。


 だが、咄嗟とっさに言葉に出たのは、違う人間の名前でした。



「……アイザック!?」



 その時、気がついてしまいました。



 私が真に信頼していたのは、婚約者であったクラウス王太子ではない。


 助手の、アイザックなのだと──



「もしかして、私はアイザックのことを……」



 雨の日、嵐の日も、いつもアイザックは私の隣にいた。

 王太子からの妨害に耐えることができたのだって、アイザックの献身があってのこそ。


 小さい頃から身近にいすぎて、ついそれが当たり前のことだと思ってしまった。

 だけど、それは本当は特別なことで、普通のことではない。


 さっきだって、命をかけて私のことを救おうとしてくれた。



「アイザック……!」


 胸の奥がムズムズする。

 心臓の鼓動が、速くなっているのだ。



「なんなの、この気持ちは?」



 竜に抱いていた気持ちと同じくらいの大きな感情が、体の中で爆発しそう。

 抑えられないこの気持ちの名称のことを、なんというのか本で読んだことがあった。


 でも、それはあくまで書物の中での単語。

 自分の身に起こるなんて、これっぽっちも思っていなかった。


 でも、本当にこの気持ちは、なのだろうか?


 研究者としての私の血が騒ぐ。

 実証してみたい。


 すぐにでも彼に触れてみて、この気持ちがなんなのか確かめたい。



「でも、それはもう無理ね」



 なぜなら私は、処刑される運命なのだから。



 ──アイザックとは、もう二度と会うことはない。



 平民であり、ただの助手であるアイザックが、ここに面会に来ることは不可能。

 だから、この足音の主は、アイザックであるはずがない。


 そんなこと、頭では良くわかっている。

 わかってはいるけど、つい望んでしまう。



「アイザックに、会いたい……」



 ほほに水滴がしたたり落ちる。

 自分がいつの間にか涙を流していることに気が付いたのは、衛兵に声をかけられたときでした。



「……なんだ、死ぬのが怖くて泣いてるのか?」


 衛兵の声に反応して、顔を上げる。


 私、泣いていたんだ……。

 階段を下りていた衛兵が目の前に来ていることに気がつかないくらい、感傷的になっていたらしい。



「泣いてるところ悪いが、朗報がある」



 衛兵の後ろに、誰かが立っている。

 暗くて顔まではわからないけど、確実に人の気配がした。


 ──やっぱりもう一人の足音は、私への面会人だった!



 だけど、いったい誰が?



 お父様やお母様は……きっと違う。

 研究に熱中していたて、実の娘が処刑されそうになっていることすら、気がついてはいないでしょう。



 クラウス王太子は……あり得ない。

 あのカテリーナとかいう令嬢と、よろしくやっているはずだから。



 なら、助手のアイザック?

 でも彼は、ただの平民だから、王城の牢屋に面会に来るほどの政治力はないはず。



 とはいえ、もしも願いが叶うなら、面会人はアイザックであってほしい。

 せめて死ぬ前に、最後でいいから、彼に会いたい。


 わずかな望みにかけて、衛兵の後ろにいる人物へと目を向ける。



「お前に、面会人だ──長居ながいはするなよ」



 そう言って、衛兵が後ろに下がります。


 代わりに鉄格子の前に現れたのは、思いもよらぬ人物だったのです。

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