第6話 推しの黒竜に認知されていた件

 私はこの光景を、生涯忘れることはないでしょう。


 夢にまで見た竜の姿を、人生で初めて目にしたのですから。



 ──でも、なんでこんなところに竜がいるの?



 何年も探したのに、いっこうに生きている姿が見つからなかった。

 そのせいで竜はこの世にはいないと認識されてしまい、守護竜信仰は衰退したのに……。


 それが、なんで私が処刑されるっていう時に、現れたの!?


 

 突然の竜の出現に、広場は大パニックになっていました。

 私の処刑を見物に来ていた民衆たちは、蜘蛛の子を散らすようにどこかへと逃げていきます。


 そんななか、竜は私がいる断頭台めがけて一直線に飛んできます。



「ルシル、助けに来たぞ!」



 黒色の巨大な竜が私の名前を呼びながら、こちらに突っ込んできました。

 竜が言葉を喋ったことも、私の名を呼んだことにも驚いたけど、さらに驚愕する事態が続きます。


 その竜は、ギロチン周辺の衛兵を尻尾でなぎ倒しながら、大きなあごで断頭台を噛み砕きました。



「良かった、無事みたいだな」


「……まさか、黒竜様ですか?」


「いかにも。我が名は黒竜アインザインティグルムである」



 それは、我が国の守護竜の名前でした。

 

 なぜ黒竜様が私を助けてくれるのか。

 気になるけど、いまはそれどころではありません。



 ──ほ、本物の竜だぁああああ!!



 生まれて初めて目にする竜の姿に、私は目を奪われてしまいます。

 処刑されかけていたことがどうでも良くなるくらい、見入ってしまった。


 だってずっと夢見てきた存在ですよ?


 推しの竜なんですよ?


 ああ、幸せ。冥途の土産に良いものが見られました。

 なんだったら、もう今度こそ悔いはないです。


 でも、一つだけ気になることがあるんですよね。



「助けてくださり、ありがとうございます。でも、なぜ黒竜様が私の名前をご存知なのですか?」


「ルシルのことは小さい頃からずっと見てきた。だから知っているのは当たり前だ」



 え、私、推しに認知されてる!?


 幸せなんですけど!! 


 やっぱり私が竜研究をしているから、黒竜様もそれで知ったのかな。

 私の竜研究も無駄ではなかったのね!



「さてと、人間ども。この娘、我がもらい受ける!」



 竜の襲来というアクシデントが起きましたが、それでも私の処刑は止まってはいませんでした。


 私を殺そうと、衛兵たちが私の元へと群がってきます。

 けれどもそれを阻止するように、黒竜様の尻尾によって衛兵たちが吹き飛ばされました。



「人間よ、ルシルは殺させない。なにがあっても俺が守ると決めたからな」


「お前たちなにをしている! 早くこの邪竜を退治しろ!」



 クラウス殿下の怒号が響きます。

 広場に、王都に駐留している魔法兵団が集結していました。


 王国最強の部隊です。

 彼らは各々、黒竜様へ魔法を放ちました。



「フンッ、痛くも痒くもない。人間の魔法が我らドラゴンに通じるものか」



 黒竜様の硬いうろこによって、すべての魔法が弾かれてしまいます。

 それどころか攻撃魔法が鱗に反射されて、魔法を放った本人たちに襲い掛かったのです。

 瞬く間に、我が国最強であるはずの魔法兵団が壊滅してしまいました。 

 

 こうなったらもう黒竜様を恐れて、誰一人として近寄ることはしません。



「さあルシル、こんな物騒なところからは早く出てしまおう」



 黒竜様は私を手の上に乗せると、空に飛び上がります。


 王太子が下の方で何か叫んでいる。

 でも、それもすぐに聞こえなくなってしまいました。


 どうやら私、助かったみたい。




「君が幼い頃、一人で竜の山に来たことがあっただろう。人間が俺の住処すみかに来たのは80年ぶりだった。しかも子供がひとりで来たのは初めてだ」



 黒竜様は、隠れて私のことを見ていたんだ。

 私の行動はずっと昔から黒竜様に知られていた。

 

 そのことが、たまらなく嬉しかった。



「だから俺は人の姿になって、君を見守ろうと決めた」


「人の、姿に……?」



 王都の外れの崖の上に、黒竜様は私をそっと下ろします。

 そして黒竜様の姿が、小さく縮んでいきました。



「え、アイザック……?」


 

 黒竜様が立っていた場所にいたのは、私の助手のアイザックでした。


 何が起きたのかは理解できる。

 だけどこんなこと、信じられない。



「驚かせてすまない……実は俺は、人間ではないんだ」



 さっきから、不思議に思っていました。


 なぜ私の推しである黒竜様が、私の名前を呼んだのか?

 なぜ黒竜様が、私を助けたのか?


 それらすべての答えを、私はこの瞬間に悟りました。



「アイザックは、黒竜様だったんだね……」

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