第2話

朝光がカーテンの隙間からほんのりと差し込んでくる。まだ眠っている子供の顔に、柔らかな光が当たり、無邪気に眠るその姿がさらに静かな美しさを放っている。リビングのソファに寝かされたままで、エアコンの温風が部屋の空気を満たしていた。夜の冷たさが少しだけ残る窓辺とは対照的に、その空間は温かく、ほのかなクリスマスツリーの光が、静かに空間を包み込んでいる。


父親がゆっくりとリビングに入ってきた。彼の足音は、誰にも気づかれないように静かに響く。昨日、夜遅くに帰宅したそのままの格好で、彼はソファに座り込む。子供の顔を見つめるその眼差しは、何か思い出すように、じっと動かない。眠っている子供を見ているとき、父親は何を考えているのだろうか。彼の心の中には、言葉で表せない感情がゆっくりと広がっていくようだが…。


母親は、キッチンで静かに動いている。ケーキを取り出し、ナイフで切り分ける。小さな白い皿にそれを置き、すこしだけクリームを整える。その手の動きは、まるで何も考えていないかのように無駄がなく、熟練された動作だった。普段なら、何か言葉が交わされる瞬間もあるはずだが、今はそれが無駄に思えるほど、二人の間には不必要なものがないように感じられる。お互いに言わなくても、わかっていることがあるのだろう。


ケーキがテーブルに並べられると、父親はようやくその動きを見つめ、目を細める。何かを言うわけでもなく、ただじっとその瞬間を味わっているかのようだ。母親は、その視線を受け止めながらも、何も言わずに微笑みかける。言葉は少ないが、二人の間にはきっと、言葉以上の何かが流れているのだろう。何気ない一瞬が、長い年月を超えて繋がっているような、そんな気がする。


子供がゆっくりと目を開ける。まだ眠い目をこすりながら、寝ぼけた顔を見せる。その瞬間、母親が柔らかく声をかける。「おはよう。」その声に、子供はやっと目を覚まし、目をぱちっと開けてから、寝ぼけたままの顔をゆっくりとあげる。そして、その視線がクリスマスツリーに向けられ、目を丸くして驚く。「サンタさん、来てた!」


父親はその様子を見守りながら、静かに微笑んだ。子供のその純粋な驚きに、何かを感じたのだろうか。母親は、あまりに自然にその驚きに寄り添うように、ただ笑みを浮かべる。言葉は少ないが、その一瞬に流れる空気が、二人の心をしっかりと繋げていることが感じられる。


母親がケーキを切り分けると、子供はすぐにそれを受け取る。彼女は少しだけその動作に手を止め、ケーキの切れ端を見つめる。何かを感じたのだろうか。子供の手が小さなナイフを使いながら、ケーキを一口食べる。その顔に広がる満足そうな表情が、母親の胸の奥に温かい気持ちをもたらした。そして、父親も静かにその様子を見守る。


テーブルの上には、温かいコーヒーの香りが漂い、そこに集まった家族は、何も急ぐことなく、その一瞬をゆっくりと楽しんでいるようだ。時計の針がゆっくりと進んでいく中で、外の世界がどうであれ、この部屋の中で流れる時間は、どこまでも穏やかで、静かだ。言葉はなくても、空気の中に伝わるものがある。それは、ただ心地よく、そこにいることが大切であるという感覚だ。


子供はケーキを食べ終わると、ふっと見上げて、父親の顔を見た。「お父さん、お仕事どうだった?」その言葉に、父親は少しだけ驚いたように微笑む。少しだけ照れたような、でも優しい笑みだ。「うん、良かったよ。」その一言だけで、何かが伝わった気がする。母親もただその様子を見守りながら、コーヒーを一口飲んだ。


それから、しばらくの間、誰も何も言わずに静かな時間が続いた。外の雪はまだ降り続いていて、部屋の中は暖かい。言葉が交わされることはなかったけれど、その空気が何よりも豊かなものだった。年の瀬を迎える中で、この一瞬がどれほど大切なものか、誰もがそれを感じているようだった。


そして、朝の静けさの中で、家族はそれぞれに思うことがあるだろう。けれども、ここには何も足りないものはなく、全てが揃っているかのように感じられる。ただ静かに流れる時間の中で、昨日も今日も、これからも続いていくような気がした。

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